脱出の仕方 2-5
氷船は順調に進むが、思ったより寒い。当たり前ではあるが、間違っても氷の船内で火魔法で暖を取ろうなどと思ってはいけない。
ユコナが少し寒そうにしているが、プヨンには秘策があった。
ユコナなら十分な燃料と防寒着がおなかにある。ここはお腹の脂肪で耐えてくれとプヨンは伝えている。通じたかはわからないが。
もちろんプヨンは適当な量の酸素は供給し続けていたので呼吸は大丈夫だった。
船の頭が水上に出て見つからないように、上手に浮力をコントロールしつつ、マウアーを見る。マウアーも意図を察したのか、
「お? おぉ。俺もお前たちと一緒だ。なんとか出口を探そうと朝から山側の崖沿いをうろうろしていたんだ。でかい獣の気配を感じて慌てて逃げだしたらちょうどお前らがいたんだ。お互いタイミングよく出れてラッキーだったな」
「なるほどな。俺はユコナが美化委員になったから、早朝掃除を手伝わされていただけなんだ。ひどい目にあったよ」
たしかユコナはまだ耳が聞こえにくかったはずだ。プヨンは地獄耳モードになっていないことを確認しつつ、すべてをユコナのおかげと他にもあることないこと適当にマウアーに説明した。
ユコナが箒を握っていることから、マウアーはプヨンの説明を真に受けたようだ。
マウアーからもいろいろと教えてもらえた。授業中などもそれなりの生徒達が宣言していが、この週末は探索兼脱出方法探しをゲーム感覚でやるものが多かったらしく、他にも数人森で出くわしていたと教えてくれた。
みんな危ないとか思わないのかなとプヨンは思う。時々行方不明者が出るのもわかる気がした。
しばらくマウアーと話し込み折り合いを付けた。お互いの状況の理解をしつつ、お互いのことを暴露しないために出会わなかったことにする。それが何かあってもうまくいく良い方法との結論になった。
「ふー、やっと聞こえるようになってきたわ」
ようやく自力で鼓膜の治療を終えたユコナが会話に参加してきた。ユコナも多少の治療魔法が使えるとはいえ、ユコナは特定部位の治療はプヨンよりかなり苦手のようだ。
プヨンのように自分の体でためすようなおバカでもなく、毎日治療してきた経験もない。自称ごくふつう女の子ということもあり、あまり人体の構造には詳しくないこともあるのだろう。
もう適当な内緒話はできない。会話の内容に細心の注意を払うべく警戒レベルをあげる。
「それで、このあとどうするの?」
「うーん、予定通りならばキレイマスの町までいって、ほとぼりが冷めた明日の夕方くらいに戻ろうかと」
「うん。それでいいわ。ただ、町までの航路沿いにまっすぐいってね。余計なところにいくと、侵入者用の機雷があって、近づくと衝撃波で船を沈めるらしいわ」
「ど、どこからそんな情報が?」
「ある筋からの情報よ」
その情報がどこまで本当かわからないがプヨンは緊張する。夜明け前で、まだ水中も真っ暗で前など見えてない。なんとなく町はこっちの方だろうくらいで適当に動かしていた。
もっとも仮に明かりを灯しても、適当に作った氷だから透明度がない。まともに前方が見えるとも思えなかった。逆に闇夜の明かりは目立つだけだ。
「ど、どうするんだよ」
「い、いや、まぁ防御施設があるなら、動作させちゃえばいいよな」
「え? 音はどうするんだよ」
マウアーが不安げに聞いてくるが、ちょっと考えるとすぐアイデアが出た。
「デテコイ」「アッチイケ」
ユコナが言う機雷は、魔力発動系の道具なのだろうが、この池は極端に水深が深いはずだ。埋設するなら沿岸のごくわずかしかないはずだから、水中に浮かぶ接触式と予測する。
単純に自分達の前に水流を作ってやり、それを水流で押し広げてやれば浮遊タイプはどこかに流されて行くと考えられた。
その甲斐もあってか、幸いにも破裂音を聞くことはなく、順調に進む。
「たいしたことないんじゃないか? 何もおこらないが」
「なんですって? そんなはずはないわ。そろそろ当たるかもよ」
意味がわかって言っているのか、ぶっそうなことを言うが、実際にあることは間違いないだろう。念のため周りにもおとりの氷を浮かべはした。亀裂程度なら塞げばいいから、直撃を避けられたことは大きい。
「ユコナに言われなかったら危なかったな。今頃沈んでいたかもしれないよ」
「そ、そうでしょ。さすが、わかる人はわかるわね。ユコナはごほうびポイントが1000ポイントたまりました」
ここは無償対応でほめまくって対応しようとしたが、何やらポイントが貯まったらしい。臨機応変に、最低交換アイテムは100万ポイントからにすることにした。
その後も定期的に前方の調査をしながら慎重に進んでいく。視界がなく手探り状態で移動していくため、時間がどんどん過ぎていくわりに大した距離を進んだようには思えなかった。
けっこうな時間が経ってしまい、もうそろそろ対岸じゃないのかと思い始めたころ、
ビシィ
突然、氷内に大きな音が響いた。何があったのか、何かがぶつかったのか大急ぎで三人は周りを確認すると、ユコナの足もとに大きな亀裂が入り片足が水の中に漬かっている。
「ははは。なんだぁ。重みでかぁ。亀裂を踏み抜かなくてよかったな。ビックリしたよ」
何気なくユコナに向かってつ精神攻撃を仕掛けてしまったマウアー。
即座にユコナの背後から放たれる凍てつくオーラ、ヒエーラが放たれ、一瞬でユコナの足元は凍り付く。マウアーの動きも瞬間で凍り付く。
「この世には口に出すと即死する究極魔法があるって知ってる?」
「……」
「この船の構造の欠陥がありますね」
「はい。仰る通り」
マウアーの判断は正しかった。状況を的確に読めたマウアーは生き延びることができたようだ。
しかし、ユコナはうつむいて氷の亀裂跡を見直すと、ここが狭い密室に気づいた。ここなら、美化委員のミッションに最適だ。例の寝首を掻くため、首にスタンプを押す件だ。
「ふふふ、マウアー。あなたに私のお掃除第一号の栄誉をあげるわ。そしてそのあとはもう一度プヨンよ」
ちょうどいいお仕置きになる。小声で宣戦布告しさりげなくスタンプのふたをあけた。ルフトの真似をしながら、目線を合わそうとしないマウアーに近づく。今ならマウアーは手が届く距離にいる。
二歩近寄り、『今よ』、と心の中で気合を入れ踏み込んだ時、再び氷が割れる破滅の音がした。
しかもマウアーの首筋に触れようとした指先にはぶよぶよとした別の感触がある。首には触れていない。失敗だ
「ま、待ってくれ。俺が悪かった。う、腕を鍛えておくから許してくれ」
マウアーの言葉がトドメを刺す。ユコナは言い返そうとしたがうまい言葉が見つからず、プヨンのように突き指こそなかったものの、触れられなかったショックを受けてしまった。
プヨンはマウアーとユコナがやり合っている間、なぜ氷にヒビが入ったか考えた。ゆっくりとはいえ、水中を氷が移動していくのが氷船だ。最初はしっかりと強度を確保するため十分に厚みのある氷にしたが、おそらくずいぶんと融けてきていたのだろう。
ユコナはまだマウアーの首筋が気になるようでしきりに触っていた。
「マウアーの首筋? なんかぶよぶよしているけれど、これは何かしら? さわれないわ」
ユコナがマウアーの首筋を触る。そこでプヨンはうっかり口を滑らせてしまった。
「お。例のこんにゃくシールドか?」
「こんにゃくって言うな!」
それを聞き『こいつらはグルだ』と気づいたユコナは、落ち着いてゆっくりと優し〜く話す。
「へー、二人は仲がいいの? このシールドとやらについて教えてくださらない?」
もう決して氷が融けることはないであろう氷河期となった船内で、ユコナのマウアー調査が始まる。
氷船はゆっくりと進んでいった。
ザリザリザリッ
氷が砂をする音が聞こえた。氷越しでも空が結構明るくなっているのがわかる。
「もう学校からはかなり離れているはず。大丈夫だろう。水面に出て上を取ろう」
プヨンは上半分の氷を落とし周りを見る。右手に見える町からはずれた位置に着いたが、人気がないためかえって都合がよかった。
岸ギリギリ、あと8mくらいまで近づくと完全に氷は砂浜に乗り上げる。このあたりが限界のようだ。それを見たプヨンとユコナは、
「バターアップ」「エアリースプラッシュ」
筋力強化+魔法で身軽になり、立ち幅跳びの要領で岸までジャンプする。無事砂浜に着地する。
バッシャーン
大きな水しぶきがあがる。マウアーは、あと2mほど足りなかった。
「うわー、なんでお前らはそこまで跳べるんだ」
「決まってるでしょ! 軽いからよ」
少し手前で落ちて膝まで濡れていたマウアーを鼻で笑い、勝ち誇ったユコナが水魔法で服から水分を取り除いてやる。そしてさっきの意趣返しと、マウアーはわざわざ絞った水を顔にぶつけられていた。
とりあえず、町まではのんびりと歩く。おそらく1時間。ちょうど朝食のいい時間帯につくことになりそうだ。
のんびりと歩き始めると同時にユコナの調査が始まる。
「マウアーに言っておくけど、私、美化委員なのよ。それが何を意味するか知ってるかしら? さっきの言葉の真意を教えて頂戴」
「え? 美化委員ってなんなの? 真意ってなんのこと?」
「ふっ。とぼけるつもりね」
さっきの言葉とは、当然ユコナが氷を踏み割った件だ。
何度もマウアーはユコナから相当量のヒエーラを感じたようで、ビクッと体を震わせたあと急にどもりながら答えだす。マウアーがしどろもどろの説明をすることでなんとか生き延びたころ、ユコナはマウアーのこんにゃくシールドの話題を切り出した。
「こんにゃくシールドは、どのくらい美味しいのかっていうことよ。一度ごちそうしてよ」
「え? 食いものじゃないぞ」
「当たり前でしょ。 掃除しちゃうわよ」
それからもマウアーはいろいろと聞かれていたが、ユコナの的確な褒め殺しを仕掛けるとマウアーもまんざらではないようで、モテ期到来とでも思ったのか喜んでいる。聞かれないことまで必要以上に丁寧に教えていた。隠し事のできないタイプのようだ。
ユコナはこの防御をいたく気に入ったようだ。自分にもできるかとやたら聞き、途中から練習を始めるくらいだ。
マウアーは『こんにゃくシールド』改め、ユコナ命名の『マシュマロシールド』を教えてほしいというユコナの『お・ね・が・い』にもしっかりと首を縦に振っていた。
結局マウアーが防御のなんたるかをいろいろ説明しながら道中移動する。
「なんにもない、まったくなんにもなーい」
プヨンがちゃかしながらユコナの防御壁をつぶしてやろうと手を振り回すが、まったく抵抗を感じない。突き破ってやろうと待ち構えるプヨンの人差し指が何度も宙を貫いたころ、
ガツンッ
「いってー」
「ふ。ユコナ流氷板よ。評判いいのよ」
あまりにふざけすぎて一度氷壁を出され、プヨンは思いっきり殴ってしまった。すでにかなり消耗していたユコナは、こんにゃくに四苦八苦しているようだ。
氷壁もその一度きりだった。
結局ろくにできないままユコナが魔力切れになりそうになった頃、三人はキレイマスにたどり着いた。




