掃除の仕方 4
「あれはなんとなくみたことがあるような。オロナの民ってやつか」
アデルと一緒の時にもああいったものに出くわした記憶がある。あの時は結局相手が逃げたが、かなりの怪力があった記憶がある。
ここからの距離は20mもない。かなり距離としては近づいているが、プヨンは彼らから敵意を感じず、ランカも慌てておらず逃げる素振りもなかった。
「いつもどうしてるの」
「いつもは特に何も。でも今日はプヨンさんがいるのでちょっと冒険してみます」
「ぼ、冒険?」
そう言うとランカは力んでいるのか集中しているのか、優しい雰囲気がより強まったように感じられた。
このランカが醸し出す雰囲気はなんだろう。プヨンにはこの雰囲気は出せそうにない。アデルやユコナも厳しい気がする。
殺気や威嚇はわかるが、この雰囲気は攻撃性がまったく感じられず、ランカ特有のものに思えた。言うなればマザーラ。まるで母親のそばにいるようで慈愛に満ちている、不思議な雰囲気だった。
「ど、どうでしょう? 友愛を示しているんですが」
「え? いいんじゃない。これなら寝れそう」
「だ、ダメですよ。でも、こうすると……ほらほら、きましたよ」
ランカが指さす方向から、ピンポン玉程度の石が山なりに飛んできて、ランカの少し手前に落ちた。
「ほら、敵意はないと安心させてるんですけど、石を投げてくるんですよ」
「ふーん、じゃあさっきの要領で。『オペ・アンプ』でもっと強めてみようか」
ランカの背中から魔力を押し込み、魔法オペレーションをそのままの波動で増幅する。あたりはさらに地合いに包まれ、このまま寝てしまえるくらい居心地が良くなった。
しかしそれでも2個目の石が飛んできた。あまり効果がないようだ。このランカの優しさがわからないとは、巨人と言えど所詮蛮族なのだろうか。
そっちがその気ならとプヨンがリミッターを外す。
「喰らえ、イマジナリーショート」
プヨンはランカの体力は無視し、注ぎ込めるだけの魔力を注ぎ込む。そしてランカの魔法の蛇口の出入り口を直結し、プヨンの注ぎ込む魔力をショート状態で放出させるイメージをした。
ドシャ
ランカからなにかおかしな音がした。
「うっひゃー、た、たすけて」
ランカが叫ぶと同時に、突然ランカの全身から噴き出ているような風を感じる。マザーラに埋め尽くされている。あたりはまるで本当に女神が降臨したかのような、神々しいまでの慈愛に包まれていた。
プヨンは自分の予測と違うためかなり戸惑っていた。何が起こったのか分からず呆然としたまま、精神を用いた力であるマジノを注ぎ込み続ける。
「と、止まりません。止めて、止めてー」
そう言われて慌ててマジノの供給を止めたが、ランカは魔力の出力バルブが壊れたかのように、そのまま慈愛を吹き出し続け、やがて力尽きたのか気を失ってしまった。
「何だこりゃ。どうなってんの?」
フィナツーに聞くと、
「ほとんど流れがなかったのは魔力路が目詰まりしていたようね。そこにプヨンが高圧をかけたから、どうも詰まっていたものを吹き飛ばしてしまったみたい。慣れないから放出を止められなくて、一気にあるだけ使い切ったみたいね」
「高圧のパイプクリーナーか。俺が掃除したの?」
「たぶん。途中から流れが激流になってた。ってあれ見て」
フィナツーが指す方向を見る。ランカが喚き散らすのですっかり忘れていたが、オロナの民がそばにいたんだった。
2人のオロナ民はランカが暴走状態の間は動きが少なかったが、気を失ってマザーラが薄れると再び動き出した。すぐそばにある1m近くある大岩を両手で掴むと、
ブンッ
こっちに向けて投げてきた。
「げっ。さっきよりでかいぞ」
フィナツーが横っ飛びに逃げるので、プヨンもついていこうとしたが、ランカが伸びきっている。置いていくわけにはいかない。
「仕方ないなぁ。石の投げ合いは学校で最初に習ったしね」
ゴーーっという音が聴こうえそうな勢いで岩が飛んでくる。
「レベリオン・ガン」
LではなくR発音に注意して岩を直前で受け止めた。
「ま、待って投げ返しちゃダメ!」
「え?なんで?」
受け止めると突然フィナツーが叫んだが、もう投げる体勢に入っている。そんなの急に止まらない。
バネで受け止めたように、プヨンが同じ力で押し返すと、岩は放物線を描きながら飛んできたときと同じ軌道を戻っていった。
ズゥゥゥン
オロナの民は、戻ってきた岩を冷静に避けていた。
「ダ、ダメって言ったでしょ」
「え?なんで?」
「オロナの民が石を投げるのは求婚の合図よ!」
球根? 植物でも植えているのかとしばらく考えていたが、プヨンはようやく理解できた。ここは畑だったのだ。畑の石でも取っているのかもしれない。
あの巨人はランカを追い払おうとしていたわけじゃなかったんだな。そうわかると少しホッとした。
もちろん異種族だ。ランカも事情を話すと納得するだろう。嫌われていないとわかったら、きっと安心もするはずだ。もしかしたら仲良く出来るかもしれない。そう思っていると、フィナツーが叫ぶ。
「それを投げ返したら……」
「投げ返したら……」
「譲らないってことよ?」
「あ、そうか。そうだな。それはよくないよな。ランカが起きたら、あいつらに場所を譲らないと」
こいつ絶対わかってないわというフィナツーの視線が刺さる。
もちろんプヨンはフィナツーが出す怒りの意思が理解できた。たしかに怒らせた理由がよくわかった。
そうすると、フィナツーは急に面白いものでも見つけたような笑顔になり、
「なるほど。じゃぁ、危険な場合もあるからちょっとあっちに行ってるね。武運をお祈りしてまーす。頑張ってね」
「ぶ、武運? 襲い掛かってくるのか? ちょっと待って」
プヨンが止めるのも聞かずフィナツーがどこかにいってしまうと、プヨンは前方から凄まじい威圧を感じた。
縄張りを守るためなのか、この場所を明け渡せと威圧される。しかし威圧はあるがなぜか害意がない。どちらかというと、親近感さえあった。
そうこうするうちに、オロナの民はプヨンのすぐそばまでやってきた。プヨンも一応身構えるが、何か仕掛けてくるようには見えない。1mほどの距離から2人のオロナの民はランカを見ていたが、すぐ踵を返すとどこかに走っていってしまった。
プヨンは状況が理解できないまま一人残される。ランカがへたっている以上、置いていくわけにもいかない。
フィナツーもどこかに行ってしまったようだ。頼る相手がおらず、どうすべきなのかさっぱりわからない。
ランカは慈愛の波動を出しつくして力尽きているから、いつ目が覚めるのかはよくわからない。
馬車を引くクーシャフは食事中のようで、草を食べることに集中していた。この獣は、オロナの民の石が派手な音を出していた時も気にせず草を食べ続けていた。逃げることはなさそうだ。
30分くらい経っただろうか。オロナの民2人が再び現れた。どうも鳥らしきものを持っている。あれはサンダーバードだ。
プヨンが様子を見る中、オロナの民は持っているカバンから短剣を取り出し鳥をさばき始めた。素晴らしい包丁さばきで、あっという間に解体していく。
ボッ
突然、空中に炎が現れた。どうやらオロナ民が火魔法を使ったようだ。
そして切った肉を串に挿して焼き、何やらタレのようなものをかけ、大きな葉っぱの皿に並べていく。
どうやら、料理をしているようだ。
プヨンが興味深く見ていると、ランカが気が付いたようだ。うぅーんと声を出して起き上がってきた。先ほどよりは弱いが、慈愛の雰囲気に包まれていた。
オロナの民はそれを見ると、皿に乗せた肉料理らしきものを運んできて、ランカの前に置いた。
「ヨメ、ヨメ、ヨメ」
オロナの民が、たどたどしい言葉で呟いた。プヨンは、食えじゃないのかと思ったが、ランカは無言でそれを見つめている。どうしたらいいかわからないようだ。もちろん、プヨンもよくわからなかった。
ふと我に返る。
「大丈夫か?」
そう言いながら、起きたばかりで喉が渇いているだろうと、コップに魔法で出した水を入れランカの前に出してやった。
「あ、ありがとうございます」
それを受け取り、飲むランカ。それを見たオロナの民はとてつもなく悲しそうな表情になっていた。この世の終わりのような顔をしている。
一息で水を飲んだランカが、目の前の料理を見て、
「これも食べていいんですか? すごくお腹減ってるんです」
そういうと串焼きの肉も食べ始めた。今度はオロナの民の顔が喜色満面になる。さっきとはうって変わって嬉しそうだ。
オロナの民を見ながら食べ続けるランカ。ずっと見続けるオロナの民を不思議そうな顔で見ている。
よほどお腹が減っていたのか、ランカはあっという間に一人で一皿食べきってしまった。プヨン達に分けようという気をまったく見せない独り占めランカ。
それを見たオロナの民も満足そうだ。
プヨンもオロナの民の感情の一喜一憂を面白がって眺めていた。




