掃除の仕方 5
プヨンもランカも頭をフル回転させ状況を理解しようとするが、結局よくわからないままオロナの民の喜ぶ姿をだまって見ていた。
オロナの民はともかく、ランカまで笑いが伝染して微笑み返している。
そこにフィナツーが戻ってきた。開口一番とんでもないことを口にする。
「両方の求婚を受け入れ、笑顔を振りまくなんて、おとなしそうな顔の割に罪な女ね」
「へ?」
ランカが理解できず聞き返すと、フィナツーが説明をしてくれた。
「オロナの民は求婚相手に石を投げて気を引く習慣があるのよ」
相手が石を投げ返すと、私も興味があるよとなる。そして、プヨンが投げ返した場合、お前にはやらんからとっととされという意味でライバル出現だ。
「オロナの民の求婚勝負は、力があるだけに傷つけあうのは禁止なの。示威の方法は相手に料理を振舞うのよ。2人が作った料理のどちらを食べるかで、あなたがいいという意思表示になるの」
「お。フィナツー、なぜそれを言わずにどこかに行った」
「え? ちょっと、面白そうだったから……」
「も、燃やしてやろうか……」
プヨンが怒りをぶつけようと思ったが、ランカは状況を理解して青ざめている。
「じゃぁ、私は、あのオロナの民の求婚を受けいれたってことですか?」
その反応を見てフィナツーはほくそ笑む。期待通りの面白いものを見つけたかのようにニコニコとしていた。
「ふふふ。わざとでしょ。知らないということは怖いわよね。この悪女。先にプヨンの渡した水を飲んだでしょ。そして、料理。どちらかならいいけど、両方食べたのよ。あぁ、いいわぁ。二人の勝負はまだまだ続くのよ」
「えぇー」
フィナツーが面白がって煽るが、ランカは複雑な表情をしていた。本気で悩んでいるようだ。
結果的にはランカは求婚勝負をさせるだけさせ、そしてどちらも選ばず勝負はつけなかったことになるようだ。ということは、今すぐ結婚という選択もないことにはなるが。
「わ、わたしはそんな気は、あ、ありませんよ」
「ダメー。きっとダメー」
「そ、そんなぁ。せめて、同じ種族のほうがいいと思います」
フィナツーが妙にイジワルだ。何か良からぬことを企んでいるのが丸わかりだった。
ふと横を見ると、オロナの民はプヨンを睨みつけていた。
プヨンには絶対負けないぞという強い意志を感じる。
まぁ、危害を加えない争いとフィナツーが言うのを信じれば、プヨンの身の安全は確保されそうだ。そうであれば、プヨンもどうなるのか楽しく成り行きを見守ろうと思った。もちろんプヨンが結婚するという選択肢はない。
「じゃぁ、ここは俺が大人の対応で大人しく辞退することにしよう」
「ダ、ダメです。絶対だめ。それが本当なら少なくとも私を取り合って争ってください。まだまだ結論はでません」
「え? やだ。ランカは僕にはもったいないんで」
「そ、そんなぁ。ひどい」
ランカは本気でしょげてしまった。少しかわいそうになってきた。
「なぁ、フィナツー。争ったらこのあとどうなるの?」
「特に何も。いろいろアピールしあって、ランカさんがどちらかに料理を振舞ってどちらかに決定するか、2人が辞退するまで儀式は続くわよ」
「なるほど。ランカが料理を振舞った相手が決定か。一切何ももらわないようにしないと。水をもらったりしてはめられないように」
「ひ、ひえー」
ランカが絶句していると、お腹いっぱいで幸せになったクーシェフが戻ってきていた。
「まさか結婚するわけにもいかないしなぁ。ダッシュして走り去りたいところだけど……」
チラッとわざとらしくランカを見る。
「すいません、すいません。町まで一緒にもどってください。お願いです」
しかたないという顔をしながら、ランカの願いを聞き入れ、しばらくオロナの民とのバトルに付き合ってみることにした。
フィナツーが通訳代わりになってくれ、オロナの民にはランカの気持ちは伝わっている……はずだ。
「大丈夫よ。私、ちゃんと言っておいたから」
フィナツーがなんとなく話を盛っていそうで、正しく伝えているか怪しい気がする。
その話が本当なら彼らがランカに危害を加えることはなさそうだが、プヨンもついていくことになった。
その後再び進み出したが、道中ランカが荷馬車を操っている間は、ずっと2人のオロナの民に挟まれていた。
その少し後ろをプヨンはとぼとぼと歩いていく。まぁ、『マイスナン』で磁気浮上させた鉄板に乗ってついていくだけだから、さしてしんどくはなかったが。
少し様子を見ていたフィナツーが、ふいにつぶやいた。
「あの子、ちょっと雰囲気変わったわね。叔父のモアナルアとは違うけれど、なんか危害を加えてはいけない存在に感じちゃうわ」
モアナルアは学校西の森を取り仕切る霊木だが、そこまではいかないにしても、確かに何か似たようなものを感じる。
いつのまにかランカには軽々しく触れてはいけない気がし始めている。道中プヨンもランカの様子が変わったことに気づいていた。
慈愛の雰囲気マザーラを出し続けるランカだが、一生懸命オロナの民に話しかけ彼らも大人しく言うことを聞いていた。
それは町に着いてからも変わらなかった。
オロナの民の出没がずいぶん警戒されていたにも関わらず、ランカの醸し出す平和な雰囲気のせいか、オロナの民連れのランカに誰も文句を言わず、無言で見送るものが大半だ。中にはあきらかに賛美の眼差しで見る者もいるくらいだ。
プヨンはなるべく仲間に思われないよう十分に距離をあけ、控えめについていった。
レスルに着くと、オロナの件はレスルでも重要視されていたようだ。
まさかランカが解決するとは思っていなかったようだが、大変感謝されていてちょっとした報奨金も出るそうだ。担当の職員が詳しく事情を聞き出したのでプヨンは頃合いと見て、
「じゃぁ、レスルまで送ったんで。またね」
「え? 待ってください。一人にしないで……」
ランカはレスルと町の教会の有識者に囲まれ動けないようだ。ランカの呼びかけを無視し、プヨンは無事に逃げることができた。
同じころ、
「ふーふーふー。やった。なんとか切り抜けたわ。天のご加護がある私には当然よね。これは神が与えた試練だったんだわ」
息も切れ切れのノビターンが、街道からはずれ小高い丘の切り株に腰かけていた。
そして、召喚魔法『ザラストロ』を使い、魔笛を吹き鳴らした。10分ごとに吹き続けているが、召喚相手のスワローテイルの到着までどのくらい時間がかかるかはわからない。
不安なまま、ただ待つしかできない。万が一、愛鳥に聞こえていない場合が恐ろしいが、30分ほどでいつものようにスワローテイルが空に見え、識別信号を放っていた。
見えてからは早かった。ものの数分で舞い降り、人の姿のノミになっていた。
ようやく心からノビターンは一息つくことができた。




