脱出の仕方 2
「もーいーくつねーるーと、あぽがくーるー。きたー。よかったわね。無事ついて」
休憩時間に入った。
メサルもどこかにいってしまったので、プヨンは誰ともかかわらないようにこっそり部屋から外に出た。
昨日のことを思い返していると、早速、調子はずれの歌を歌いながらサラリスがプヨンに近寄ってくる。さすがに小声でプヨンだけに聴こえるようにしていたが。
「ねーねー、いま、どんな気持ち?ねーねー。でも、そもそも、日付間違えるってないわ」
「そうですね。おっしゃるとおりですね」
サラリスの執拗な口撃に対して反論の余地がなく、プヨンは苦しい耐久戦を強いられたが、一通り言いたいことを言われた後に昼食に誘われた。
入学試験と同じ食堂だが、遅れて入ったこともあって、すでに人は退き始めている。
「ふふふ。今日は特別におごってあげるわ。プヨンにちょっと聞きたいこともあるし、ユコナは何か用事があるっていうから仕方ないんだけどね」
サラリスの口から、『奢る』などという言葉が出た。
単にごはんを食べるための相方募集だとしても珍しい。サラリスから奢ると提案があると、つい裏がありそうと考えてしまうプヨンだった。
そう言うとサラリスは胸のポケットから学生証を取り出す。
学生証には名前と番号のほかに直径2cmくらいの丸い石板がはめ込まれ、石の色は黄色になっていた。
「たしか、これはマジペイドカードも兼ねてるんだっけか。学校生活で何かするには、お金以外にここに貯めた魔力がいるんだったな」
そう言いながら、プヨンもカードを取り出す。プヨンの石の色はからっぽを示す赤色だ。
「そうよ。食堂は食べ物分は無料だけど、光熱費分引き落とされるわ。必要な魔法単位が今一つわからないけれど、食事一回で火球10発程度かな。プヨンはカードをもらったばっかりでまだ貯めてないでしょ
これも普段から魔法を使う習慣化というか訓練になっている。そうやって集めたエネルギーはいろいろと使う目的があるらしく、校内運営に必要なものは大半がそれで賄われていた。
「まぁ、火球数発分で食事1回に必要な魔力はすぐ貯まるんだけどね。今50発分くらいは貯まっているけど、一度にそんなにたくさんは貯められないみたい。毎日ちょっとずつ貯めないといけないってことね」
腕や足に重りをつけて筋トレするように、常に魔力を使う鍛練の一環で、あちこちにこの手の小魔法を使う仕掛けがほどこされていた。校内に階段がなかったり、照明や水道がほとんどないのもそのためだ。使えない人用に最低限があるが、それを使うにも別の魔力を要求された。
食事は試験の時と同じようなセルフ方式だが、試験の時と違いあらかじめ料理されている。魔力と引き換えに受け取ることになっていた。
もちろん、本来なら鍛錬もかねて、食材だけ受け取って自分で出した火や水で調理してもいいが時間的な問題が大きい。
食べるだけならいいが、調理まですると時間が足りないからだ。
「それで、なんで昨日こなかったの?華やかというと違うかもしれないけど、なかなかすごかったわよ。一見の価値ありよ。上級生が水魔法で出した霧のスクリーンに、火魔法か何かで映像を投影していたけどとてもきれいだったわ。他にも音楽を奏でたりとかね。見れないなんて、もったいなかったわね」
サラリスは入学式の様子を教えてくれ、プヨンはレアの悪行の数々を3倍マシくらいで伝えておいた。
それを聞いたサラリスは面白そうに笑っていた。
「女に騙されたのね。ちょっとおまぬけなところがプヨンらしいわね」
「メ、メサルが信じていたから」
ありがたいお言葉までいただく。サラがプヨンらしいと妙に納得しているのが気に入らなかったが。
「今日は昼から自由行動よね。何か予定はあるの?」
食事が終わり、昼から何しようか考えていたが、特にこれといった予定はなかった。
「いや、特にないけど。校内探検かな。なぜに?」
「プヨン、いいわ。まさに校内探検よ。お昼、美味しかったでしょ。昼からちょっと付き合ってもらいたいところがあるの」
「うん。知ってる。わかってた」
「話がはやいと助かるわ」
プヨンは食事に誘ってきた時点で、サラリスに何かあるのは察していた。
食堂を出る。生徒は、皆、個別に過ごしているか、もともとの顔見知りを中心にまとまって数組が話しているだけで、広間には人影はまばらだった。
サラリスは建物を出てまっすぐ前庭に向かって歩いていく。
前庭手前の崖のそばまで行ったが立ち止まらず、5mほどの崖下の庭に飛び降りた。もちろん、階段はないので魔法も併用して上手に着地する。
「なぁ、サラどこいくんだ?」
「前庭よ。港から入ってすぐのところにある前庭。港から入ってすぐに石像があったでしょ。そこよ」
「何かあるの?急ぎなのか?」
「脱出ゲームよ。脱出。なせば成るわ。」
脱出とはどこからなのか。何を言っているのかよくわからないが、サラリスは何かをやろうとしているようだ。やる気があるのをとても感じる。
サラリスが何をそこまで気合を入れているか不思議ではあったが、前庭の入口は校舎からさして離れていない。深く聞きだす前に着いてしまった。
庭への入口には教官らしき女性が1人とグループが3組いた。
グループを見ると、3人、3人、4人だ。何かイベントでもあるのかと思ったが、サラリスはとりあえずその後ろに4組目として並ぶように言う。
「プヨン、覚えてる?私、学校入る前に、もう学校から出られないとか言って、とっても落ち込んでた時期があったの」
「そんなことあったかなぁ。よく覚えてないけど」
「あったのよ。でも、わかったの。出られないわけじゃなかったのよ。ただ、門番がいるというだけだったのよ」
待ちながら詳しく聞いた。サラリスが言うには、学校は出入り禁止ではなく、どちらかというと出入り自由らしい。
ただ、不審者の出入りを防ぐための門番がいる。出入りは自由だが、門番を振り切る実力がいるということらしい。
「入学前から、ずっと計画していたのよ。情報を手に入れて、何度も作戦を練っていたの。これは自由を求める戦いよ。さぁ、いくわよ」
「なるほど。で、いくわよってどこによ。それで、俺は?」
「そこに突っ立ってればいいわ。2人以上でないとダメだから、誘っただけ」
どうやらもとから1人でやる気だったらしい。
「それで、その門番ってのは誰よ? 走って振り切るのか?」
「もちろん、違うわよ。それはね・・・」
サラリスが説明しはじめたところで、立っていた教官から声をかけられた。
「あんたたちは2人組?ここのルールは知っている?」
「はい。お願いします。私たちは2人組です」
サラリスが元気よく返事する。プヨンも適当にあわせてうなづいておいた。
(この先生が門番なのか?先生が門番だと、いきなり倒すとか、それはやりすぎじゃないのか)
サラリスのいう門番がよくわからず、プヨンは教官を観察する。
ごくふつうの女性だ。町中で会っていたら、そのへんの商店のお姉さんと見た目は変わらない。ヒルマやメイサに比べたら多少は体を鍛えているようには見えるが、特に武器も持っていないし金属防具も身に着けていなかった。
この門番の教官魔法で何かするのだろうか。
どんなことをすればいいのか、いろいろと想像してみた。




