伝統の武器の使い方 2
ユコナの呼び出しに、プヨンもしぶしぶ付き合わされる。
「ねぇねぇ、けっこう道具あるのかな?」
「1人じゃ運べないくらいにはあるんじゃないの?」
「何がもらえるんだとおもう?」
「さぁ? 無限にごみだけが入るゴミ袋とか、どんなシミも消せる洗浄剤とか?」
「なるほど。プヨン入れ放題のゴミ袋とか、プヨンを消せる洗浄剤か」
そんなものはないでしょと呆れ顔をされるが、何なのだろうかと気になってしまうが、ついよくないことを想像する。
プヨンが急に用事を思い出して戻ろうとすると、ユコナは慌てて引き留めてきた。
さしせまった心配事ではないが、何があるのかわからない漠然とした不安があるようで、ユコナは歩きながらやたらと答えようのない質問責めにしてくる。
「もちろん俺の知識と洞察力はかなりのもんだけど、基本的に今言っている意見はなんの根拠もないからな」
「わ、わかってるわよ」
ふと横を見ると、どこから入ってきたのかだろう、いつのまにかフィナツーがすぐ後ろをちょこちょこと走っている。
フィナツーだけでなく自分ではうまく姿を隠しているつもりのようだが丸見えのものがよくいる。
プヨンに見えているものが、教官クラスが全員見つけられないということはないように思う。
おそらくフィナツーはすでに見つかっているのだが、ほかにもこういった生き物がたくさんいるから、いちいち気にされていないのだろう。
時折何かの意識体や人ならざるものもこの学校では見かけたと噂で聞いた。
さすがにターナはツターナを使うのはやめたようだが、姿隠しはここでは一般的だが見破られて意味がないものかもしれなかった。
倉庫までは大して距離もなく、小走りだと1分もかからない。歩いてもすぐについた。
「1年生ユコナ他1名、連絡をいただいた道具を取りに来ました」
「よし、入れ」
ガタガタとたてつけの悪い引き戸を開けて入ると、奥にいる教官から声がかかる。
「そこに置いてあるから持っていけ。俺は他の道具の準備もあるから手が離せない。それが三種の塵器だ」
そう言われたので、目の前にある道具を見る。
ほうきとちり取り、そして、はたきだ。見た感じではそのままふつうの掃除道具だ。
「ほうきを放棄する」
「わかったわ。はたきは焚きましょう」
ついプヨンが口に出してしまうと、ユコナも悪乗りしてきた。とりあえずプヨンがほうきを掴む。
ズシッ
「おぉっ」
「どうしたのって、なにこれ?」
重い。予想以上に重かった。
木製に見えたがそうではないようだ。持てなくはないが、持ち手などの主な部分も固く、大半が金属のようだ。
これで掃除すると、1分もすると腕が痛くなりそうだ。はたきはさらに厳しい。
「どうして、こんなに重いのかしら?」
重い重いを連発していると、奥から声だけで、
「美化委員はさっさと教官室に行けよ。そこで教えてもらえるから。付き添いがいるんなら、物は手伝ってもらって、さっさと外に運び出せ。鍛錬だよ鍛錬」
と言われた。
なぜ掃除するのに鍛錬がいるのかと不思議そうな顔のユコナだが、大人しく出ていき教官室に向かう。
残されたプヨンは改めて三種の塵器を見ていた。見た目はただの掃除道具だ。ちり取りやほうきは鏡面仕上げで顔がしっかりと映っている。
「これは……ちり取りか。これだけ重いと、こうやって構えると盾がわりになりそう」
見た目普通のこのちり取り、重さは5kgくらいか。
ほうきは15kgほどだろうか。
これを振り回して命中すると、棍棒以上の威力がありそうだ。
ほうきの先は庭箒の穂先のように、細い針金の束がついている。これで地面などを掃くようだ。
「一応細いから柔らかさはあるが、こんなもので床を履いたら傷がつくんじゃないか?」
呟きながら何度か持ち上げてみたが、筋力強化なしでこれを使って掃除するのは難しそうだった。
ふと見ると、ほうきの根本に小さなボタンのようなものがあった。押してみると何か指先から吸い取られる感じがする。
スポッ
ほうきの先、穂先部分と柄の部分の付け根が取れ、穂先に隠れていたところからギラッと輝く刃先が現れた。
「うぉっ」
キョロキョロ
慌てて周りを見渡し誰もいないことを確認する。
誰もいないようだ。元の穂先部分、いや槍鞘に慌てて押し込み見なかったことにする。一瞬で背中が冷や汗で濡れていた。
「なんだこりゃ、仕込み槍かよ。掃除ってなにを掃除するんだ」
プヨンは美化委員の掃除の対象がゴミだけではないことに気がついた。
ユコナが教官室に入ると、すぐに奥の会議室に行くように促された。
部屋の前に行くと、ユコナが声をかけるよりも早く『入れ』と声がかかった。
一瞬なぜかわからなかったが、足音でもしたのだろうか。
「一年生ユコナ、入ります」
おそるおそる緊張しながら入るユコナ。扉を開けて入ると、校長と教官が1人待っていた。
たしか、この女性教官はファージ教官、偵察・観察系が得意だと聞いている。端正で切れ目の外見だった。美女ではあるがちょっと冷たい印象がありどこか近寄り難さを持ってしまうが、偵察が得意と言われたらなんとなくわかるような気がした。
「わたしが美化委員担当のファージよ。よろしく。三種の塵器は受け取ったかしら?草掃きの箒、やさ鍛冶の魔ばたき、そして、ちりの鏡よ」
「な、名前がついているんですね。はい。ものは受け取りました」
じゃあ、早速だけどそこにある冊子を読んでね。持ち帰りはダメだから、一回で頭に入れて。5分でね」
見ると机に薄い冊子がある。
しわなどはないきれいな冊子ではあるが、再利用して使い込まれているのか、年数が経っているようだ。紙が少し黄ばんでいた。
「はい。では、さっそく拝読します」
ユコナはそう言って冊子を手に取る。
表紙は、『掃除の心得と手順』。心得とか大げさなとも思ったが、表紙をめくると最初のページが目に入る。
心得
一期一会:チャンスは一度しかない
一人一殺:目標は一人に絞れ
一意専心:迷ってはいけない
「どういう意味ですか?これは」
掃除とは関係なさそうな心得に、何度も読み直して意味を確認する。
「わかってて応募したのだろう。もちろん邪魔な者をきれいに掃除する心構えだ。今日から朝晩、暗唱するように」
「えっ?」
ユコナにも掃除するものがチリや埃でないことはすぐにわかった。
「まあそこにかけて、ゆっくり5分かけて読んでいいわ」
そう言われても少し立ち尽くすユコナだった。
あらためて中身をしっかり読むが、動揺して頭に入らない。
あとはそう特別なことは書いてなかった。
塵器の構えなど、絵も交えて掃除の仕方が書いてあるだけだ。
三種の塵器の特徴と注意点があること。重いから腰を痛める点に注意しろとか不用意にふりまわすと危ないと言った記載もある。
その割に秘密の能力などの記載はなかった。そんなものか。
「ただ振り回すだけなのかしら?」
そして心得。ただやるだけではだめで、いかに相手に悟られずスッと一撃で仕留めるか、芸術点と幻術点が大事だとなっている。
立ち居振る舞いの美しさ、優雅さが大事であり、掃除後の清々しい気持ちを感じる瞬間が最高であると締めくくられていた。
「美化は面白いぞ。無心だ。無の心でなしとげるんだ。一番大事なことは、悟られてはいけないことだ。校長と俺たち偵察系教官と担任のハイルン以外は、美化委員をただの掃除係と思っているからな」
「はぁ。 しかし、なぜわたしが?」
予想外の内容に戸惑うユコナだが、淡々と説明が続けられる。
ファージ教官が意味ありげにうなづく。女性ながら威圧感は男性以上だ。のってきたのか喋り方も変わっていく。
「入学前から雰囲気を気に入っていた。気術調査があっただろう。そして自薦と聞いたぞ。自分からやりたいというやつは数年ぶりだそうだ。いい心がけだ」
「え?いや、違います」
「まあまあ。はっはっは、謙遜するな。掃除が好きなのだろう。皆で学校をきれいにしていこうじゃないか。風紀委員はお客様だと思えよ」
風紀委員はサラリス達だ。一瞬サラリスが『ユコナ、あいつを掃除しよ〜』と頼みにくる姿が目の前に浮かぶ。
何をするかわかったからには、すんなりと応じられるかわからない。
想像しただけで、引きつった笑みになってしまう。
それを教官はニヤッと笑った不敵な笑顔ととったようだ。
「いいぞ、その笑顔はいい。達成したもののみが出せる笑顔だ。そこでだ。新人としてちょっとした練習がある。まあ見習期間の間にある課題みたいなもんだ」
「はぁ。練習ですか?」
そういうと、教官はゴソゴソと小さな箱を取り出し、ユコナの前に指輪のようなものを置いた。
「それは、烙印の指輪だ。蓋をあけてみろ。中にスタンプが入っているだろう」
蓋をあけ中身をみる。スタンプなので逆さ文字だが、何と書いてあるのか注意して読むと、
「『ち』って書いてあるんですか?。なんでしょう、このスタンプは?」
「ほんとの掃除のやり方はおいおい教えてやるが、それは通称『血のスタンプ』と言われている。不始末をした問題児の額に押す恥刑用スタンプだ。魔力で一時的な刻印が刻める」
そこでいったん区切って一呼吸入ると、一瞬殺意のようなものを感じた。陽気な雰囲気がなくなる。
「それで寝首を掻いてこい」
「寝首をかくんですか?だれの?」
面食らったユコナだが、気を取り直して尋ねると教官の口調は元に戻っていた。
「そうだ。別に寝てなくてもいいが首にスタンプを押してこい。美化委員の学校内でのお遊びみたいなもんだ。どうせ油断してるから、すぐ終わるさ。ほら、荷物を運ぶためにつれてきたお供がいるだろう。そいつとクラスの委員長だ」
やるかどうかもさることながら、対象者の名前を聞いてユコナは少し憂鬱になった。その対象者でいくと、プヨンとヘリオンだ。
プヨンはまぁいい。いつでも取れそうな気がする。
しかし、ヘリオンはあとあと目をつけられてもめそうだ。せっかく大人しく目立たないでおこうと思ったのに逆効果になってしまう。
どうするか思案していると、ファージは笑顔レベルをさらにあげてユコナに言った。
「だが、安心しろ。今年は特別な年だ。なんと対象者に、二ベロ殿下を加えてやろう。3人。好きなだけスタンプを押してこい。殿下を公然と暗殺できる機会など滅多にないぞ」
校内では基本名前呼びなのにわざわざ殿下などと敬称をつけることから、重要人物を意識させる意図が明白だ。
興奮した女性特有の甲高い声で話すところからも、陶酔モードに入ってしまっていた。
「え、そんなの無理ですよ?国家の敵になってしまうのでは?」
「大丈夫。学校のちょっとした隠れ行事だよ。皆、何かしらそういう試練を受けている。よし、退室してよろしい」
そう言われると、ユコナは問答無用で部屋を追い出されてしまった。




