防御魔法の使い方 6
「おはようございます、ノビターン様、ニードネン様」
最近国外活動が続いているため、少し影の薄くなっていた魔法研究所『ソレムリン』の主任、メレンゲ教授とそのお付き数人が、二人をうやうやしく出迎えていた。
ネタノ聖教の極秘活動を支えるための技術を生み出す研究所だ。
予定されていた今年度の開発計画の説明、そして、一番肝心な予算の確保が必要なため、メレンゲ教授が招集している、毎年恒例のものだ。
「昨年度の、魔力貯蓄の改善はなかなかのものでした。効果が実感できる良きものでした」
ノビターンのお褒めの言葉ではじまり、得意げな教授が今年度のアイデアを披露する。
いくつかのアイデアが披露され、可能性のあるものは認可されていく。そして会議も終盤にさしかかっていた。
「では、最後の案件、『ほうら霊システム』。お願いします」
メレンゲが満面の笑みで、最後のとっておき案件を説明する。
「このシステムは、特定の事情により地域から動けなくなった霊魂を使用した、画期的な警戒・監視システムです。一般人にはほとんど視認されない機能を備えた高度なシステムで、調査の結果、特定の木の下、橋のたもとなどが設置可能な警戒対象ポイントとなっております。とりわけ柳の木の下が広範囲を調査可能との報告があります。初期段階として、主要街道沿いに50本の植樹を行い・・・」
『どんなアホどもでも理解できるよう、この俺が徹夜で作った完璧な資料を見るがいい』というメレンゲ教授と、『あー、いつもの暴走が始まった』というノビターンとニードネンの心の駆け引きが続いていた。
今日もプヨンの防御授業は続いている。変わらず怪我人も出ているが、人数自体は初日ほどではなかった。
『タカオオヤジ』の目新しさもなくなり、限界に挑戦する者が減ったことと、みんなが防具を使うべき基準を理解するようになったことが大きい。
無茶をしたり、読みを誤らない限りは重症化することが減っている。無茶をするものと、そうでないものが分かれてきたのも大きかった。
「わたし、もの相手は嫌いよ。この魅惑の視線がまったく聞かないし」
「それって効いてるの?」
「あの鉄球は、きっと女ね。効果がないわ」
「男だから寄ってくるのでは?」
ターナは好意魔法が得意なせいか、ものの操作は苦手意識があるようで、何度も直撃を受けていた。
もちろん高速の鉄球はエネルギーも多く、そうそううまくは止められないのは変わらないが、失敗したときに手を煩わす生徒は激減していた。
もともと飛んでくる鉄球といえど、そのものが蓄えているエネルギーとしては火球1発分あるかないかだ。
ただ、離れているため止める際に直接触れられないこと、高速で移動していて時間的な余裕がないためで、慣れも重要だった。
ちょっとでも重心がずれると、鉄球を止める方向に力を伝えることができない。
なかなか上達する者は少なかった。定期的に防具で受け止めるときの、ゴーン、コーンという良い音が奏でられている。
それでも、いいところを見せようとして無理をしたのか、授業の中でパラパラと退場者が出ていく。
毎回授業が終わるころには、2割ほどはなんらかの負傷と治療をしてもらっていた。大半は男子だが。
ガーン
「あっ。いたそー。鼻ひくくなるんじゃないの?」
顔に直撃を受けたようだ。
ひときわ大きないい音が響き、プヨンの方に近寄ってきたユコナが呟く。メサルと投げ合いするプヨンにだけ言ったようだ。顔面セーフとならなかったようで、1人ひっくり返って運ばれていった。
ハードな授業を売りにするだけあって、理屈だけの学校とは違うからなのだろう。そうした怪我を、ワイセ教官、時々ハイルン教官が治療していくのは変わらなかった。
「よし、じゃぁ俺も鉄球受けをやってこようかな」
「そうなんだ。いい音を期待しているわよ」
プヨンもユコナのアドバイスもあって、なるべく目立たないように周囲の動作にあわせている。やり方はさして難しくない。
たしかに単純にただ弾き返したり止めたりするだけでなく、ギリギリで速度を0にして見切り、止まる直前の速度で軽く鎧にぶち当てほうが練習効果が高そうに思えた。
完全に力が足りない者は『ゴスン』『ゴイン』といった鈍い音がするが、あと少しの場合は『コーン』という甲高い音が鳴るため、なるべくきれいな音を小さく鳴らすようにしていた。
同時に、ここまでやれば止められるという見極めのいい練習にもなっていて、かなり止められる自信がついている。
鉄球1個程度なら視認さえすればなんとかなりそうだ。
「よーし、1個の投げ合いはできるようになってきたか? じゃあ次は2個同時に投げてみろ」
「よーし、今度は空中で、石同士をぶつけてみろ。2人で1個ずつだぞ」
「よーし、いろんな角度でやってみろ。上下とか斜めとか。途中で軌道を変えれたら変えてみろ」
最初によーしと入るのは教官の癖のようだ。生徒側の石飛びの習熟度に応じて、ハイルン教官の指示も乱れ飛ぶ。
プヨンはそのあとは再びメサルと投げ合いに戻る。徐々に距離もあけ、遠投状態になっていく。調子がでてきたと思ったが、
「プヨン、ちょっとたんま。休憩させてくれ」
メサルはさっきから数分おきに休憩する。
運動とは少し違って、息が切れるというよりは、心拍が浅く早くなったり、急変して動悸が激しくなる。
集中力を維持するせいか、やたら眠くなることもあった。集中力がかけた今なら、3桁の足し算や2桁の掛け算を暗算でやれと言われても厳しいだろう。
プヨンも何度か魔法の威力や持続時間を試すとき、一時期はまっていたような対生成でどこまで水が出せるのかの挑戦をしていた時期などは頻繁になっていた。
限界まで試したりするとおかしな幻覚が出たりする。
ひどいと印象の強かったイベント、例えば、以前に行った温泉旅行や落雷、賊に襲われたイベントを思い出したり、目の前に馬車や火球の幻覚が現れ慌てて避けてしまいそうになるなど、過去の記憶と混同することもあった。
耐性がないのか、はやいものでは数回魔法を使うだけで地面にしゃがんでいる。
最初こそ周りで不自然な行動をとって笑われているものもいたが、今ではみな笑う余裕もなくなってきていた。
(けっこう疲れているんだな。元気なのは、あいかわらずのサラリスくらいか。ユコナも厳しそうだな。王子様連中も、やっぱり疲れちゃうんだな)
へばって地面に手をつく貴族連中は少し滑稽でもあったが、授業自体は順調にすすんでいく。投げ合い程度といえど、集中力を高めて長時間し続けるとみんな相当疲れるようだ。
普段から限界試験をするなど、おバカな行動の多いプヨンですら、額にうっすらと冷や汗が浮かぶ。ハイルン教官も頻繁に休憩を入れさせていた。
「プヨン、なんでお前は汗ひとつかかないんだ」
「い、いや、そろそろ厳しいよ」
露骨にならないように疲れているふりをするが、メサルにはなんとなく見抜かれていそうだ。
たしかに疲れてきてはいるが、プヨンにとっては、そう目いっぱい力を使っているわけでもない。
10分も全力で走ると疲れるが、歩くなら3、4時間続けられる、適度に休憩を入れるともっといけるのと一緒で、まだまだ余裕がありそうだった。
遠くでサラリスとユコナが、元気いっぱい遠投をしているのが見えた。あの二人はあまり疲れないようだ。
「よーし、より遠くで止めてみろ。投げた後、軌道を変えるのもありだ。どこから効果があるか体感で覚えるんだ」
ハイルンのポイントを押さえた指示も飛ぶ。
しかし遠隔になったあたりから、早くも得意不得意が出てくる。
「プヨン、これ以上はちょっと厳しいぞ。今日は20m以上離れないでしてくれ」
先日、手元を離して治療していたメサルだったが、それでも、非接触は効果が減衰するのか、思うような制御にはなっていなかった。
物理的に直接影響させる場合距離に応じた効果の減衰がある。手元なら100%伝えられても、遠くなるにつれ同じ能力でも効果が下がるのは火球などで顕著だった。
本来なら相手の目の前で火球を作り、それをぶつければいいのだが、たいていが手元で作って投げつけるのはそのためだ。
以前、サラリスの知り合いのレオンが何かで言っていたことを思い出す。
「水桶を持ち上げるとき、同じ量の水でも、倍離れると4倍くらい疲れますよ」
プヨンも経験的にレオンの評価はだいたい正しいと思っていた。
20m離れると目の前で投げる場合のだいたい400倍の魔力が必要となる。10gの小石でも4kgの鉄球クラスになる。
何度も投げ合いをしていると、疲れるのは当たり前かもしれなかった。
(やばいな。みんなだいぶ限界にきているんだな。俺も疲れてきているから、もうちょっと手を抜かないと)
メサルも結構頑張っている方だったが、みんなそれぞれどのあたりが限界かわかりだしていた。投げ合いの距離もまちまちになってきている。
「ユコナ、さがってさがって。もっと後ろからよ」
「いいわよ。上空からの急降下攻撃よ。名付けてスーパーフライ投法」
「わかったわ。ハエを叩き落す要領ね」
サラリスとユコナの元気な声は、あいかわらず響き渡っていた。




