軟棘条約の仕方
ようやく街に着く。まずは食事だがレスル内の食堂が遠い。
ユコナはなんとか席にたどり着き、プヨンにすべてを託す。
「もーだめ。なんか、ごちそうして。ぺこぺこ」
「ライスのみ 1人前お願いします」
「ちょっと。もうすこし追加をお願い」
「ふりかけ追加」
かわいそうだから、もう少しまともなものを注文してやった。
ユコナは食べ物が運ばれてくるまで、しばしテーブルに突っ伏していた。
三人がおなか一杯になり周りを見る余裕がでると、やたらと緊張感があることに気づく。
ちょうど隊商などの始発組の出発時間帯だから、レスル内の人の行き来が多いのは普段通りだが、武装した護衛者や武器を運んでいる人夫がいつもより多い。
周りからも『あそこで襲われた』とか『重症者が出たらしい』など、平和ではない言葉が聞こえる。
「なあ、なんか周りが妙に殺気立ってないか?」
聞き耳を立てていたマウアーも気になったのか、たまたま通りがかった顔見知りのレスルの担当者を呼び止めていた。
「最近大型の生き物、特に危険な虫があちこちで街道沿いで目撃されているんですよ。ほら、あそこの商人たちも、小馬をドラゴンフライに奪われたと言ってるでしょ。他にもセンチピードとかも出たらしいですよ」
ドラゴンフライは人よりも大きい肉食トンボだ。
主に虫を食べるが、握りこぶし程度の小火球を吐く。一匹一匹は大したことないが、数が問題だ。繁殖期などで大きめの群れの縄張りに突入すると、大人数でも全滅することがある厄介な生き物だ。
特に西にある水の都が一大繁殖地で、例年、運の悪い隊商で犠牲者が出たと聞く。
「ねぇ、ドラゴンフライだって。サラリスがあーいうの得意なのよね。細かい虫が苦手なくせに、容赦なく打ち落とすから」
「そうなんだ? 斥候のカチカチする警戒音を無視するとやばいらしいなぁ」
「ボーボッボッボって集団攻撃を食らうわね」
新兵の訓練では、ちょうどなれた秋ごろの繁殖期になると大規模な駆除戦がある。新兵の模擬戦での仮想敵として手ごろな相手となっていた。逆にいうと、それくらいの規模で相手しないといけないということだ。
好戦的ではないから単体では自分からは人は襲わないが、空中での高速移動のせいで倒そうと思ってもそうそう倒せない。最初の斥候を倒せないと、仲間を次々と呼ばれとても危険だった。
「そして、街の周囲、特に湖水から北側の森にかけては巨人も目撃されています。目撃報告では5m以上あるらしいです。見かけたら逃げてください。今、討伐隊も検討しているらしいですよ」
一瞬、先日アデル達と同行した時に大型の人間を目撃したが、あれはさすがに5mはなかった。たぶん違う別の巨人なのかもしれないが、これも気になってしまった。
「何か知ってるの?」
「いや、まったく」
心当たりのありそうな顔をしたのだろう。慌てて否定したが、ユコナは疑っているようだった。
「大丈夫、ユコナが襲われそうになったらちゃんと守るよ。(巨人が)無事に逃げられるように」
プヨンが俺に任せろと指で自分を指しながらそう言うと、ユコナはニコニコしたが、
「おぉ、そうだな。巨人が襲われたらかわいそうだしな」
あっさりと越えられない壁を超える天才マウアー。その言葉は般若の召喚呪文であることを知らないのか。どこか切れているのだろう。徹夜でハイにでもなっているのか、怖れを知らないマウアーの暴言に、プヨンはフィナツーに急ぎ席を立つよう目配せをした。
マウアーのコマンドリストにはもう『逃げる』はないが、プヨンはまだ大丈夫なはずだ。
去り際につい一言つぶやきながら、ユコナがワナワナと震えている変身時間に急ぎ安全圏に脱出したプヨンは、
「恐怖に打ち勝ってこそ真の勇者。やつこそ勇者にふさわしい」
周りを行きかう人が『勇者』の言葉にギョッとして、プヨンの視線の先を見る。
ゴスンッ。ドサッ。
案の定、プヨンがそっとテーブルを離れて数秒経つと、先ほどいたテーブル付近から鈍い音がした。
ザワザワッ
「ユコナでよかったな、マウアー。サラリスだったら今頃火葬だ」
ざわめきがするがプヨンは振り返ることなくその場を離れる。何が起こったのか聞かなくてもわかっていた。
席を立ったプヨンは、ユコナ台風の避難解除の指示がでるまで、時間潰しを兼ねて販売店を見て回る。
危機意識が高まったせいで、かなりの武器防具が並び、も麻痺薬や魔法威力増加用の炭粉末、爆発用の無煙火薬などもある。ある意味稼ぎ時なのだろう。
『伝説の炎の剣ありますよ。あなたの魔力で炎を剣に纏わせよう』
『伝説の炎の鎧。これで、あなたも燃える男。相手の攻撃に耐えられる炎です。特価14500グラン』
プヨンが以前にちょっとした勝負で手に入れた『炎の剣』の同型剣も5500グランで売られている。
「この剣は高いのか安いのかよくわからないな。結局借りっぱなしだしそろそろ返そうか。もっといいのがほしいなぁ」
鎧は無視し、何かの役に立つかもしれないと火薬ツボと粉末アルミ鉱2つを買った。1000グラン、食事なら100回も食べることができる金額だった。
「そろそろ戻ろうか、フィナツー」
フィナツーも物珍しいのかいろいろと自由行動をしていたようだが、摘みあげて合流する。恐る恐る様子を見た。
30分ほどうろうろした後だが、ユコナの周りにずいぶんと人が集まっていた。
「勇者様らしいぞ」
「女の子じゃないか。あの箒、どこかで見覚えがある。向かいの学校のじゃないのか?」
「ナンパしようとちょっかい出した奴が一撃で伸ばされたそうだ」
テーブルに突っ伏している頭たんこぶ付きのマウアーと、数人に囲まれながら優雅にお茶を飲んでいるユコナがいる。
ふと見るといつのまにかマウアーのクビには例のスタンプが付いている。例のユコナの寝首スタンプだ。マウアーは完全に撃破されていた。
「一撃? マウアーを一撃で撃破か? やつは砲丸並みのたんこぶをつけているな」
あのたんこぶでは、マウアーが一撃でやられても仕方ない。まあ、ユコナへの恐れを知らぬ暴言のせいもあって、遅かれ早かれやられそうな気はしていたが、まったく目を覚ます気配がなかった。
プヨンは遠巻きに見ながら様子を伺うと、新たなミッションが発生していることに気づいた。懐から1枚の紙、さっき食った料理の伝票を取り出す。そこには手書きでこう書かれていた。
「鳥肉 カレー風味1。計9グラン」
「プヨン、どうしたの?」
「じゃましないでくれ。俺にはなさねばならないことがあるんだ」
フィナツーがプヨンが放つ特殊波動ハラエーラを感じ取り、びっくりして尋ねるがもう後には退けない。かつてないほど全神経を集中し、1枚の紙に全魔力を集中する。そして祈る。
「神様よろしくお願いします。ディバインズギフト」
絶妙のコントロールでふわふわと浮いた紙。
行き交う人の流れをかわしつつ、テーブルで突っ伏したマウアーの前にたどり着き、手の平の下に入れることに成功した。もちろん誰にも気づかれていない。
プヨンはふーっと深く息を吐く。困難なミッションに成功した、実にやりがいのある難易度の高い魔法だ。今回は成功したが、いつも成功するとは限らない。勝って財布の紐締めよだ。
「これは、報酬、お前の取り分だ。受け取れ」
お礼代わりにマウアーの首筋を遠距離治療し、スタンプを削りとってやった。
一仕事終え、あらためてユコナを見ると、いろいろと周りの人たちに絡まれているようだ。
「武術に自信がおありのようですが、是非同行をお願いしたい」
「なんでも朝っぱらからちょっかい出したヤツが伸ばされたそうだぜ」
「どのくらいの腕かちょっと見てみたいな」
ぱっと見で勧誘派と興味本位派に分かれている。
「無理無理。無理ですよ。それに勇者ってなんですか? たまたまです。このあと用事がありまして」
やたらキーワード『勇者』が聞こえるが、ユコナが勇者とか何故また急にとプヨンは状況が理解できず観察を続ける。
もちろんユコナは否定しているが、ふと見るとユコナを取り囲んでいる人たちの半数の首には、マウアーと同じ『ち』スタンプがついている。
この人達もまたちょっかいを出されたユコナが仕留めたことを示していた。
見境なく遊んでいるユコナを見ると、戸惑っているのはフリだけのようだ。
会話するふりをしながらさらなる獲物を物色しているのか、ほぼからのお茶をちびちびとすするユコナが、プヨンにはとてもわざとらしく見えた。
特に商人の一人がよほど護衛が見つからないのか、危険なところにでも行くのか相当危機感があるようで護衛勧誘を粘っている。
「ここから山手の旅立ちの森の方で、インセットの目撃例が多数あるんです。おねがいします」
「無理です。日帰りでいけないところは無理ですよ」
インセットは大型さそりの一種だ。蛍光性があるため、夜間には目立ってよく見えるが、これに寄っていく獣を襲って食べる。まれに家畜とかが襲われることもある危険な生き物だ。
「私たちは旅立ちの森経由で学校に戻ります、またでお願いします」
プヨンを見つけたユコナはそう言うと、さっと立ち上がった。
旅立ちの森経由と言ったためか周りからざわめきが上がるが、ユコナは無視してこちらに駆け寄ってくる。寝ているマウアーに目が行くが、そのわきにはユコナの伝票も置いたままだ。
「行くわよ。プヨン。あいたっ」
忘れ物を指摘する間も無く首筋に手を回してくる。そして、突き指をしていた。こりないようだ。
あれだけまわりにスタンプを付けていたら、自分達にもしてくるのは見え見えだ。プヨンの首には当然防御壁を張っている。また指を突いている。
「もうあきらめろ。首は常時守ることにした」
「うぅぅ、プヨン……これで許してあげるわ」
バシッ
ユコナはプヨンの腕に触れると、悔し紛れに小さな電撃を放ってきた。
「あ、連れが払いますので」
店員に向かってそうユコナが言うと、プヨンもそうだとうなずく。マウアーにすべてを託したまま、二人はレスルの建物を出る。
「そこのお二人、少しお時間をいただけませんか?」
少し出たところで小柄な女性に呼び止められた。言葉は丁寧だが、妙に威圧感がある。
振り返ると二人組、女性とその横に立つ大柄な剣士が立っていた。腕を組んだ剣士がその後を続け、
「これはそこの女の子がつけたのか?」
えっ? とプヨンはユコナを見る。何か飲み物でも飛ばしたのかと思ったが、ユコナは慌てて目を逸らした。
「さぁ? そんな首のスタンプは知りませんが」
ユコナは知らないと言う。プヨンは『あーあ』と心の中でため息が出てしまった。
「なるほど。犯人はお前か? これはなんだ?」
「え? え? 知りませんが……」
相手の『これ』を首のスタンプと説明するユコナ。寝首を掻いたと自供してしまったユコナを愛らしく見ようと思ったが、とばっちりを食らうことになるプヨンには難しそうだった。




