接着の仕方(2)
プヨンは、シズカーン=ノビターンに手を引かれ建物の外にでた。つなぎ心地がいいのか、妙に安心する気がした。
「こちらです。ここが祭壇アルター。そこで、プヨンさんの旅立ちに祝福をさせてください」
何やらよくわからないが、相手の出方を見る上でも特に抗う理由もなく、されるがままではあるが様子を見る。意味も分からずついていくが、何かしらの儀式をする場所のようだ。
手を繋がれていると、シズカーンから何かが流れ込んでくるような気がして、より寄り添いたい気持ちが強くなっていくが、まだ信用できず自分を保ちたい気持ちもある。
シズカーンはひたすら理想を語っていたし、同志を募ると言われ熱意は感じた。ただ、それを受け入れることがどういうことかよくわからず、シズカーンの熱意を受け入れる一方で、受け入れることによる疑問もあり、プヨンはどうしたものかと揺れ動いていた。
それとは別に、先ほどもらって飲んだ薬液も不思議な感覚をもたらしていた。たしかに精神がすっきりして、なんだか生まれ変わった気がする。
ほどけそうになっていた紐を結びなおしたように、なんともいえない安心感があった。今ならいくら走っても疲れず、火球を好きなだけ打てそうなそんな気がする。
プヨンが手を引かれていくと、天井部分の外周部に少し張り出したところがあった。両端に2体の女神像、真ん中に一段高くなった祭壇のようなものがあり、そこに立つように言われた。
そして、シズカーンは何やら唱えだす。
「なかなかの素質がありそうなよい少年、さて、どう出てくるかしら」
プヨンはその声が小さくよく聞き取れないが、どうやら祝福の言葉を紡いでいるようだ。ただそれもそう長くはなく、3分も経っていないが無事終わる。
それがどんな意味があるのかはさっぱりわからなかったが。
「では、プヨンさんの良き旅をお祈りしております」
プヨンはどこに行くとも言っていないのに良き旅などと言われることに違和感があったが、そう言うとシズカーンは無言でプヨンに右手を伸ばす。それは迷うことなく一直線に首に向かう。
まるで首を掴むかのようだ。
この体勢は不思議と既視感があった。
サラリスが暗殺の訓練をする際、よくやる体勢に似ていた。いつもならこのあと手のひらから短剣が飛び出してくるのがサラリスの攻撃パターンだ。
「うわっ」
プヨンの予想通りにシズカーンの手首から短剣が3本飛び出してくるが、プヨンにとっては想定内だった。
明確な敵意はなかったが、初対面でしかも侵入者に対してえらく寛容で、なんとなくそんな気がしていた。身構えていたこともあって、ご丁寧に火に包まれ燃えている状態で飛び出してくる剣に、反射的に後方に飛びのいていた。
ストレージから突如武器を取り出して一気に襲い掛かるのは、最近サラリスに散々練習台にさせられていた。かわせる自信はあったが、なにより場所が悪い。
今回もとっさにパイオンシールドと体術で防いごうとしたが、焦ったせいかうまくシールド部分が重ならず、その隙間からそのうちの1本がプヨンの肩口に突き刺さっていた。
そして、せり出した祭壇からさらに後方に飛びのいたことで、空中に飛び出したことになる。プヨンは血しぶきをあげながら落下を始めていた。
「ほんと、隙だったよ。坊や。さぁあなたの来世への旅立ちを祝いましょう。いつかそちらでの再会を期して」
最後にシズカーンがそう言ったが、落下するプヨンには届かない。プヨンは落ちながら自分の周りの空気が熱くなるのを感じた。追い打ちで小規模ながら爆炎が起こるが慌てて相殺した。
プヨンは落ちる直前から妙に冷静だった。危機に陥ると時間が遅くなるという例のやつかもしれないが、もとから不自然であった。会話中はにこやかな雰囲気ではあったが、なんとなく警戒していたからか。
多少の傷を負ったはずだが、戦闘時のアドレナリンのせいなのか、すでに自動回復を始めているパンツァー服のせいなのか、不思議と恐怖や痛みは感じなかった。
即座に今いる位置を掴む。たしか、地面からの高さは25mくらいだ。落下時間は自由落下を多少魔法で遅くしても長くて5秒程度だ。
が、このままでは地面に激突する。時間はわずかしかないが、なんとかする必要がある。そう思った時、
「大丈夫」
そうだ、フィナツーがいたんだ。フィナツーの声で落下のスピードが幾分緩まる。これに上乗せして、プヨンは慌てて止血しながら落下スピードを緩める。なんとか地表への激突は免れ、着地することができた。
念のため上空を見上げるが、シズカーンの姿は見えなかった。プヨンは慌てて移動し、その間に首の止血と傷の縫合を行った。
一方で、ノビターンは無事プヨンを来世に旅立たせることができてほっとしていた。これでこの場所の秘密は漏れないはずだ。確実にプヨンに短剣を突き立て重症を負って落下するプヨンが見える。
これでとどめとばかりに、ノビターンは精神を集中させ、プヨンにとどめを放つ。
「さぁ、浄化の炎で燃えるがいいわ『プリフィック』」
止めを刺したと踵を返そうとしたが様子がおかしい。炎で浄化してここにはこなかったことにすればいいと思ったが、不完全燃焼のように中規模の火球くらいの炎がいくつか出ただけで終わってしまった。いつもならここまで炎が吹きあがってくるはずだ。
そして、そのままプヨンは落ちていくのが見えた。
「アメイジンググレイシャー」
逃走防止も兼ねて、地面から氷注を出して串刺しにしようとしたがそれも不発だった。申し訳程度に数発の氷弾が飛び上がったようだが、そのまま落下していくだけだった。
そのまま急速に呼吸を維持することも難しくなる。シズカーンは酸素の薄い外から慌てて屋内に戻っていった。
フィナツーのおかげもあって、足を挫く程度でなんとか生きたまま地面に着地することができたプヨン。
プヨンはこの程度の攻撃を受けるか突き落とされるのはある意味場慣れしていた。サラリスがよくやるストレージからの武器出しに近い方法だし、要人に向かって手を突き出すのは禁止されているくらいの常套手段だ。
慣れもあるし身体がなんとなくよけ方を覚えている。
それでも受傷しているし、それなりの重症だが、回復効果の影響もあって行動に支障はなかった
ただ、頭は妙にすっきりしているのだが、血を流したのが大きいのか体の疲労感が強くなっている。落下時に、まわりに何やら高熱が発生したため、相殺冷却をしたのもきいているようだ。
さっきまではそれほどの疲労を感じていなかったが、空腹のまま激しい運動をしたように、ハンガーノック状態にもなりつつあった。
「そろそろ交代まで15分ないわよ。戻らないと」
追い打ちをかけるようなフィナツーの言葉に我に返る。そうだ。サラリスが待っているはずだから、時間までに戻らないといけない。
プヨンは再び水に潜り、来た道を戻ることになった。幸い、水中を移動している間に汚れた血などはほぼ洗い流されてたようだ。ただ、やはりやたらと疲れている。なんとか岸にたどりついたが、水分を飛ばしたころには動きはさらに鈍くなっている。もう一度水中に戻ることは無理そうだった。
シズカーンが何やら仕掛けてきたのは最後だけだ。あれなら、もっと追い打ちがきそうだったがそれはなかった。向こうは油断したのだろうか。
それまでは特に何もしていなかったと思っていたが、全力疾走などできそうもない。なぜこうも急激に疲れたかはわからないが、小走りでゆっくりと走りながら、なんとかプヨンは戻っていった。
一方、ノビターンは慌てて部屋に戻る。息が上がっている。
バタンッ
ふーふーと荒い息をつきながら、ノビターンはなんとか室内までたどり着き、急いでドアを閉める。なぜだか急に心臓の大きな鼓動がしたかと思うと、息が上がり始め、呼吸がしにくくなっていた。呼吸のための魔力すら枯渇していた。
「プヨンと名乗っていたかしら」
さっきの少年の顔を思い出す。ごく普通の男性だった。ここの学園の生徒か新人の教官だろう。魔法に関してやったことといえば、
・魔力蓄電池マリブラは、満タンであったことを確認した。
・ひたすら好意魔法で、協力者にする。
・好意魔法に反発があったので、それを抑え込む
・突き落としたあと、追加で火炎魔法をくらわしてやろうと思ったが、その時点で不発で、魔力不足になっていた。
いろいろ納得のいかない点やおかしな点があったが、これ以外の情報分析は今は難しそうだった。頭が回らず、ノビターンは、手近な椅子に倒れこんでしまった。




