掃除の仕方
翌朝、プヨンの頭はすっきりしていた。
なぜか身体の末端まで活力が満ちている。睡眠時間は中途半端だったが不思議と爽快だ。
昨晩のことは鮮明で現実だったことは間違いないが、夢のようで現実感がなかった。
プヨンは、結局あのあと、交代の時間にギリギリ戻れた。
「交代の時間に間に合わなかったら大変なところだったわよ」
「いや、最悪、次の時間も担当だったからいけるかと思って」
「何をしていたのか、私だけには白状しなさい。何か面白いことでもあったんでしょ?」
サラリスは風紀であるので、それを理由に何をしていたか執拗に聞かれたが、大きな何かがいたとだけ答えておいた。
実際わかっていることしか言いようがない。
サラリスにははぐらかしていると思われただろうが、交代の時間には間に合ったこともありお小言も短かった。
サラリスが不審者の目撃を報告した時も、再度見回りをして、次は必ず誰何して相手を確認しろとの指示があっただけだ。
こうしたことは意外とよくあることなのかもしれない。部外者も多少の苦労があるだけでまったく入れないわけではないからだろう。もちろん住んでいる生き物も多数いた。
ただ、不思議なことに、いろいろと問題があったわりには、プヨンはあまり嫌な印象はもたなかった。
あのとき仕掛けられた魔法の効果のせいなのかもしれないが、害を加えられたという感覚がない。
あの後、中にいた女性や施設はどうなったのだろうかと気になってはいたが、それもなぜか今はそっとしておこうと思った程度だ。
その後はプヨンももう一度潜る気にはならなかったこともあり、その次の歩哨では何も起きず、うやむやのままだ。
翌日は学校だった。
その週も回復と防御の授業が滞りなく続く。
授業は大事ではあるが、所詮決められた範囲の授業で基礎のみだ。
それだけでは皆は物足りないのか、要領がよくなってきたのかいろいろと応用を研究していく。
夜のために体力を温存、要するにさぼっておいて後で自己流魔法で試したり、石像や森の抜け道探索をしているものが大勢いた。
そうして二日ほど経った夕方、授業後にマウアーが何やら騒いでいた。
相手はサラリスとユコナだ。ふと見ると、サラリスにも首筋にスタンプがついている。ユコナがいつのまにかやったのだろう。
「お、俺は詳しくは知らない。女神像は行ったら氷漬けになっていたんだ」
「ふふふ、大丈夫よ。マウアーさん、違反ではないのですから。風紀委員会としてではなく、ごく個人的な事情でほんの少し興味がありまして」
なぜかサラリスが『さん』付けで呼んでいる。サラリスは尋問まがいの強力な熱波のようなオーラを醸し出し、マウアーを焼き尽くさんばかりだ。
これは尋問者必須の魔法イエーラだ。もしかしたら上級魔法ハケーラかもしれない。サラリスはいつの間にこれだけのものを放つようになったのか不思議だ。
「わ、わかった。街に行った時の伝票でメシが3人分あるのは間違いない。本当だ。それを食ったのは……」
その時、横にいる氷の微笑女ユコナはマウアーに向けて凍てつく波動を発動させる。マウアーはビクッとしてユコナと目があってしまった。
もうマウアーは抗えない
「……全部俺だ。一人で食ったんだ。動いたからメチャ腹減りだったんだ」
ユコナが放つ極寒の冷気のせいでマウアーは震えている。
このユコナの波動ヒエーラもなかなかで、マウアーの精神・物理防御を完璧に無効化している。マウアーのこんにゃくシールドでは防ぎきれないようで、ユコナの意図を正しく汲み取り、従うことになる。
「しらを切るつもりね。でも、諦めないからね。ちょっと待ってなさい」
サラリスは他のグループのところに話をしに行くと、残ったユコナはマウアーの首筋を見ていた。
たしか一度スタンプを押したはずだが、いつのまにか消えている。それに気づいたマウアーが、
「今度はなんだ?」
「いえ、別に。マウアーには首に印がないんだなって思って。誰の仕業なのかなと」
「あ、あぁ、あれはなんだろうな。他のやつもけっこうついているが……」
そこでハッとしたようだ。
「お、俺じゃないぞ。俺は何もしていない」
「……そう……」
「ほんとうだ。あれはなんなんだ」
ユコナの後ろから様子を伺っていたプヨンは、つい可笑しくて、ニヤッと笑みが溢れてしまった。
同時にマウアーはニヤけるプヨンと目が合った。これは気の毒だ。同情したことを示すためプヨンは真剣な目をしてうなずくしかない。がんばれと。
途端にマウアーがウアーと叫び、ユコナに背を向け駆け出していった。
「プヨン、俺は知らないぞ。何もしていない、言ってない。こいつらをなんとかしてくれ。女神様、助けてくれー」
「待ってマウアー、聞きたいことがあるのよ。待って。待ちなさいってば」
少し離れたところにいたサラリスが、部屋から走り出て行くマウアーを追いかけて行く。
残されたユコナがプヨンを見つけて話しかけてきた。
「ユコナさぁ、あいつ、なんで俺の名前叫ぶの? 女神様って誰だ?」
「さぁ? あとで相談に乗ってあげようかな?」
「女神様は邪神ですって場合もあるのになぁ。あとで聞いてみよう」
「そうね。実は、マウアー人気は爆上がり中なのよ。キャーキャー言っている女の子達がいたわ。もっと堂々としていてほしいな」
ユコナが言うには、マウアーが出られたことは公然の秘密だそうだ。
「そうか。俺もキャーキャー言われるように頑張ろう」
まったくその気がなさそうなくせに、そう言うプヨンにユコナは呆れていた。
それから夜は消灯まで自主学習時間、日々鍛錬だ。
プヨンも次の歩哨が回ってくるのは5日後で、それ以外は時間がある。
消灯の時間までいろいろと徘徊していた。夜間は野生動物がそれなりに出没し、奥にいくほど張り詰めた雰囲気に満ちている。
ただいるだけでも感覚が研ぎ澄まされ、索敵魔法でまわりの気配を読むのにはいい訓練になりそうだ。
プヨンの自主学習は主に魔法効果の確認のためだ。そして今日はプヨンの防御壁の確認だ。
出せるシールドの威力は面積と厚みと関係しており、狭くて厚いか、薄いけど広いか、いろいろなパターンを試す。
もっとも昨日モアナルア方面の森で岩キャノン相手のシールド効果を確認した限りでは、薄くして広げても結局一度も破られることはなかった。
そろそろ戻ろうかと思った頃、
ベシャッ
何か音がして、地面に落ちたようだ。
「プヨン、上に何かいるわね。かなり上だけどね」
フィナツーにそう言われて上空を見上げていると、たしかにはるか上空に何か熱源が1つ見える。
しばらく見ていると、そこから小さい熱源が2つほど分離して、地面に向かって高速で落ちていく。
ベシャッシャッ
歩哨中ではないが、発見した以上は確認しとくべきだ。周りには人や動物の気配はなく、遠慮なく走っていく。
微妙な臭気が漂ってきた。フィナツーが、これは危険と態度で示し、あわてて避難しようとする。
「く、空襲よ。上空からの爆弾攻撃よ。緊急避難!」
初めて見る慌て方のフィナツーにプヨンも悟った。これは、音声攻撃の一形態、音入れ攻撃の究極の攻撃だ。
「糞爆弾だ!」
vしかし、敵機は1機だけだ。糞爆は恐ろしい攻撃であるが、通常、弾数は少ない。多くても2、3発撃つと弾切れになる。すでに、3発着弾していた。
「クソッ、撃墜してくれる。フラック!」
プヨンは大きめの火球を作り、それを急激に圧縮して温度を上げる。
空中でばらけないようにしっかりと高い圧力で押さえつけられた火球は、通常のプラズマ化した赤い低温度の炎とは異なる。
プヨンの火球は中心温度が10万度を超え、黒体放射の絡みで色温度が高すぎ、中心は白だが火球の球体の周りは赤紫に近かった。
大きさは親指の爪くらいだが、威力はそのへんで使われる火球以上だろう。
あえて課題があるとしたら連射しにくいくらいだ。
この濃い紫の火球を上空に向け、高射砲のようにを打ちあげる。
「ゴールキーパー!」
パッパッパッ
とりあえず最初だから威嚇のため当てないようにして、後方を狙って打ち込んでみる。
せっかくの試射だから威力を抑えて速射モードにしてみたが、せいぜい秒1発程度の速さだ。
小弾速射なら秒5発は放つサラリスには見劣りするが、曳光弾のように上空に向かってきれいな軌跡が20発ほど続いていた。
上空の飛行物体はすぐに気づいたようで、池の上空で旋回しながら高度を下げはじめた。
反撃で打ち込んでくるかとも思ったが、もともと糞攻撃はプヨンを狙ったものではなかったようだ。
黒い鳥のようで背景が夜空ではほとんど見えないが、体温検知では翼を左右に振ってバンクを行い、敵意なしを示している。
油断しないで身構えたまま様子を見ていると、鳥はほぼ真上まできた。
大きい。
まるでツバメのようだ。この大きさなら人が乗れるんじゃないかと思っていると、プヨンから少し離れたところに着地した。
星明りの中しばらく様子を見ていると、砂埃が収まり、少し離れたところに人が一人、燕尾服のような礼服を着て立っていた。
見た感じは、少し白髪のある年配の紳士に見えた。




