防御魔法の使い方 4
昼頃、マウアーが声をかけてきた。
以前試験の時同部屋で、防御魔法の研究をしていると言っていた彼だ。
「さっきはうまくやったじゃないか。大打撃を食らって、目の前で高性能治療魔法を見られると期待したが残念だ」
こいつほんとに残念そうだと睨んだが、マウアーは構わず続ける。
「俺はお前が目をつけられていると思って、ちょっと心配していたんだがな。適度に怪我をしつつ、ダメージは負わない。美味しい思いもする。満点だな」
「そうだな。日頃の行いってやつだろうな」
さも当然という顔をしていると、返事が予想外だったのかマウアーは笑い転げていた。
その後も昼メシを食いながらマウアーの批評が続く。
彼はもともと防御趣味だからか、どういう防御がいいのか、ポリシーがいろいろとあるのだろう。
ハイルン教官の手下でも引き受けたかと思えるくらい、いろいろな表現で何度も防御の重要性を語ってくれた。
昨日のサラリス対石像もそうだったが、自分が繰り出す攻撃や防御力を相殺されつつ戦うことになる。
そのため内側では熾烈な駆け引きがあったとしても、結果的に見た目はのんびりした戦闘になることが多い。
全力で押し引きしているつば競り合いみたいなものだ。
逆に相手に自由な動きをさせるようじゃすぐにやられてしまうのは、それほど戦闘熟練者ではないプヨンにもよく分かった。
少しすると、マウアーは、
「プヨン、入試の時にも言ったが、お前と俺で究極の盾を研究しないか? 二人でもいいし、研究会活動でもいいが」
「うーん、自分は矛も欲しいけどなぁ」
それとなく聞いてみる。マウアーが言うには研究活動について初日に説明があったが、部活か同好会みたいなものらしい。
1人でやってもいいらしいが、自由研究のようなものだそうだ。
学年を超えて毎年の部員で引き継いでいるようなものから、誰も興味を示さないようなレアなものまでいろいろあり、自分なりにより効果的な魔法や武器戦闘を目指す。
うまくやれば、学校から金なり場所なりの補助もでるのだそうだ。
「研究の目的って何よ?」
「それはもちろん、軽く弾き返してニヤって笑うためだ。次が怪我しないように究極の防御完成のためだよ。あらゆるものを弾き返すのだ」
「ならば、俺は究極の攻撃を目指そうかな。全て貫通させてやろう」
「ふ。面白い。どんな攻撃でも受けて立とう。ことごとく弾き返してくれるわ!」
「ほー、ならば、我が究極奥義、裸美女ボディアタックを弾いてみろよ? 女の子がとんできても弾き返すんだぞ? いいのか、それで? 他にも、お金が飛んできても弾き返しちゃうんだぞ?」
マウアーの笑みが一瞬で消し飛ぶ。しばしマウアーが本気で考えているようなので、効果を確認したプヨンはニヤニヤしながら待つ。
「俺は、・・・俺が弾きたいものだけをはじく防御にする・・・」
「ふ。この程度の攻撃も防げぬとは。まったく防御力のない信念だったな」
ぷぷっと笑う、プヨン。
マウアーは早くも『すべて』はやめて方針変更し、都合よく弾くものを選べるようにするらしい。それはちょっと無理でしょとプヨンは聞こえないように小声でつぶやいた。
食事もあらかた終わった頃、
「お前とならいろいろできそうだ。さっきもなかなかだったと思う」
さっきが美女なのか授業なのかは気になったが、
「まあ、思うだけなら誰でもできるよな。で、なんかあるの?」
何か見せたいことでもあるのかと、さりげなくふってやると、
「ほら、これを見てくれ」
そう言って目の前を指差すが、そこには特に何もないように見える。
「これってどれ?」
「この辺だよ。ここ。ほら」
マウアーに指で示されたあたりを見るが、何も見えないので指で突いてみた。
ぷよんぷよん
「なんだこれ、柔らかいけど・・・何かがある」
プヨンがたまに使う粘り気のある空気とはちょっと違う。
ちょんと突いた程度では、あるところで弾力を感じ、そこで止まってしまった。
透明な何かがあるのは間違いない。
ぶにゅ
さらに力を入れると、ゼリーの中に指を入れたような不思議な感覚があった。
「あ、ごめんよ。何も見えなかったけど、なんか無理した気がする。壊れた?」
「いや。いいんだ。ずっと前に言ったことがあっただろう。覚えてるか?今のブヨブヨが俺の防御力なんだ。空気を固めたんだが、あの固さが限界なんだ」
そういうと、マウアーが集中を解いたのか、ブヨブヨしていたものは完全に無くなったようで、指先が何にもあたらず、触った感じがなくなってしまった。
近くを手探りで探し回るが、見つからない。
「もうないよ。解除したからな」
「さっきのあれは?」
「ある本をもとに、空気を固めてみた。2つのコップの水を1つにまとめるみたいに、こことここの空気をくっつけるようなイメージでやってみたんだ」
そういうと、マウアーはコップの水を持ち上げた。水はまったく形が変わることなく持ち上がる。
「水でやってやるよ。触ってみろよ」
そう言われて水に触ると、水面に弾力があり中に指が入らない。普通に水を持ち上げると、水の中に手を突っ込んでも簡単に入るが、これは抵抗を感じる。
液体の水や火球を魔法で移動させることは大抵のものができるが、火や水の形は常に変わり続けるため、まったく同じ形を維持することは難しい。風呂桶や樽に入れたようになんとか運べても桶の中で波打つし、何かに当たると飛び散る。だから加わる力の弱いところからくずれる形を、常に一定の範囲に押し込みながらの移動になる。
だが、このマウアーの水面は波打ちもしないし、形状が変わらなかった。
プヨンがさらに力を加えると、水面を突き破って水の中に指が入ってしまった。
「うん。その硬さが今の俺の限界なんだ。くっつくことはくっつくんだがな。空気や水でなんとかこの固さをだせるようになったんだが・・・これじゃ砂埃くらいしか防げない。しかも広さも手のひらくらいだ」
「空気をくっつけるか。そんな方法が書いてあるとはな。でも氷とかじゃダメなのか?」
「まぁ、氷とかも一つの方法ではあるんだけどな、氷でも強度的にも武器とかには足りないだろう。熱にも弱いしな。かと言って何もない空中に鉄板や木材を出したりという魔法は聞いたことがないからなあ」
無から物を作るには膨大なエネルギーと手順が必要だった。
プヨンが時折出す水も、水素までがなんとか出せるだけで、そっから先の必要な手順は一般の法則に従わざるを得ない。
パッと出すならストレージで取り出すこともできるかもしれないが、それはマウアーの言うところの防御とはまた違うのだろう。
「何かをこの水で受け止めても、水に飛び込んだり、バケツの水を浴びた程度の衝撃しかない。濁流のように勢いをつけるとぶつかる衝撃はあるが、それだと一箇所に留めているわけではなく、盾や鎧がわりは難しいんだ。まして空気だ。なんか、接着剤がどうのと書いてあるんだが、何がいるんだよってところだ」
(空気をつなぎとめるか。分子同士をくっつける感じか)
そういえば、初めて会った時もユーカワンの書だっけか、本がどうのこうの言っていたような記憶がある。
「・・・お前もちょっと協力してくれよ」
ついどうしたらできそうか考えてしまい無言になったからか、マウアーが顔を覗き込むように話しかけてきた。
マウアーもすでに言われずともそうした研究目的があって入学してきたのだろう。メサルはメサルで生物構造や回復の仕方を勉強しているらしいから、勉強家のみんなは苦も無くそういう課題を見つけてしまうのだろう。
「あ、うん。まかして。いつでも破壊するから」
「くっ。思いっきり突いてこい。いつか突き指させてやるからな。痛い痛いとのたうちまわるがいい」
そう笑いながら言い放つと、マウアーは席を立ち、何処かに行ってしまった。




