掃除の仕方 2
一見すると、貴族付の執事のようにも見える老紳士は、こちらの様子を探っている。
「そちらに対して敵意はない。ここで待ち合わせしているだけだ」
プヨンがそばに近づかずに警戒していると、鳥貴族から声がかかった。
元が鳥の姿ではあったが、フィナのように人語を話すようだ。やけに固い口調だ。
ふっとフィナツーを見ると、
「問題なさそうだよ。敵意はないし。でも、油断はしないほうがいいわよ。なんだかドキドキしちゃうわね」
どうやら争うことはなさそうだ。
「こんなところで待ち合わせを? 学校の方で?」
「あぁ、そうだ。お嬢様は学校の関係者だ。しかし、約束の時間を丸一日以上過ぎるなんて、こんなことは初めてだ。何かあったのかもしれないが、お嬢様に限って対処できないなんてありえないんだが」
どうやら何度もここにきているようだ。
人外同士の待ち合わせも、プヨンが知らないだけでよくあるのだろうか。
「生徒の呼び出しなら呼んできましょうか?名前を教えてもらえれば」
「な、名前か……。いや、お嬢様の名前は教えられないが、自分の名前ならな。『ノミ・コムーン』を探しているという者がいたら……」
「いたら?」
急にノミは何やら考え始めた。
「いや、しかし……2、3日ならいいが……半年後とかは約束できん。呼び出してもらうことも難しいだろうし……」
最初は何気なく待っていたがひたすら思案顔だ。どのくらい考えるのだろうと途中から意地になって見ていると、気がつくと10分近く経っていた。
「キ、キミ。どうしたらいいと思う? 2日以内ならこのあたりにいるからいいんだが、それ以上はちょっと待てない。私は永遠にここで待つべきだろうか?」
支離滅裂でわからない。真っ先に浮かんだのは「鳥頭」だ。どうやら何も考えられなかったようで、本当に狼狽しているように見える。一見、できる紳士面をしているが期待外れもいいところだ。
「フィナツー、どうやら俺は騙されたらしい。見た目に。こんなにボケーラを出すとは思わなかった」
「……どまい……」
フィナの励ましもあり、悟られないように、
「じゃぁ、コムーンさんを探している人がいたら、『2日待つがそれ以上は待てない。自力で帰れ』、そう伝えましょう。必要ならどこかに電報を打ってもらうとか?」
「おぉ。なんという妙案。貴殿はこの国の智将か。なかなか侮りがたい。さすがノビターン様が警戒されるだけはある」
ノビターン、どこかで聞いた気がするが思い出せない。何を警戒しているのかは知らないが、相手先の名前もわかった。
「わかりました。ノビターン様というお嬢様がノミさんのご主人ですか? もしその方に会うことがあったら必ずお伝えしますね」
「な、なんだと。貴様、この一瞬でなぜお嬢様が女だとわかった。しかも、名前まで。どんな諜報能力をあわせ持っているのか。おそるべしマルキア王国。万の軍勢でも叶わぬとの噂は本当か」
マルキア王国とは、今いるこの国の名前だ。二ベロあたりが王族の血筋につながっている。
わなわなと震えているノミには過大な評価をされたが、どうせここだけの話、遠慮することもあるまいと悪ふざけをする。
「あぁ、私が事前にあらゆる情報を整理していたところ、今日特務を帯びた飛兵がここにくるとの結論が導き出せた。真偽を確かめるため、マルキア影の智将と言われたプヨンがわざわざ出向いたのだ」
「おぉぉ……」
「だが敵意がないのであれば、汝が望みは聞いてやろう。我が名に誓って、ここでその者に会ったら必ずやメッセージを伝えると約束しよう」
もちろん、『ここで』が重要であって、違う場所に移動したら忘れるつもりだ。
「なんと、ありがたい。他国にも話の通じるものがいるとは。では、電報のあて先は、ウェスドナ帝国の帝都ウェスドナだ。そこにあるネタノ聖教の大教会パレス・アッテネ宛てに頼む。この恩は忘れぬ」
それだけを言うとノミ・コムーンは何度も頭を下げ、鳥の姿に戻ると再び空に舞い上がっていった。
プヨンは姿が見えなくなるまでじっと見送る。
と、思っていたら、すぐに戻ってきた。戻るなり背負っていたカバンから何か取り出す。木製弁当箱に入っている。いい香りがした。
「これを受け取ってほしい。我らには、知己を得ると食べ物を交換する習わしがある」
「え? 食べ物。でも、俺は持ってないぞ」
「構わぬ。我らの習わしだからな。これは我の昼飯だったが、もう……これ以上ない美味だ。冷やして食べると絶品だ。食ってくれ」
冷やしてと言われ、プヨンは手ごろな大きさの氷の入れ物を作り、その中に入れた。
「うぉっ。一瞬で氷器を出すとは……むむむ」
手のひらサイズの氷箱ならプヨンなら一瞬で出せるが、ノミは驚いているようだ。
「そうなんだな。あとでいただこうかな」
「うむ。帝国産、ウーリィベアの煮つけだ。是非」
「えぇ?」
ウーリィベアといっても動物ではない。手のひらサイズの大きな毛虫だ。
帝国産ではなく材料が毛虫であることに驚くプヨンをよそに、ノミは再び鳥の姿に戻る。
一度飛び立つとツバメだからか飛ぶのはかなり速い。今度こそあっという間に見えなくなってしまった。
プヨンは手の中の弁当箱を見つめている。フィナツーも見つめている。
「これ、食えるのか? これって、あれだろ。でっかい虫だろ」
「さぁ? 食べてみたら? 残すと失礼なのかも」
「しかし、おそるべし。できれば味方にはしたくないかな」
「わかる。裏切りはしないけど、作戦は失敗するわね」
フィナツーも、相当呆れているようだ。重要な情報があちらから勝手にやってくる。
まぁ、プヨンも本名を名乗りはしたが、もう二度と会うことはないだろうし問題ないと思う。
それに出てきた単語や地名ははるか遠方だ。そんなところからやってくるのも驚きだが、ツバメは長距離を移動する。そんなものだろうとも思えた。
「鳥のこと、一応報告だけしておくか」
それだけ決めて戻ることにする。
その間にフィナツーもサイドカバンに入港し、プヨンは宿舎に戻っていった。
それから二日は何事もなくすぎた。授業も内容は変わらないし、これといった問題も発生しない。
夜はまわりと同じで、プヨンも大半は自主学習で過ごす。主にモアナルアの森方面に行って、岩キャノンを使ったシールド効果の確認だ。
岩キャノンをシールドで取り囲み、その中で派手に暴れてもらったが、岩キャノンの放つお岩さん攻撃程度ではシールドはまったく問題なかった。
音や光は漏れてくるが、中間子による核力を用いて結合したシールドは予想以上に強固で、発生させるためのエネルギーは大きいが、その効果も絶大だった。
帰りには遠回りだが、ノミとの約束もあり、池のほとりをうろうろと歩いて調査したが、結局ノミにも他の誰かにも会うことはなかった。
「そういえば、こないだノミにもらった煮付け、ここに忘れたんだけどなくなっちゃったな」
「食べる気はないんでしょ? それでいいんじゃないの?」
フィナツーもすっかり忘れてたという感じで、それっきり気にしないことにした。
あっという間に週末がきた。
前回は前庭周りだから、今回は森経由で行こうと思う。この方法は以前ユコナといったことがある。カンデイルという噛み癖のある凶暴魚がいる厄介なルートだが、わかっていれば対策もできる。
前回と同じ方法だが、最初から森を通らず湖面を凍らしながら歩いて渡ることにした。
カンデイルが獲物、すなわちプヨンを見つけてとびかかってくる前に水中で爆発を起こし、その衝撃で気絶させてしまう。
「ダブルパルス」
水中で爆発を起こす。原理は簡単だ。水を電気分解し、水素と酸素に火をつけて水に戻す。
これなら水中で爆発するエコ爆弾だ。水中での水爆の威力は空中とは全然違う。急速に膨張、収縮を繰り返し何度も激しい衝撃を与える方法だ。
「すごい。大量だね」
「うん。湖にはこの辺りしかいないらしけど、こいつらのエサが多いのかなぁ」
この魚の獲り方はダイナマイト漁の要領だ。やりすぎると粉々になってしまうが、小爆発なら魚をショックで気絶させることができ、運悪く死んでプカプカと浮いているものを回収すると、食欲の化身のような魚なのでけっこう尖晶石も取れた。
そして予定より早い昼前には森を出ていたが、少し外れてしまったようだ。
行きがけにヴァクストが精神結晶の尖晶石を売ってくれと言っていたのを思い出し、道沿いに引き返していると、向こうからこの辺りには相応しくない動物馬車が近づいていた。
荷物はいっぱい積んでいるようだが、周りに誰もいない。逃げたのかと不思議に思ったが捕まえても扱いに困る。ちょっと離れて見送ろうとしたら、女の子が一人走り出てきた。
「プヨンさん」
まさかの名前呼びに思わず誰かと見返す。どこか見覚えがある顔は、確か以前ちょっと関わったことがあるランカだった。




