学校生活の始め方 6
(よし、石も投げたし、ミハイルの氷も命中した。いい感じだ。着地点も完璧だ)
プヨンは上手くいったと満足しながらも、油断せずゴスイ達から目を離さずに出方を待っていた。
「よし、いこう」
相手が引かない場合は距離を詰める。打ち合わせした通り、プヨンは小走りに駆け出した。
プヨンが近づいて行くが、相手は突っ立ったままこちらを見ている。
遠慮なくこい、そう受け取ったプヨンは緊張しながらも、目立った反応がないためさらに近づく。
(むぅ。どうやら、受けて立つようだな)
あと、10m。
まだ相手は動かないが、わかったことがある。
女性が小さいのではなく、男が大きいのだ。
以前に本で見た特徴を考えると、プヨンはあの大男はオロナの民だと気が付いた。背も2.5mはあるし、腕もプヨンのふとももよりも太そうだった。
そこで近づきすぎないように、一旦立ち止まる。
「アデル、どうする?」
ふりかえり、そして気付いた。
誰もついてきていない。
アデルとミハイルは、まだ地面に落ちた石を見つめていた。
ミハイルはぶつぶつとつぶやいていた。
(大きいとは砂粒よりという意味であって、目に見える小石程度あればよかった。それなのになんだあれ。あんな石が浮かぶのか?)
考えがまとまらなかった。
ようやく落ち着いてきたミハイルはプヨンが1人で走って行ったことに気づく。幸い、軟棘の効果か相手も動きがない。
「小さい石でよかったんです。あんなのが飛んでいくとは思わなかった」
ミハイルの独り言が聞こえた。大きい石と言ったくせに、今度は小さい石でいいと言うミハイル。どうやらかなり混乱しているようだ。
それでもようやくアデルとミハイルは動き出す。まだアデルのほうが落ち着いているように見えた。
「プヨン、よくやった。クックック、あいつらもビビっただろう・・・俺もだが」
(あいつは、たまにおかしなことをする。気にしたら負けだ)
アデルは追いついてくると、こみ上げてくる笑みを抑えながらプヨンに話しかけてきた。何度かこういったことを見たことがあった程度の余裕だが。
プヨンが返事をしようとした時、前方から喚き声が聞こえてきた。
「うわっ」「落ち着いて」
ドカッドカッ
「制御しろ。何とかするんだ」
ゴスイとアサーネが叫び、2人の大男が暴れ回っている。
大男2人はただ闇雲に動き回っているようで、それを背丈が半分くらいしかないアサーネが必死で抑えようとしていた。
それこそ体格は大人と子供だ、振り回す腕をなんとか当たらないようにするのが精いっぱいのようだった。
プヨンから見ると大男は敵方だ。助けてやる理由もないので、近寄らず暴れている様子をじっと見ていただが、
「あっ」
見てしまった。同時に、女性とは思えない可愛くない声が聞こえた。
「ゲフゥ」
大男の振り回す丸太のような腕が横腹に当たったようで、アサーネは数mは吹き飛ばされ、宙を舞ったあと地面に叩きつけられていた。
アサーネが気を失ったからか、完全に統制の取れなくなった2人の大男は別々の方向に走り去っていく。
それを見たゴスイも、少しためらっている様子ではあったが、アサーネを撤収させることは無理と判断したのか後方に向かって走り出した。
「追いますか?」
「いや・・・そのままでもいいだろう。深追いするほど人数がいない」
ミハイルが聞き、アデルが答える。捕縛が目的ではないから、追い払えれば差し当たり任務達成だ。
「しかし、痛そうでしたね。『ゲフゥ』だって。骨折れてないかな」
ミハイルはそばに寄って、女性の状態を確かめている。華奢な20代半ばくらいの女性のように見える。
「胸が動いてるから生きてるだろ。プヨン、治療してやってくれ。この女はそのあと俺が運んで取り調べる」
アデルはニヤッと笑ってそう言った。
言われるままにとりあえず治療をした。レスルで治療担当の仕事を受けて、実際に治療にあたるのは久しぶりだ。
ざっとみたところ、脇腹を殴られたようだったが、骨折などもなく、腹回りは問題なさそうだ。
「外傷がほとんどに見えるから問題なさそう。内臓の治療がないなら安心だ。あれ苦手なんだよね」
プヨンは、ざっと初見の結果をアデルに報告する。
「そうか。じゃぁプヨンなら問題なく治せるか。ミハイル、その子の体の向きをかえてやってくれ。そっとだぞ」
プヨンは背中側も見たが、それなりに厚手の服を着こんでいたこともあり、吹っ飛ばされた時に体中が擦り傷だらけになったくらいで、詳しく症状は見なくてもよさそうだ。
特に強い魔法抵抗があるわけでもなく、骨と皮膚表面の状態を回復させただけであっさりと終わらせることができた。
プヨンとアデルが、治療したアサーネを連れて戻ったっていくが、ミハイルはわざと少し残っていた。確かめたいことがあるからだ。
コンコンッ
ミハイルはプヨンが投げた石の周りを歩きながら、ところどころで石を触ったりしている。ごく普通の石だ、おかしなところはない。
地面に転がっている小さな石ころを見つめた。
ヒュッ
集中して少し呪文を唱えると、石はミハイルの手もとに飛んできて、手のひらで掴むことができた。
ミハイルでも小石程度なら飛ばすことはできる。
なんとなく自分もできそうな気がしてきた。もちろん全神経を集中する。
「はぁぁぁっ」
プヨンの投げた大石に向き合い、投げ飛ばそうとする。もちろん全力だったが、石は微動だにしなかった。
「なんだったんだあれは。こんなものが浮かぶのか」
なぜ自分はできなかったのか、納得はいかなかったが動かないものは動かない。
しばしミハイルはたたずんでいたが、やがてアデルのところに戻っていった。




