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魔法の使い方教えます  作者: のろろん
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石の売り方 2-2


 森に入ってすぐ、サイドカバンから出港してきたフィナツーがプヨンに耳打ちしてきた。


「なんか警戒してるみたい。森が入ってくるものを排除しようとしているよ」


 確かに居心地の悪さを感じる。プヨンはモアナルアへの貢物を運んでいるから歓迎されるはずだ。これがきちんと伝わっていないのだろう。

 

 大事な貢物の輸送警護であると心の中で念じたところ、思いが通じたのか拒まれるような違和感はなくなった。


 いつもの居心地の良い木漏れ日のある森になっている。

 

 一方、ユコナも同様に悩まされていた。

 

 のほほんとしたプヨンが大きな箱を背負って呑気そうに歩いているにもかかわらず、全力で頑張るユコナが置いていかれている。


バシッ


「あいたっ」


 まただ。まだたいして進んでいない。森の入り口は見えている距離なのに、避けた木の枝がしなって顔を叩かれたのはもう三度目だ。


 さっきから顔の周りをやたら羽虫にもまとわりつかれていた。何匹もの虫にほっぺやおでこを刺されたから痒くなりそうだし、明日はきっと赤く腫れる。それだけでも、もう十分憂鬱だった。


 ここを通ろうといったプヨンに仕返すべく、何度も首を取ろうと狙うがなかなかチャンスがこない。


 プヨンはすっかり人、特に親しい人を警戒するようになっていて、ユコナはとても寂しかった。やたらと首筋をさわるし、ユコナを後ろに立たせようとはしない。

 以前のプヨンならわざとスキを見せてくれるやさしさもあったのに、今回は突き指ばかりだ。


 ユコナとプヨンとは信じ合える関係が望ましい。もう少し無邪気さや信じる心も教える必要があると、ユコナは感じていた。



「避けろ、大しけだ。ピーマン攻撃だ。回避回避」「かいひー」

 

 突然プヨンとフィナツーの声がした。


 地面を見ながら極秘作戦に集中していたユコナは、少し前にいたプヨンが右に飛び、木の影に飛び込むのが目に入る。慌ててついていくフィナツーも。


 何事か理解できないユコナ。


 そして目の前に迫る大型セミ。『大しけだ』五匹が編隊飛行で向かってくる。

 プヨンの首筋を見ていたため反応が遅れた。完全に逃げ時を失っていた。


バシャ


「ひえっ」


 戦場で気を抜くなという最も基本的なことを忘れた結果だ。

 大慌てで目の前に氷板を出して防御したが、顔を防ぐのが精一杯だった。


 腰から下に向かって、桶をひっくり返したような頭サイズの水爆弾が命中する。


「クッ、ここで地面に倒れるわけにはいかない」


 本能で体が反応してくれた。なんとかよろける足で踏みとどまり、水溜りに倒れ込むことは防いだ。


 しかし、それでもユコナは恐怖していた。


チラッ


 事実を知るのが怖いが、恐る恐るプヨンを見る。プヨンは目を合わそうとしない。可哀想だが仕方ない。そんな顔をしながらも、プヨンの口元はニヤついているのがユコナにはつらかった。


 『大しけだ』。セミ系の得意攻撃と言ったら、ヒットアンドアウェイだ。

 あのおしっこ攻撃を受けたものは、精神と物理、両方に多大なダメージを受ける恐るべき攻撃だった。


 もう誤解しようがなかった。


「よ。よかったな。顔は直撃しなかったな。口に入ると即死クラスのダメージを受けるからな」


 この攻撃のもっとも恐ろしいところは精神攻撃の効果が生涯続くことがある、もしかしたら来世でも続く可能性があるところだ。

 

 恐るべき攻撃を受け精神致命傷のユコナは、プヨンの台詞で確信し再び倒れそうになるのを気力で支えていたが折れそうだ。


 気づくとユコナからいつもよりも距離をとるプヨン。ヘラヘラと笑っている。

 『許せない』と溢れ出る怒りパワーでなんとか持ち堪えた。



 落ち着くとユコナの頭にいくつかの選択コマンドが出る。できれば服を洗濯したいが、旅行に行くつもりもなく日帰りの予定で出てきていたため、流石に着替えは持ってきていなかった。


「き、今日のことは、なにとぞご内密に……」

「今日のことは2人だけの秘密だから。でもユコナは美化委員かぁ。貢物が楽しみですね」


 ストレージから出した石鹸を差し出しながら、にこやかな笑顔で鼻もつまむ仕草をするプヨン。


 ひたすらつづくプヨンの追加攻撃は初期ダメージ以上のものがある。

 体力はゼロで終わりだが、精神力にはマイナスもある。

 プヨンがここまで精神魔法を習得しているのは予想外だったユコナだが、しばし考えたあと屈せざるをえなかった。


 石鹸は手渡しでなく、空中に浮かんでいる。


 ありがたいと思いつつも、この石鹸の借りは高くつきそうだ。自分にとってこの借りは、命に匹敵する弱みを握られた気がするユコナだった。

 

 恥じらいを見せつつ石鹸は受け取ったが、ユコナは自分が美化委員になったからには今回の汚点とプヨンの記憶を完全に掃除すべきと誓いを立てていた。


 とぼとぼと歩くユコナ。


 道中、プヨンは5m以下には寄ってこない。腹いせに水滴でも振りかけてやろうかと思ったが、辛うじて思いとどまった。


「じゃあ俺はこっちで、抱きつかれてベトベトにされるかと思ったよ。はは」

 

 ユコナは一度きれいな体になった方がいいと思ったプヨンは、


「とりあえず待ってるから、水魔法できれいな体になったら? そこで見張ってるから」

「わかった。じゃあどこかいってて。見えないところってあるかな?」

「え? 大丈夫だよ。ここで見張ってるから。子供が何言ってるんだよ」

 

 ハハハとプヨンが笑った瞬間、


「ピー、警戒警報発令。邪悪な気配が満ちています。キケンキケン」


 サイドカバンからフィナツーが走り出た瞬間、


「さっさとどっかいけー!」


バシィ


 特大の雷が落とされた。今までで最大級だ。プヨンはまともに頭からくらってしまった。


 普段から磁界発生対応で防御しているプヨンに対して、雷は遠慮なく突き抜けてきたようだ。髪の毛と一部体が焦げている。


 皆殺しにあった脳細胞のせいで、プヨンは頭が少しぼーっとする。


「……はい。すみやかに」


 かろうじてそれだけ言うと、火傷部分を回復させながらよろよろと立ち去るしかなかった。


 残った残存兵力は決して多くはない。プヨンは脳細胞を総動員して記憶をたぐると、ついさっきの森の入り口にあった小屋を思い出した。


「入り口の小屋で待ってる」


 プヨンは小屋のほうを指差し、ユコナの睨みに怯えつつ、


「怖い生き物に気をつけて」


 負け惜しみを言うプヨンだった。



 とぼとぼと小屋に向かって歩く。


 大した距離ではないからすぐに着いたが、その頃には焦げた髪の毛やユコナ電撃による火傷も回復していた。

 

 頭電撃は予測していたからしっかり守っていてよかった。ここに大打撃をくらうと流石に修復できないかもしれない。


「ふつうもうちょっと手加減せんかな」


 独り言を言うと同時に、小屋から一人青年が飛び出してきた。プヨンと同い年くらいだ。どこか見覚えがある顔だ。


「おぉ。こんなところに人が。今何か音がしなかったか。知っているか?」

「いや、もう問題はないんだ」


 落雷で焦げが残る髪の毛を触りながらプヨンが言うと、


「あ、お前は? たしか……見覚えがある」


そう言われてあらためて顔を見る。見覚えがある。たしか、試験の時に同部屋だったはずだ。名前はなんだったかと思い出そうとすると、


「俺だ、ヴァクストだ。学校で同部屋だっただろう」


 そう言われてプヨンも確信した。そうだ、ヴァクストだ。


「でも、なぜ出てくる? こんなところから?」


 こんなところにある寂れた小屋からでてくるヴァクストが不思議だった。それに気づいたのだろう。ヴァクストはいろいろと説明してくれた。

 

 「俺は魔法の第一人者になる自信があったんだ。だから商家を継いでくれという親の反対を押し切って学校に入ろうとしたんだよな。自惚れていたのかもな」


 淡々と説明してくれる。ヴァクストは吹っ切れたのだろうか。


「結局家に戻りにくくなって、しばらくはレスルで手伝いとかして様子をみていたんだが、そのうちこの街道はいろいろと狩人や探検家の往来があるのに店がないことに気づいたんだ。だから、ここで店を出そうと思ったんだよ」


 そう言われて店の外から中を見るとたしかに雑貨屋だ。


 品数はとても少ないが、簡単な旅支度の道具や消耗品が置かれていた。その他にもいろいろとあるが、何に使うのかわからないものも多かった。


「あぁ、だから、このあたりからどこかに行くときは是非ここで支度していってくれ。もし何かいいものが手に入ったら見せてほしい。もちろん置いてほしいものも揃えるようにするよ」


 ヴァクストはそう言ってきた。


 聞くと最初はレスルで仕事をして、護衛や害獣退治などを引き受けていたらしい。たしかに試験の時も火を鞭状に振り回したり、変わった魔法の使い方をしていた。


 一通り聞くと、プヨンはちょうど森経由で学校に戻るところで、先ほどそこで小さな落雷があったようだと話した。ヴァクストは相当驚いたようで、


「なんだと。ここを突っ切っていくのか? 俺もちょっと行ったことはあるが、途中で逃げるように帰ってきてしまったというのに……」


 そこまでいうと、ハッとして、


「落雷は大丈夫なのか?」

「あぁ、あっちで落ちたけど大丈夫だ。なんともないはずだ」


 あっちを指さして教えてやると、


「火がついていたら大変だ」

「ま、待てっ。大丈夫だから」


 プヨンが止めるのも聞かず、ヴァクストは走って行ってしまったが、プヨンは追いかけもせず、店内をそれとなく見ながらしばらく待っていた。


 カオリンを含ませた止血用ガーゼやプヨンが以前教会で作っていたような魔力を貯めこんだ回復剤なども置かれている。


 たしかにここでこういったものがあると便利だし安心だ。ヴァクストの店はうまくいきそうな気がしてきた。


 そんなことを思っていると、ヴァクストが出て行ってから1分もしないうちに、


パシィィィィ


「くるなって言ったでしょー、プヨン」


 少し離れたところから、甲高い雷鳴とユコナの声が聞こえてきた。




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