伝統の武器の使い方 3
なるべくこの場を立ち去って一度落ち着いて考えたくなって、ユコナは急いで部屋を出た。
とりあえず 頭にあるのは、委員欄に記載された『美化委員(見)』の見習いマークを取らないといけないということだ。
やらねばならない内容はわかるが、目的がいま一つわからない。
暗殺の真似事みたいなものだが、さすがに学校でそんなことがそうそうあるとも思えなかった。
課題自体は簡単だ。
期限は特になく、指につけた指輪スタンプ『ち』を首につければいい。それだけだ。
懸念があるとすれば、ターゲットが面倒そうな相手2人、二ベロとヘリオンであることだ。
いつのまにか美化委員助手にされていたプヨンからの報復はないだろうが、この二人は取り巻きもいるだろうから何とも言えない。そこだけが気になった。
プヨンをさくっと終わらせて、それで景気づけしてヘリオンを一撃で。
さすがにお遊びのようなものでも、二ベロ様をお掃除するわけにもいかないだろうし、人となりを知らない以上、逆恨みされるリスクもある。
下手するとどちらが掃除されることになるかわからない。そんな思案顔のユコナをプヨンが出迎えていた。
「どうだった、なんかあった?」
「ううん、特に。ただのお掃除の仕方についてだったわ」
それとなく聞かれるが、ユコナは視線をあわさずそっけなく返事だけする。
手伝ってもらったプヨンを早速掃除する、そのことに後ろめたさがまったくゼロではないユコナの不自然さがでたのか、プヨンが顔を覗き込むようにして話しかけてきた。
「どうかした? なんの説明があったの? 道具はそこに置いてあるけど、どこに運ぶ?」
そう言うと、プヨンはそばに置いてある道具、三種の塵器を取りに行こうとユコナに背を向けた。
(ごめんね、プヨン。もらったわ!)
プヨンは思ったより時間がかからずあっさりと終わりそう、そう思ったユコナは指輪を付けた手をプヨンの首筋に向けてサッと伸ばした。
一方のプヨンはユコナが部屋から出てくるのを見て声をかけようとしたが、予想外に深刻そうな顔をして出てくるユコナを見て少し戸惑ってしまった。
中で話していた時間はほんの数分だが、入った時とずいぶん雰囲気が違う。
何やら重要な話でもあったのだろうか。
いつもならズバッと何があったのか聞いてしまうのだが、なんとなく聞くなという雰囲気を感じてしまう。
仕方がないので、プヨンはとりあえず手近な箒を手に取って様子を見る。
これをどうするかについて聞くことで会話のきっかけにしようと思ったが、ふと首筋がかゆくなった。
虫に噛まれて腫れていて、昨日くらいから気になっていたところだ。
なるべく触らないようにしていたが、痒くなったのでちょっと掻きたくなって手を伸ばす。
先日マウアーの件でひらめいた防御壁『パイオン』を使っていたので、解除して痒いところを掻こうと手を伸ばしたところ、
パシッ
なぜかちょうど首筋に手を伸ばしてきたユコナの腕を払いのけるかたちになってしまった。
はたかれた手首を見ながら、ユコナがびっくりしている。
「あっ。ごめん。痛かった? でも、どうかした?」
と言いつつも、こいつ腫れ物に触るつもりかとプヨンは警戒する。
「え?い、いえ。なんでもないわ…… なんか、ゴミがついている気がして」
「そ、そうか。ありがとう」
ユコナは相当驚いたのだろう。目は変わらず首筋と自分の手のひらを交互に見ている。
手を払われたのがそんなにショックなのか、なにやら考えているようにも見えたが、
「さぁ、さっきの箒を取りに行きましょう。あれ、『草掃きのほうき』っていうらしいわよ。1人で3つは厳しいから、寮の入口まで手伝ってよ」
すぐに気を取り直したようで、たいしたことではなかったのか、ユコナは箒を取りにいこうと先に立って歩きだした。
「うん、もちろんだよ。しかし重いな。これから、あんなのをいっつも持ち歩くの? すごいインパクトあるけどなぁ」
「うぅぅ、たしかに重すぎるわ。持って歩けても、せいぜい箒だけかな。でも、なるべくいつも持っていたほうがよいと言われてしまったのよ」
プヨンもユコナの言うことはよくわかる。
ストレージに入れておけるならまだしも、こんな重さもあり、かさばるものを持ち運ぶのは大変そうだ。
3つあるから手に持っていたら、他の荷物はかなり持ちにくくなる。というか持てない。
他の委員もそれなりに役割やいろいろな道具をもらったりしているのだろうか。
しかし、美化委員の象徴アイテムだからか、なるべく目立つように普段から持って歩くべきと言われた。
いくら象徴といえど、いつも掃除道具を持って歩くほど熱心だとかなりへんではあるが。
「プヨンはストレージがあるのかぁ。私ももう一度頑張ってみようかなぁ。何度か試したけど、私にもちょっと苦手……というか時間のかかることがあるのよね」
負け惜しみなのか、ストレージがうまくできないという悩みがあることを遠回しに言う。
先日できるようになったサラリスは延々と自慢話をしていたが、ユコナもそのうちできる自信はあるのだろう。確かに少しでも入ると圧倒的に便利だった。
サラリスなら箒1本くらいなら入れられるかもしれないけれど、当面ユコナはこんな金属の塊は入れられそうもない。
もし入ってもそのうち勝手に出てきたり、ロストしてしまいそうだ。
さすがになくしてしまったら大目玉に違いない。悪いものを捕まえる役割の美化委員が、最初に営倉入りになったら伝説の笑いものに違いない。それは避けたかった。
「何か特別な能力でもないのかしら? 周りのゴミが一瞬で集まるとか。そんなのはなさそうだったかなぁ。何も教えてもらえなかったし。そこのゴミ、パタパタ。あっちいけ」
「うわー、さよーなら」
プヨンにはたきをふりかざすので、そのままどっかに行こうとしたが、荷物持ちにどこかに行かれては困る。
「やっぱり、ちこうよれ」
無理やり引きずり寄せられてしまった。
「自分で探せってことじゃないの? もしかしたら、ほんとに誰も知らなかったりしてな。これだけしっかりしてれば武器がわりにはなりそうだけど、まさかほんとに体力づくりとか?」
「そこまでいったら嫌がらせよね。それならまたがったら空を飛べるとか……ユコナ、いきまーす」
ザシッ、スタッ
地面を蹴る音がした。約1秒後ほど宙を飛んだあと、地面に着地する音が響く。
「あ、あはは。ないよね」
どこからの知識なのか、ちり取りに乗ったり、はたきにまたがって何度か飛び跳ねていたがすぐに着地する。
その後も何か隠された機能でもないかとユコナはぶんぶんふりまわしていた。結局何もできそうもないことがわかる。
唯一重さについては振り回せるところからなんとかなりそうだとわかっただけだった。
「まぁ、重さはそこまでひどくはないのかしら。素では無理だけど、筋力強化ならなんとかなりそうね」
そう言った拍子に握力がなくなっていたのか、箒がユコナの手からすっぽぬけ、派手な音を立てて地面に落ちる。
「やっぱり一日は持ち歩くのは無理そうだね。とりあえず体力は温存しておいたら?」
落ちた箒を拾ってやり、ほんの少しユコナを心配する。そのまま運んであげることにして、二人はしばらく歩き続けた。
ユコナを観察していると最初は持ち運び方法に悩んでいるようだったが、不意になぜか腕を振り回したり、急にプヨンの後ろに回ろうとする不自然な行動が気になった。
やたらと首にある虫刺されの腫れを触ろうとしてくる。
確かに気になるのはわかる。大きく腫れて赤くなっているのはプヨンもわかっていた。
それでも触られると痛いので、警戒して徹底的に手で払っていると、そのうち諦めたのか大きくため息をついてそれ以上向かってこなくなった。
ほどなく寮の入口の前まで運んでやると、
「そこに置いてくれない? あとは、じみーにじみーに3回往復して自分だけで運ぶわ」
まぁ、ここから先は寄宿エリアだから男子禁制だ。
プヨンとしては入ってもいいけれど、ふつうは遠慮するだろうから戸口に箒と塵取りを立てかけておいた。
塵取りはほんとにきれいで、鏡のように完全に姿が映っている。
「じゃあ、俺はそろそろ戻るよ」
2、3歩、ユコナに背を向けて歩いたところで、急に背後で砂利を蹴る音がして、
「隙っ」
忘れかけていたが、またユコナが飛びかかってきた。しょうこりもなく、同じように首筋を触ろうとしていた。
「あっ。いたっ。なんでよ」
プヨンは虫刺されが腫れたところがかなり痛かったので、ずっと防御壁を張っていた。先日、マウアーと話をしたところから思いついた、例のパイオンシールドだ。
できもののまわり3cm四方くらいだけだが、想像以上のエネルギーを秒単位で消費していた。ただ薄いが固さだけは相当なものだ。
「タイミングは完璧だったのに。何か、少し手前ではじかれてしまったわ」
指を突いたらしい。指先をさすっているユコナ。種明かしをしてやろうか悩んだが、やはりここは煽るほうが適切と判断した。
「ふっ。この俺に隙などないのだよ。この防御壁がある限り、そうそう触れられないよ。せいぜい突き指でもするがいい」
「うぅぅ、助手のくせに。思いっきり突いちゃったから腫れちゃいそう。悪いと思うのなら黙って保冷魔法してよ」
ユコナは拗ね出した。
けっこう派手に突いたのか、冷却魔法で冷やしながら治療をはじめた。
首筋に何かあるのかと確かめてみるが、これといって何もない。ほんとにあるか念のためシールド部分を触って感触を確かめた。
「さっきから、なにやってるんだい?」
「なんだっていいでしょ。人には言えない深い事情があるのよ」
キッと睨みつけられたが、それは一瞬で話をはぐらかすように口調が急に優しくなる。
「そうそう。探検タイムは4時だったわね。忘れないでよ」
「なんだそれ?」
ユコナにふいに確認をされた。そういえば、石像探検の話をしたときに、4時くらいが人気がなくていいんだと話をしたことを思い出した。
明日は週末だし、先日はサラとお遊び程度にやってみたが、次は本気でやってみようかなと思っていたところだ。
「わかった。4時、前庭の人目のないところでな」
「約束だからね」
ユコナの声を背中で聞きながら、プヨンも立ち去ることにする。
ふいに後ろから、別の女性と2人組に追い抜かされるが、顔を赤くしている2人がそろってこちらをチラッと見ていった。
「ねぇねぇ、だいたんよね。女子寮の前でなんて」
「好きとかね。惚れ魔法なんてあるのかな」
「4時らしいわよ。私、見学いこっかな」
何やらよくわからない会話が聞こえてきたが、意味が分からないプヨンは部屋に戻ると午前4時に備えて寝ることにした。




