学校案内の仕方
「どりゃー。プヨン、これでどうだー。さっさとでてこい。ユコナはこれよ」
森の向こうからかろうじて聞こえるのが、サラリスの気合の声であることはわかる。言っている内容もわかる。しかし、意図が不明だ。
なぜプヨンを呼び出しているのか。ユコナもあれは何といった顔をしている。
置いていったことに対する怒りのオコーラが満ちている気がした。
おそるおそる近づいていくと森が開け崖上に出た。
バシュバシュバシュ
サラリスの火球が、湖上に出ている高さ10mほどの岩山に向かって飛んでいく。
火球は基本的に重さがないので放物線にならない。光子砲のように軌跡が真っ直ぐに連なっていた。
ただ、サラリスのそばには誰もいない。ぼっち状態だ。時間のせいなのか、まともに魔法練習をしているのはサラリスだけで、他に見える者たちは、のんびり雑談しているようだった。
プヨンは名前だけはきいていたが、このドライビングレンジと呼ばれる、魔法の打ちっぱなしにくるのは初めてだった。
演習場側からもかろうじて見えるので、何度か魔法の発動時の光を見たことはあった。
森の出口に沿って崖の際まで歩くと、崖の下には穏やかな湖水面が広がり、その上に出たいくつかの岩が見えていた。
ぎりぎりに立って下をのぞくと10mくらいはありそうだ。
そこから湖を眺めてみる。1番遠い岩はどのくらいだろう。300mはありそうだ。
50mから先の岩には入試の時に見たエイミー人形をかたどった石像も見える。
まぁ、的であることには違いないが、入試の時とは設置距離が一桁違っていた。
バシュバシュバシュー
もう一度火球を連射するサラリス。
けっこうな勢いで、10数発がとんでいくが、火球の間隔がせまく、かなりの速射であることがよくわかった。
おそらくさっきの言葉から、プヨンを仮想敵に魔法を打ち込んだものと推測する。
サラリスは気持ちが昂っている危険な状態であるとわかる。
ユコナと視線があうと近寄ると危険だと目で合図を送り、迂回しようと促すとユコナも首を縦に振った。
どうやらユコナもわかっているようだ。そして、
「サラー何してるのよ」
えっとプヨンは焦る。
ユコナはまったく警戒心なく声をかけ、サラリスに気付かれてしまった。
声をかけてどうすると、まったく心が通じないユコナに閉口しつつも、今更逃げられないプヨンもついていくしかなかった。もちろん距離を取りながら。
「二人とも探していたのよ。どこでどうしてたの?」
サラリスは火球連射のせいか、ふーふーと荒い息をついていた。
ユコナは今行っていたところを答えようとしてはっとした。
どうやら気づいたようだ。
サラリスを仲間外れにしていたとは言えない。
当然どう答えるか言葉を選ぶ。さっきのプヨンの視線の意図がわかっていた。焦りつつもプヨンを見ると、プヨンはユコナを見ることなくこう答えた。
「あぁ、ユコナとはそこでたまたま会ったんだ。俺は頼まれていたものを作ってたんだよ」
露骨にユコナとは絡んでないと言いながら、小さな木箱のようなものを出す。さっきまで休憩のたびに出していたものだ。それをサラリスに見せていた。
「えっと、私はちょっとそこまで……」
ユコナはこの裏切り者がという目でプヨンを睨むが、どう考えてもユコナの返事の方が不自然だ。
サラリスにも怪訝な顔をされてしまった。幸い、サラリスは、プヨンの言葉のほうに興味を持ったようで、そちらについて聞き返している。
「頼まれていたものって?」
思い当たるものがないサラリスがいったいなんだろうと不思議そうな顔をする。
プヨンは実際に見せてやることにした。
「これだよ」
自分でも効果を確認したかったこともあり、木箱を魔法で空中に放り投げ、ついで石で木箱を打ち抜く。
木箱が砕けて中から炭粉が溢れて散らばり、空中に舞ったところに火をつけた。
シュバッ
空気との混ざり方が均一でないから燃え方にムラがあるが、けっこうな爆発が起こり火柱が上がる。
先日の石臼砂糖より粒子が細かいせいか、魔法と合わさって目に見えて爆発力が上がっていた。
サラリスもそれを見てご満悦だ。
「プヨーン。いいわ。これいいわ。なかなかいい威力ね。何発あるの? まぁ、これで十分かはわからないけど、プヨンも再戦するつもりでしょ。次はいつにしよっか」
一人ではしゃいでいる。たしかに、なかなかの威力だった。それを見たプヨンもちょっとうれしい。
ただ、サラリスは一通りはしゃぐと急に何かを思い出したようだ。
「ところで明日の学校屋外案内はどうするの? 安全らしいし普段行かないようなところもいくらしいから行こうよ」
そういえば、親睦も兼ねた案内イベントの掲示があり、たしか3つの案内プランが載っていた。
サラリスからいろいろと聞くと、歩哨などでも回らない最奥ルート(山)が一番面白そうとのことだ。
「『ちょっと危険アリ』の掲示に惹かれたのよね。わかるでしょ。どんな危険なんだろうね」
たしかに、サラリスは安全と書いてあっても興味を示さないだろう。もちろんよくわかると相槌を打つ。
上級生引率だそうだから危険と言っても知れてる気もするが、そのまま山のほうにつながっているから野生生物もいるはずだ。
今は使われていない旧施設なども見て回るらしい。プヨンも行くならそこだろうと思っていた。
「まあルート(湖岸)や実戦体験も興味あるけどね。じゃあ俺は他に用事があるんで」
「じゃあ、私もお掃除があるから、またねサラ」
プヨンに同調してそそくさと移動する。ユコナはサラリスと目を合わさないようにして、箒を持ち直してさりげなく立ち去ろうとするが、腕をつかまれ引き留められた。
「ちょうどいいわ。私も掃除を手伝うわね。どこを掃除してきたのかしら?」
「え? え? なんのこと?」
「何年知り合いだと思ってるのよ。何かしてきたんでしょ? 白状しなさい」
うっと言葉につまるユコナ。あたふたするから怪しさ倍増だ。
「そ、そんなことないわよ。プヨンも一緒だったのよ」
ユコナがプヨンに助けを求めようと振り返り声をかけるが、
「あっ、プヨン待って……くだ……さぃ」
ユコナは唖然としてしまう。全力で走り去るプヨンの姿が小さくなるのに比例して、ユコナの声もかぼそくなっていく。
「ユコナは回り込まれたの。知ってるでしょ。大魔導士サラリス様からは逃げられないのよ」
「プヨン、プヨンが主犯なんです。ほんとだよ。うわーーん」
ユコナの最後の言葉はプヨンには届かなった。




