脱出の仕方 6
プヨンは相手の攻撃がどういう仕組みか、なんとなくわかる。
さっき見た限りでは、光の指向性が高いのか光の筋、輝跡が見えなかった。おそらく光子砲のような光学魔法の類だろう。
原理としては、エネルギーを物質に与え、励起を利用して光子を取り出す方法だろうと当たりをつけた。
「相手に跳ね返して、同士討ちにしちゃえ」
「無茶言わないでくれ」
サラリスに都合の良いことを言われる。それも妙案とも思うが、プヨンもさすがに今すぐは方法が思いつかず、無理だと思った。
それでも、飛んでくる方向はわかるし、発射口がわかる。
ただ、光ったと気づいてから反応してもすでに遅いのが問題だ。
事前に予測して動かないといけないはずだ。プヨンはどう対応するかちょっと悩んでいた。
光系の攻撃なら、屈折を利用して曲げるか、散乱させて威力を霧散させる方法を思いつく。
のんびり考える時間はない。手っ取り早く原理も簡単な、真正面から受ける散乱のほうがいいと判断した。
「ディフュージングミスティ」
周りの空気の温度をあげ、かきあつめた地中の水分をたっぷりと水蒸気として含ませてから、もう一度空気の温度を下げる。
空中に保持できなくなった水蒸気が濃い霧となってあらわれ、周り一帯、サラリスがいるあたりまで濃霧に包まれた。
霧のせいで周りの視界も悪くなる。視界数m以下。足元もまともに見えない。
「ちょっと何も見えないわよ。そっちはどうなってるの?」
「あっ。あっぶな。ぶつかったわよ」
サラリスは視界が悪くなったため、いろいろと文句を言う。
ただ効果はあった。石像がどう物を見ているのかはわからないが、うまくプヨン達の位置も隠蔽できたようだ。
足音などである程度は把握しているようだが、石像もプヨンの位置が掴みにくそうだ。
石像はプヨンの後をまっすぐにはついてこない。どうやらうまく巻けそうだ。
風で霧が吹き払われる前に走り切らないといけないと、方向を確かめつつ走る速度を上げた。
間違っても反対方向にはいけない。
再び、女神像からの光子砲が発射された。
先ほどと同じように音もなく、輝線がわずかばかりに見えている。
迫力がないが威力は相当あるはずだ。いざ目の当たりにすると、これほど避けづらい物はないかもしれない。カウントダウンもなく、発射音もないからなおさらだ。
発射された光の通ったまわりは、空気が熱で温められ、ブルーミングによる陽炎が起こっていた。
プヨンが気づいたのは、濃霧がぼやっと光っているのが見えたからだ。そのあたりに光子砲の焦点があるのだろう。
そのせいで霧の水分が急激に蒸発しているが、もともとの出力が弱いのか、それとも予想以上に霧による拡散が多いのだろうか、突き抜けてくることはなかった。念のため、盾代わりの氷壁も作っておいたが、光子砲が霧を超えてくることはなかった。
「よし、いまのうちに」
再び3秒間の連続照射が終わった後、プヨンは無事に境界を超え、入口の外にでることができた。
女神像も2発目を放ち終わると、特に目立った動きを見せずそのままじっとしていた。
「プヨン。よ、よかった。はらはらしたわ」
「うん。ちょっとやばかったな」
サラリスがほっとしたような顔で近づいてくる。その後ろにも、教官のローテが立っていて申し訳なさそうな顔をしている。
「ごめんなさいね。うまくサポートできなくて。でも無事でよかった」
そう言いつつ、
「でも、さっきの直撃を受けると、いったいどのくらいのダメージがあるのかしら。今度は試しに受けてみてもいいわよ。治療してあげるからさ。ちょっと試したくなったわよね」
一瞬遠くを見て、よくわからない本音のつぶやきをしたが、すぐ続けて、
「あれは、何かの誤作動に違いないわ。急に6体が動くことになるとは思わなかったの。6体目が動くのが見れたのはうれしいけど、あんな危険な攻撃があるとは思わなかったわ。ちょっと考えないといけないわね」
いつもはゆっくりとした攻撃ばかりで、石像相手の腕試しくらいのつもりが、何かの手違いで過剰な攻撃になったとローテは思っているようだ。
確かに、さきほどの光子砲はかなりの高エネルギーだ。まともにはくらいたくない。
新人の生徒レベルがうかつに受けてしまうと、修復不可能なダメージを受けそうだ。
「でも、サラリスだったかしら。初挑戦で打撃を与えるとはなかなか見どころがあるわ。ふふふ、これから、ビシビシ鍛えてあげるからね。今日はあなた達で挑戦者も終わりだったし、これまでにしましょう」
ローテ教官はそう言ってプヨンとサラリスのすぐ後ろに立ち、早く立ち去るように追い立てはじめた。
プヨン達もおとなしく引き上げ、宿舎のほうに戻っる。
とりあえず、サラリスの学校脱出挑戦は失敗したが、手ごたえを感じたのか、サラリスはまんざらでもなさそうだった。
帰り際、ふと見ると妙に歩きにくそうにしている。どうも足を引きずっているようだ。髪の毛も一部縮れ、顔にもススがついていた。
「足、怪我したのかい?治せるだろうけど」
「怪我じゃないのよね。これは、き、筋肉痛よ。筋力強化したから、ぶり返しね」
筋肉痛が恥ずかしいのか、ぼそぼそと説明する。やはりかなり無理をしていたようだ。
それでも照れ隠しなのか、ボロボロになった体で無理をして歩いていく。仕方ないので、
「うりゃ」
「ひゃー何すんのよ」
「ふふふ、そこに跪き、心より反省するがよい」
隙をつき、筋肉痛のふくらはぎに一撃食らわせると、サラリスは両手を手につき大地に跪いた。
「ちょっとそこで私の話を聞きなさい」
激怒したサラリスがプヨンに火球を投げつけてくる。筋肉痛でも魔法は使える。しまったと思ったが遅かった。
急遽、プヨンの反省会が行われることになった。
「どうだった? 私のやり方。ほんとは細かく砕いた炭とか火薬でやるんだけどね。持ち込みが危険だから、砂糖にしたのよ」
粉塵爆発と火魔法のことだろう。
あれは、物理と魔法の融合で、プヨンもなかなかいいと思った。なかなかの爆発力で、石像の腕の一部をもぎ取れた。
もっともその腕はほうっておくと、そのうちくっつくとさっきローテに言われてしまったが。
「あれはよかったけど、均一に撒くのは難しいな。爆発にムラがあるよね。ほんとに倒して出るつもりならもっと威力がいるだろうしなぁ。ただ、あの女神像2体の動きが見れたのは収穫だったな。あれはちょっとやっかいそうだ」
「そうね。倒さなくてもいいらしいけど、なんとかしないといけないわね。実際、魔法らしい魔法は最後だけだったもんね。防御はあの霧が効果ありそうだから、次やるときはサポートを頼むわ。あれはプヨン担当だからね」
サラリスに勝手に役割を割り振られてしまう。次も一緒にやることはすでに確定事項になっているようだ。
そして、サラリスは次回の作戦説明をする。何かしらの改善点があったようだ。
「いつの時代も学校を抜け出すのは生徒の義務よ。自由を求める戦いよ。さぁ、プヨン、ともに自由を求めて戦うのよ! 明日から毎日夕方は作戦会議だからね」
何の義務感か、まだまだやる気のようだ。そうするうち、校舎前の崖下まできた。階段がなく、自力で登らないといけない訓練の崖だ。
通常なら筋力強化で登ればいいが、サラリスは足が痛そうなので魔法で持ち上げ、手で支えるだけで登れるようにした。
「じゃぁ、サポートしてやるよ。ちょっと持ち上げ気味にしてっと」
「あ、これね。やってる最中、急に体が軽くなったから何かと思ってたけど、プヨンか。まぁ、それしかないわよね」
荷物を運ぶ時と同じように持ち上げる。
腰から上を引き上げるようにすると、安定して持ち上げられることがわかってきていた。
軽くしすぎるとかえって無重力のようにかえって動きにくなるから、負担にならずそれなりに重力も感じる程度の浮揚にしておいた。
「森側から出るのはダメなのか?」
「旅立ちの森のこと? あれは、ダメね。負け犬の選択に思うわ。正面から出てこそ、真の勝利よ。でも、いろんな人に聞いてみたんだけど、不思議とみんな山側から出るのってしないのよね。それでこそ、この学校の生徒よね。正面から出てこそ、真の勝利よ。自分の力を試すのよ」
どうやら正面から出ないとプライドが許さないらしい。熱く語っているサラリスだ。
当初の校外に出て自由を満喫することから、自分の力を試したり、他の生徒ができないなか自分が出られるという自己満足達成が目的になっているようだ。
崖を登り切り、上についた。
「じゃぁ」
と立ち去ろうとすると、
「今日は惜しかったけど、私も成長したでしょ。どうどう?」
誉めてほしそうだ。
たしかに、サラリスは攻撃が単調にならないようにいろいろ工夫していたし、石像の1体は破砕できた。
ローテ教官も驚いていたのは確かだ。そこまでできるものはめったにいないとお褒めの言葉をもらっていた。ここは、誉めてやりたいが、
「さらにデカくなったようだな、サラ」
胸のあたりを見ながら成長を誉めておいた。『そうじゃないでしょー』と叫ぶサラリス。
まんざらでもなさそうだが、胸元をかくすようにするので、言いなおすことにした。
「・・・さらにデブるようになったな、サラ」
ぼそぼそと小声ではあるが、サラリスに聞こえるように言い終える。同時に、後方に向かってダッシュした。
『ちょっと待ちなさいよ!』と言うサラリスを振り切り、プヨンはサラリスからの脱出に成功した。




