学校案内の仕方 2
「メサル。メサルはいつも学校の後は何してるんだ? 俺はこんなので役割を果たしているのか?」
学校にきて数日、最初の休養日だ。プヨンは全然護衛らしいことはしていない。気になってメサルがどうしてすごしているのか聞いてみた。
「あぁ、問題ないよ。俺は時間があったらたいてい礼拝だが、一昨日みたいに回復魔法の研究班に誘われたら顔を出したりしてるよ。研究会出身者はそのうち授業の回復補助も担当するらしい。プヨンも入れよ」
研究班は学年を超えて共通の課題、特定の魔法なり武術なりを究める自主活動のようなものだ。
もともとメサルは回復研究をすると言っていた。あまり姿を見ないと思ったら、積極的に別で行動していたようだ。
「それでなんの研究してるんだ?」
「うむ。実は、毒虫や毒蛇に噛まれた時の対応方法を研究するんだ。毒は魔法では効果が薄いからな。なんとかしたいところだ」
ぜんぜん回復魔法と関係ないんじゃないのかと思ったプヨンだったが、気持ちはわかる。病気や毒、食あたりが魔法で治せれば画期的なことだった。
「熱してやれば、物によっては効果があるんじゃないか?」
「よく知ってるな。すべてではないがそう言うのも多い。いつ調べたんだ」
プヨンがタンパク質の熱変性に触れるとメサルは驚いていた。もちろん逆もあるから安易にはできないが。
翌日、校内案内の集合場所にいく。フィナツーもいつも通りカバンに入ってついてきていた。
サラリスは魔法生用の実習服、パンツァー服で参加していた。プヨンも同じ服装だ。
これは丈夫な上に回復機能もある。一種の探検家スタイルだが、これが何があっても一番安全な服装だった。案内では作戦行動用の第三種軍装推奨だったからか、サラリスは腰に帯剣もしていた。
「帯剣はいいけど、なんでそんなごつい剣をもってきたの?重いし、そもそも使わないでしょ」
「え? いや、なんとなく。大きい方がかっこいいかなって」
プヨンが聞くと、サラリスは見た目のために持ってきたようだ。へばっても絶対持ってやらないぞと念を押しておいた。
剣といっても練習用の模造刀だから刃は入っていないが、それでも金属製だから重さがある。
こいつで思いっきりぶん殴ったら棍棒以上のパワーがあるはずだ。もちろん使う機会があればの話だけど。
昨日あのあと、サラリスがユコナと何を話したのか気になったが、プヨンは自分からそこに踏み込む気にはならなかった。
にこにこしているサラリスが見られるということは、ユコナもうまく切り抜けたのだろう。
他には学級委員となったヘリオンが代表者として参加していた。珍しく二ベロとは別行動のようだ。
「今日、案内の指揮をする、モウロウです」
すでに引率の上級生4人と10人ほどの新入生が集まっている。
引率する2年生の代表なのだろう。時間になるとプヨン達の前に立ち、軽く挨拶をしていた。他にも3人いる。
着任登録をすると作戦行動用の簡易携帯食が支給された。
木の葉で包まれた粽とドライフルーツのような携帯食料だ。一口程度のものが数個で一まとめになっている。
それぞれ腰に下げたり、収納袋に入れていた。
プヨンも干し苺を取り出し、味見に一粒食べた後、皆と同じようにサイドカバンに入れておいた。フィナツーが窮屈そうだ。
集まった新入生は全部で10人ちょっと。
こっちのほうが普段行かないところに行くから面白いに違いないと思ったが、プヨンの予測より参加者が少ない。
他の生徒はどこに行ったのかも気になる。ユコナもメサルも来ていなかった。
とりあえず、隊列を組んで出発した。隊列といっても、まだ入学したばかりだからか足並みはばらばらだ。適当に2列でまとまっている程度だ。
モウロウを先頭に、ぞろぞろと歩いていく。
学校奥を見て回ると言っても、そんなに奥まで行くわけでもない。15分も歩くと昔使っていた石造りの建物や倉庫、何に使うのかよくわからない石碑が並んでいる所に出た。
「あ、危険アリ出ました。気をつけて」
「あれは、ビッグピアです。遠隔攻撃は、砂埃を起こして目つぶしをしてきますよ。牙があります」
前からそんな声が聞こえてきた。見ると子犬くらいの大きさのアリ数匹が、小動物を襲っている。
しばらくすると決着がついたのか、くちばしでかみ切って肉を運んでいくのが観察できた。
「いきなりキツいわね。あぁはなりたくないわ」
「そうだな」
皆の気を引き締めるには十分だ。
さすがにこの手の学校にくるだけあって、多少グロくても叫んだりするようなものはいない。実際肉は家で捌くこともある。
サラリスも、こういうのは見慣れているのか、妙に落ち着いていた。
しばらく様子を見ていたが、アリがこちらにも興味をしめしたようで、二年生4人は隊列を組み直す。
ただ、4人は前衛後衛など役割が決まっているようだ。
「こっちは任せろ。Aモードで」
「わかった」
モウロウが指示を出し、それに周りが合わせていく。
Aモードが何かはよくわからないが、4人の班内でのキーワードなのだろう。一言だけしか言っていないが、それだけであらかじめ決められた動きをしているようだった。
前2人が威嚇なのか、石弾などの弱い魔法を数打ちながら近寄らせないようにする。
そして後衛が、その後ろから単発だが威力のある火球で確実に追い払っていく。
ものの一分もしないうちに、数匹いたアリはいなくなっていた。二匹ほど焼け焦げて転がっている。
さすがに一対一ではまず死ぬことがないレベルの敵だが、あっさりと片付いていたのはそれなりに慣れているのだろう。
「さすがね」
サラリスが手際の良さに感心していた。
「ここからはちょっと危険です。めったに会いませんが、赤くて頭にツノがある兵アリは囲まれないようにしてください。巣に近寄りすぎると悲惨ですから、迂回しまーす」
すでに一度戦闘しておいてから危険と言うのも今更とも思うが、あらためて注意される。
「ドラゴンフライです。火を吐くくせに、羽はすぐに燃やせます。弱点はやっぱり火です」
時折、大型トンボのドラゴンフライも飛んでくる。アリと格闘していると思ったら、焦げて弱っていたアリを一匹捕まえ、どこかに飛んでいってしまった。
「あ、こっちに寄ってきました。撃退します」
火を口先からちろちろさせながら、大型トンボが向かってくる。
モウロウ他数人は手慣れたものなのか、トンボに水をぶっかけてから、魔法で石をぶつけたり、時には剣技の見本を見せるかのように撃退方法の模範を示してくれる。
倒すと言うよりは追い払う感じだ。
「時折新校舎の方までくることがあるので、歩哨時は特に注意してください。一人で複数を相手しないように」
「ちょっとした戦闘訓練と思ってください。年に数回ですが繁殖期には授業も兼ね、ここで実戦訓練がありますよ」
適度な緊張感も続き、そんな情報展開もあるので時間が経つのが早く感じられた。
旧校舎はすぐそこだが、そこからさらに少し離れた山手に蟻塚がいくつもできたらしい。
ふつうに考えたら駆除してもよかったのだろうが、実際に根絶やしとなると少人数では大変だ
おそらく校舎自体の老朽化もあってそのまま放置されているそうだが、訓練地として確保しているというのが本当のところなのかもしれない。
たしかに、実戦を想定するといい狩場になる気がした。
実際、アリのテリトリー内に入ると一気に出現率があがるらしく、休む暇もないそうだ。
今回は校舎そばまでは近寄らず、遠目に校舎を見たあとは道沿いに進むと大きな池に出た。
湖には比べるべくもないが、それでも一周1kmほどはありそうだ。
池の水は汚れてはいないが、底が見えるほど透明でもなかった。
「ここで終了です。見える範囲で適当に休憩を取ってください。この湖は危険な生き物はほとんどいないですが、水に入るのは制限されています。今日は入らないでください。実は、この池の底はいろいろ危険らしいのです」
モウロウの説明からは、何かしらいわくがあるように感じられた。
モウロウの言葉で指定時間までの休憩がはじまり、一時散会となる。銘々、適当に座ったり、池の周りをうろうろし始めた。
プヨンもここまでくるのは初めてだ。
物珍しさもあって池の周りを一周してもとの位置に戻ってきた。
まわった限りでは、ごくありふれた池だ。ただ、この池も淵から急激に深くなっているのがわかる。
水が濃い青色をしていた。
数人が底を見ようとしていたが、深いのか生き物も何も見えなかった。
サラリスもヘリオンのところにでも行ったのか、プヨンはのんびり一人で休憩していた。
「休憩が終わったら引き返しますが、軽く食事したあと、任意ですが少し訓練しましょう。いずれ近いうちに歩哨が始まりますので、自分たちで追い払うことになります。アリ対応とチーム戦と二つしますので考えておいてください。アリ対応は校舎そばを見に行くので、アリとかちあったときに退治してもらいます」
池の周りを巡回していたモウロウも、それだけ言うとその辺の石に腰掛け休憩を取りはじめた。
休憩時間が終わった。
「じゃあ午後からは旧校舎の清掃チームと、この辺りでちょっと親善を兼ねた模擬戦と、二手に分かれます。強制じゃないので見学もありです」
モウロウの言葉で皆が立ち上がる。どうもモウロウは音魔法でも使うのか、大きいというわけではないがよく通る声をしている。
「さぁ。どっちにしましょうか? 掃除は掃き掃除するわけじゃないわよ。変な生き物がついてないかの調査と入り込んだ生き物の駆除らしいわ。こっちもハードね」
戻ってきていたサラリスが、プヨンに聞いてくる。
「どっちでもいいけど、どっちがいいの? 校舎の方が面白そうだけどなぁ。ちょっと緊張感あるし」
「そうねー。迷うけど、今回は模擬戦かな。旧校舎は偵察がメインで駆除するのは、改めて人数募ってちゃんとやるみたいだしね」
それで決まった。2人はここに残って模擬戦をやることにした。




