警備活動の仕方 3
しばらくすると大きい熱源は再び空に舞い上がっていく。何かが広がって動いているようで強い風が起こるが、大きさが急速に小さくなるにつれ再び風が収まり静かになった。
見ていると池の水面付近がぼんやりと光り、ゆっくりと暗くなっていく。どうやら池の中に入っていったようだ。
一瞬自殺かとも思った。確かに人気がないところではあるが、わざわざ明かりをつけたまま入水するやつはいないだろうと考えなおした。といって、このままついて行くとすぐに気づかれてしまいそうだ。
サラと戻るか、このままついて行くか悩む。湖のカンデイルのような魚に囲まれ、噛まれたら行方不明者になりそうだ。
それでもこの先に何があるのかやはり興味がある。前に行く人影があるくらいだから、いきなり襲われることもなさそうで、大丈夫そうな気がしてきた。
先日の校内探索時にも、この池の底に何かがあるらしいと説明があった。ということは、当然行った人もいるのだろう。
「フィナツー、俺は潜ってみるよ。ここで待っているか1人で戻るか、どうする?」
「行くよ。初めてのところだし。フィナもちょっと見てきてほしいって」
これで決まった。
水中の明かりは随分小さくなっているが、そこは遮るものがない水中だ。しかも夜だから真っ暗だ。遠くからでも小さな明かりがよく見えるから、ついて行くこと自体は簡単だった。
距離は今一つ掴めないが、20mくらいまで近づいたあとはそれ以上近づかないように一定の距離をあけている。
空気というか呼吸のための酸素はちょっと電気魔法を使えば水から簡単に手に入る。あとは想定外の魚に襲われたりしないように準備をして、慎重についていった。
泳ぐ速度が遅いせいもあるが、もう潜って10分くらいは経っている気がする。すでに水深は100mを超えただろうか。水圧でずいぶんお腹周りがほっそりになっている。
プヨンも水を分解して呼吸しているし、フィナツーも呼吸は問題なさそうだ。ただ、深さについては上も底も見えないためなんとなくしかわからなかった。
ただ、水圧でずいぶんおなかがすっきりしている。これ以上潜るなら水圧対策をしようかなと思った頃、見えていた明かりが急激に小さくなり消えてしまった。
「スパーシャルライティング」
あわてて明かりをつけるが、暗闇の中の点光源は目立つ。プラズマ化させて作ったオーロラのような光をさらに拡散させ、水中全体をぼやっと明るくする空間照明にした。
そうして慌てて追いかけると、すぐに池の中に大きな岩の壁が見えてきた。
おおまかなシルエットで判断するしかないが、どうやら池の底からそびえている巨大な岩山だ。底から続く岩壁は、頂上部分がおそらく水面の少し下くらいまで続いていた。
明かりが消えたあたりはこのあたりのはずだ。
どうしたものかと思ったが、すぐに岩山の中ほどに人工の石造りの入り口があることに気づいた。そのまま奥に続く通路になっている。中はエメラルド色に光る光苔が繁殖しているようだ。
一度フィナツーを見る。水中で言葉による会話は難しいが、フィナツーは以前のガンオーように思念と身振りで意思を伝えてきた。フィナやフィナツーは付き合いが長いからかおおよそは目と目で通じ合う。ざっくりとした思念通話ができるようになっていた。
「まだ行くの?」
高さ3mくらいある広い通路を指差しながら、フィナツーが確認してくる。
「そうだなぁ。行くか」
「プヨンならそうよね」
『危ないと思ったら戻ってよ』との意思に、『それはもちろん』と返す。足元がぬるぬるとしているのも光苔のせいなのだろう。エメラルド色に光る幻想的な通路を少し進むと、急に体力というよりは気力が吸い取られるように感じた。
この感じは覚えがある。以前学校の試験を受けたときに魔力を発現させにくい部屋があったが、あのときの感覚と似ていた。この岩山もそういう魔法制限の物質をかなり含んでいるようだ。
魔力制限を受けているせいか、息一つするのにもさっきまでの数十倍のエネルギーを消費している気がする。息ができなくなるほどではないが、先ほどまでと違いプヨンでも意識して呼吸する必要があった。
通路は少し歩くだけですぐに壁に突き当たり左右に分かれる。
上を見ると通路の天井もなくなっていた。突き当りの壁はずっと上まで続いている。どうも岩山の中の空洞内には、人工の建物になっているようだ。
「これは、壁よね」
壁らしきものを叩きながら、これは何かしらと、不思議そうな顔をしたフィナツーからの思念がくる。
「様子を見てくるよ」
フィナツーにはここで待てと手で示す。危ないと思ったら帰れよと目配せしつつ、プヨンは左側に進んでいった。
壁はゆるやかに曲がっており、やがて目の前から背中を向けているフィナツーが現れた。どうやら壁沿いに一周したようだ。
仕方ない。これも運命だろうと思ったプヨンは、反対を向いているフィナツーに気配を殺して近づき、
「とりゃー隙あり」
「*?!」
わき腹を突いてやった。
ユコナだったらきっと口内の空気を吐き出して水を飲んだろう。
幸い水中で声にならなかったが、フィナツーはびっくりしたようだ。強烈な怒りの衝撃波が飛んできた。もちろん怒りのフィナツーが発生させた水流でプヨン本体も流される。
予想外の激オコーラに数m弾き飛ばされたプヨンだが、反対に何か階段か入り口らしきものがあると伝えて、なんとか怒りを和らげる。フィナツーもそちらに興味をもったようだ。
「円形の塔なのかな。階段にいこう」
「円形のドーナツ買いに行こう?」
お互いうなづきあい、意思疎通ができたと確認する。フィナツーは怪訝な顔をしているが、気にしないで手を引いて塔の反対側にまわっていく。見つけた階段を降りると扉があった。
不思議と鍵はかかっていないようで扉は開いている。そっと開けて様子をうかがうと、中は3m四方くらいの正方形の部屋だった。反対側にも、もう一つ扉がある。
扉はかなり頑丈そうだが、2枚あるということは入口と出口の関係なのだろうか。閉じ込められるということはなさそうだが、万が一ということもある。
フィナツーが戻ってもいいよという顔をしているが、さっきの明かりもここを通って行ったのだろう。好奇心が勝り中に入ったが何も様子が変わらない。
入口側の扉を閉めると、カチッと音がしてロックされた。慌ててノブを掴み確かめるが、
ガチャガチャ
反対の扉も鍵がかかっているようで開かなかった。一瞬閉じ込められたかと思ったが、ズズーっと音がして部屋の水が吸い出され始めた。
上からきちんと空気が入ってくるようだが、もう一つ吸い出されているものがある。
プヨンからすれば致命的なほどではないが、大きな爆発を数発、魔法で起こした程度の疲労を感じる。
どうやらエネルギーというか魔力も吸い取られているようだ。
幸いフィナツーはカバンにいたからか大した影響はなさそうで、吸い取られたのはプヨンだけだった。
カチッ
水がなくなると反対の扉が開き、同時に魔力が吸い取られるような感覚もなくなった。
以前、ティムが炎の剣に魔力を吸い取られていたが、似たような装置なのだろうか。通行料代わりに一定量の魔力も吸い取る部屋のようだ。
例えるなら、宇宙に出るときのエアーロックやクリーンルームに入るときの集塵室のようなものかもしれない。プヨンはなんとなく自分の想像できる範囲で、この部屋を適当にイメージしていた。
部屋を出ると広間にでた。
広間の中はだだっぴろく天井も高い。中には何もない円形のホールだが、中央に太い柱だけが立っていた。高さは20mくらいだろうか。
この先は何かと仕掛けがありそうな気がする。水から出られたことはありがたく、会話ができるようになったが慎重に進むに越したことはない。
しかし、ふと見ると、ところどころにミイラ化した死体や動物の骨などもある。死体の一部が着ているは学校の制服に似ているようにも見えた。
さっきの部屋で魔力を吸い取られた後で倒れてしまったのだろうか。
もしかしたら、大気に毒があるかと思ったが、フィナツーが確認できる範囲では問題はないと教えてくれた。
「ここ、空気おいしいわ。うーん、深呼吸しちゃおー」
何があるのだろうと考えていると、フィナツーが独り言のように呟やく。プヨンはさっきの続きで、魔法での呼吸を継続していたが、
「そうなのか。じゃぁ、俺も深呼吸してみよう」
と返そうとしてはたと気づく。フィナツーが美味しい空気となると、おそらく閉鎖空間だから地上より二酸化炭素が多いのだろう。
危なかった。酸素が少ない空気を思いっきり吸い込んだりすると危険だ。危うくミイラの仲間入りをして、行方不明となるところだった。
引き続き呼吸には注意しつつ上を見る。柱のまわりには階段も何もない。柱の上を見に行きたいが、さすがにジャンプでは届かない高さだ。
ここはゆっくりと浮かび上がるしかない。
「ベリーリッチ」
プヨンはまだ飛ぶということは苦手だったが、浮遊魔法はなんとか使えるようになっていた。
石などの物を持ち上げたり、投げたりすることは慣れていたが、自分を浮かばせるのは別だ。無重力の移動のように、ちょっとしたことで重心がずれてくるくると回転したり、検討違いの方向に進んでしまうのだ。
もちろん、一度バランスを崩して落下しはじめたら、綱渡りのように元に戻るのはとても難しかった。
氷の上に立つ以上に慎重に、壁に手をつきながらゆっくりと体を浮上させていく。以前、学校の崖でターナがそろそろと浮かび上がっていた気持ちがよくわかった。
やがて頂上に出た。
空洞の天井はもっと上だが、とりあえず柱の上に出たようだ。円形の柱の上は平たんで、その中央に何かの入口が見えていた。
「わたし、ちょっとここで休憩している」
フィナツーはよほどここの空気が気に入ったのだろう。扉を見に行くなら一人で行ってと暗に言われてしまった。
「イーエムシー」
プヨンは自分から出る磁気ノイズを遮断し気配を消す。磁気対策は重要だ。動物などもこれで気配を察知するものも多い。さらに、体を少し浮かせて音も立てないように注意した。
姿は丸見えだが、何もしないよりはましだ。
まわりに生き物の気配はない。扉に近づき、そっと開けて入ってみた。
床には埃が積もっており、下に続く階段には真新しい足跡がついていた。同じ上を歩き、新しい足跡を作らないように降りていく。
やがて大きな部屋にでた。中央に大きな砂時計のようなものが置かれ、中の液体がぽたぽたと落ちている。他にもいくつかの機械、作業台と棚が並び何かの実験室のようだ。
部屋は定期的に掃除しているのか、本棚などの本は黄ばみがあり年数を感じるが、埃がほとんど積もっていない。砂時計とその周りもきれいだった。
ここはなんだろう。プヨンは一瞬、面食らってしまう。
部屋の中ほどまできた。さらに奥の方にも扉が見えるが、これ以上進むのはさすがに止めようと思えてくる。よくよく考えれば、相手が一人とも限らない。
戻ろうと思ったその瞬間、先ほど入ってきた扉がひとりでに音もなく閉じるのが見えた。
一気に心拍が跳ね上がるのを感じる。
背後で人の気配を感じとっさに振り返った。同時に透き通るようなよく響く女性の声がする。
「レイクの間へようこそ。ここに他の方がこられるのは久しぶりです。歓迎しますわ」
「い、いつの間に?」
プヨンは挨拶も返さず反射的に叫んでしまった。
少し離れたところに、向かい合うように立つ女性が見えた。




