脱出の仕方 2-4
「フィナツーからフィナへ。プヨンは学校を抜け出した模様」
プヨンには聞こえない位置で、フィナツーはぶつぶつと臨時報告をしている。
プヨンの腰のカバンに入り込んでいたフィナツーも、もう安全と思ったのかいつのまにかカバンから出てプヨンの横にちょこんと座っていた。
ただ、プヨンはそこに注意を向ける余裕はなく、近づいてくる影の方を注視している。
「や、やばいんじゃないか?追いかけてくる」
慌ててユコナの耳を治す。先にバランス感覚だ。
たぶん三半規管あたりが揺さぶられたのだろう。耳の中の液体部分を落ち着かせるだけで感覚が戻るはずだ。
先に自分の耳で試しながら治したから要領はわかっていた。まもなく、ユコナは気分が落ち着いたようだ。
「次は鼓膜を治して、音が聞こえるようにするからじっとしてろ」
ユコナは聞こえないのかこちらを見ているが、治そうとしているのはわかっているようだ。
じっと動かず待っていた。
「ま、待ってくれ」
準備した時かすかに声が聞こえた。
もう一度そっと庭を見ると、動いていた黒影はやはり人のようだ。女神像が氷で封じられているというのもあって、そのまままっすぐこちらに向かってくる。
同時に前庭の校舎寄りにも明かりがつき、人影が動いているように見えた。あの鐘は侵入者の警報も兼ねていたのかもしれない。
一度治療を中断し庭の様子を見る。校舎側は影が動くのが見える。1人2人ではなさそうだ。
そして走ってくるのはどうもマウアーのようだった。
「ま、待ってくれ」
走りながらだからか大声ではないが、確実にこちらに呼びかけている。返事をするか悩む。問題はマウアーが見ていた影がプヨン達とわかっているのかどうかだ。その時、
バシュバシュ
大きな射出音が数発聞こえた。校舎側から空に向かった火線が複数見える。
ドドン
空に明るい火球が数個輝き、地面がそれなりに明るくなる。通常の火球と違ってすぐに消えず、数秒間地面を照らしてゆっくりと落ちていく。
教官か警備による火炎魔法の応用、照明弾のため庭に人影が浮かび上がり、校舎側にも気付かれたようだ。
「照明用のフレア弾みたいね。プヨン、私の声聞こえてる?」
ユコナは耳に手を当てながら自分で耳を治療しようとしているようだ。ユコナのつぶやきにプヨンもうなずく。聞こえていると答えながら動く影を指さしてマウアーのことを教えてやった。
いったん暗くなるがすぐに2発目が上がり明るくなったところで、マウアーは出口を駆け抜けてきた。
「おい。さっきの2人。いないのか、出てきてくれ」
マウアーが叫んでいるが、影が誰だったはわかっていないようだ。照明弾で見られたのもおそらくマウアーだけだろう。マウアーを置いていくか悩むが、マウアーを放置してあとで他にも誰かいたと言われるのも面倒に思える。
悩むプヨン。
ユコナとは首尾よく出られたらキレイマスで落ち合う約束はしていたが、出られる保証もない仮のものだ。しかし、マウアーの口を封じる意味でもここは合流することにした。
「こっちだ。話すのはあとにして、とりあえず崖下の港にいくぞ」
「お? おぉ、わかった」
急に声がかかり、マウアーは一瞬ビクッと驚いたようだが、もともと前に誰かいるのは気づいていた。マウアーはすぐに理解して返事してきた。
プヨンはユコナも伴って崖下の波止場に降りていく。どういう理由で追いかけてきたのかはわからないが、マウアーも黙ってついてきた。
「お、お前らだったのか。前に誰かいるのは気づいていたが……」
「俺たちもたまたまだ。いろいろと事情があって」
「なんでだ。どういうことだ。まだ他にもいるのか」
なぜかわからないがたまたま出られたとだけ伝え、マウアーにはとりあえず実力で出たわけじゃないからと口止めをした。
プヨン達は波止場の先まで進んだ。まだ空は暗く湖水もかろうじて波が見える程度で、真っ黒な水面が広がり吸い込まれそうな不気味さがあった。
本来なら一緒にくるのか確認したほうがいいのだろうが、いつ捜索隊が現れるかわからない。さっさとこの場を立ち去りたいプヨンは、
「トロウトフリーレン」
湖面に氷の板を浮かべた。
氷の厚さを30cmくらいになるくらいまで成長させる。これで人が数人乗っても大丈夫なくらいの強度はあるはずだ。ほぼ正方形で広さは3m四方くらいになっていた。
「ちょっと待て。なんだその氷は。氷って1kg作るだけでも大変だろ? どうやってるんだ」
そういえばそうだ。だいたい火球1発で氷なら20gくらい溶かせる。氷1kgなら火球50発分くらいはエネルギーがいるはずだ。マウアーの前では加減しようかとも思ったが、今更ちょっと減らしたところで大して変わらない。
マウアーが驚き、目を丸くしながら見守る中、プヨンは氷の形を整えていった。一枚作り終わると、もう一枚。そばには板氷が二枚浮かんでいる。
「まぁ、これくらい厚みがあれば人が乗ってもなんとかなるだろう」
そう言いながら、次に板氷の周囲に同じくらいの厚みで壁を作りはじめた。それを見たユコナも、
「こっちも同じようにするのね。手伝うわ」
ユコナはまだ耳が治りきっていない上に、石像の疲れもあるだろうが、持っていた清掃の箒を脇におくと何やらぶつぶつと呟きながら氷壁づくりを手伝ってくれる。
「ユコナもか。どうなっているんだ」
マウアーが何かするたびに驚くなか、まもなく巨大な氷のマスを2つ完成させた。ユコナのほうは若干壁が薄いがたぶん大丈夫だろう。
さすがにこの時点で一息つきたくなる。石像の件もあったから、それなりに疲労を感じる。もう、火球だと数百万発分くらいのエネルギーのやり取りをしている。
あとでマウアーには釘をさしておくとして、
「よし、乗ろう」
そう言うと、プヨンは率先して、氷マスの中に飛び降りた。
「おぉっと」
片側に乗ると氷マスが傾く。滑ってこけそうになることもあって、慌てて氷マスを魔力で抑え、バランスをとることにした。
まだ耳酔いから覚めていないユコナが、氷に乗る際に盛大にひっくりかえって亀のようにもがいているなか、プヨンは乗っている氷マスと乗っていないほうの氷マスをゆっくり沖合に押し出し、波止場から離れていく。
船が停まるくらいだからそこそこ水深はあるはずだが、岩などにもぶつからないように星明りだけでそろそろと進む。
別にやましいことはないが、なるべくならプヨンはユコナが言うように、目立たずこっそりと出たかった。
そう思っていると崖上の前庭あたりで騒ぎ声がする。さらに逃げ惑う声も聞こえてくる。捜索隊でもでたのだろうか、数人と氷が融けた女神像あたりが衝突しているのかもしれない。
プヨンは急いでもう一方の氷マスをひっくり返して、自分たちの乗るマスにかぶせ、壁部分をつないで完全に立方体にした。水の上に中が空洞な大きな氷が浮かんでいるに見えるはずだ。
「ビュオコントレ」
そして、箱を水の中に沈める。
完全に密閉されているので水は入ってこない。箱の上まで完全に水の中に入れると、これで水面には何もないように見えるはずだ。
「ふー、ようやく一息付けそうだ」
箱の体積もかなりあるため、水中での浮力も15トンくらいある。浮力、思ったよりきつい。
ちょっと気を抜くと水面に浮かび上がってしまうため、ギリギリ水面下になるように気を遣うが、追われる緊張感がなくなったのが大きい。
戦闘も含めてずいぶん魔法を使ってきているはずだが、疲労はほとんど気にならない。大きく息を吐いて、呼吸を整え、プヨンは言葉通り一息つくことができた。




