学校生活の始め方 5
丘の上に立つ4人は、プヨン達を見ながら機会を窺っていた。
「ゴスイ様、準備できていますがどうされますか?」
女性は後ろを振り返りながら確認する。ゴスイは以前ニードネン達がメサルを襲撃した場所で、一緒にいた仲間の1人だ。
ゴスイはうなずき、
「アサーネ、わかっているだろうが、金目のものが目的ではない。目標は司祭メサルの拉致だ」
ゴスイが目の前の女性、アサーネに話しかける。
「もし護衛が抵抗してくるようなら、下手に連携されるとやっかいだ。さっさと始末しろ。それから司祭メサルの顔は覚えているか?もちろん生け捕りが望ましいが、ダメな場合でも手ぶらというわけにはいかないぞ」
「承知しております」
アサーネがそう返事する。アサーネは後ろに待機する2人の大男、いわゆるオロナの民を振り返り指示を出した。
準備が整うと、4人は再び前方に集中した。
「ダメだな。殺気を感じるな」
そうアデルが言うのと同時だった。女の頭上に大きな火の玉が現れる。かなりの眩しさで直視できないくらいだ。
それを放つでもなく維持している。
一瞬力を出すのとその状態を維持するのとでは、疲労度が全然違う。
一瞬重いものを持つことはできても、それを持ち上げ続けられないのと一緒だ。
維持できるということは、その間エネルギーを供給し続けているという事になる。
言い換えると、その間、火球を撃ち続けられることを意味していた。
「明確に敵意を示していますね。火球ならまだなんとかなりますが・・・すでに20秒。1つですけどあの大きさ、あれもやっかいですね」
「そうだな。俺たちがさっきやりあうのも見ていたんだろう。先に俺たちを始末しておこうってことか。ミハイル、合図の準備をしておけよ」
アデルとミハイルはこういう立ち回りには慣れているようだ。何度も想定して試行しているのだろう。手順化されているようで行動に迷いがない。
こちらを攻撃するような動きがあったら、すぐに隊商側に合図をする。手筈通りだ。
もっとも相手の人数が多いと、あっちはあっちでイベントが発生しているかもしれない。
戦闘メンバーがこちらに集まっているから、救援は一切期待できないし、人質を取られたり下手するとさらに囲まれてしまうかもしれなかった。
プヨンは相手が放つでもなく、炎を出しているのを見て
(これがどの程度実力があるかを示すという軟棘ってやつか。この程度は見せても問題ないだけの実力があるから、大人しくしろということなのか?これも駆け引きなんだろうな)
相手の意図を考えながら、プヨンはすぐ動けるよう準備しながら、同時にメサルを放置したことが気になっていた。
いまさら戻るのも難しいだろうが。
「なぜだろう?まあ金目の物がないわけじゃないが。まあ商品をダメにしないためにも、護衛を先に片付けるのは基本だが」
アデルは相手の目的が今ひとつ理解できないでいた。貴重品があるわけでもなく、日用品しか積んでいない。
仮に奪っても大した金にならないし、かさばることもあって目立つだけに思えた。
「どうしますか?やりかえしますか?しかし、ちょっと同レベルのご挨拶ができるかわかりませんが?」
「おぉ、とりあえずこっちも魔法が使えることを見せとけ。ちょっと俺は今きつい」
時間を稼ぎたいほど疲れていたのか、アデルはかなり干上がっているようだ。息が切れへたり込んでいるアデルが指示を出す。
当然といえば当然だが、何もせずに降伏というのはなさそうだった。
「わかりました。じゃあプヨンさん、相手に向かって大きめの石を投げてみてください。撃ち落としますから。僕が魔法の精度を見せてやりましょう。それで相手が退かなければ、間合いを詰めてみましょう。ゆっくりと、堂々と近づきます」
ミハイルはそう言いながら、あのくらいの石がいいかなと考えながら地面を見る。この辺りには拳大から、大きな石までいろいろなサイズの石が転がっていた。
相手の魔法の示威で少し圧倒され、膝が震えているように見えたが、まだやり返す気力はあるようだった。
ミハイルに言われるまま、プヨンはミハイルの視線の先を見る。
確かに大きい石があった。
さっきまでアデルとの打ち合いで、目立たないように壁がわりにしていた石、直径5m程度はありそうな大きめの石だ。
(ミハイルの狙いの石はあれか。確かにあの大きさなら相手に舐められることもないだろう。ただ、大きさからいくと・・・重さは200トンくらいはありそうだけど)
ざっくりと重さから、必要なエネルギーを計算する。
できれば相手の頭上を飛び越えさせてしっかりと見せつけたいが、この石を相手に届くよう投げつけるには小さい地震クラスのエネルギーがいる。
ぱっと計算できないが、火球なら数百万発分くらいだ。
「うまく飛ばせるかわからないですけどいいですか?」
プヨンにとって初の石投げ、それもかなりの大きさでうまく飛ぶか確信がもてずためらいながら聞く。ヘマをして相手に侮られたくはない。
「大丈夫だ。プヨンならできるさ。いつもの要領で、石を投げろよ。全力でだ」
「わかったよ。全力なんだね」
アデルが根拠もなく保証してくれる。
まあ石がうまく狙った位置まで飛ばなくても、もともとそう投げたと思われれば失敗とはわからない。プヨンも気持ちが固まった。
アデルのお墨付きもあり、ミハイルも前を見て集中している。まもなく目の前を飛ぶであろう石に目掛けて、数発の氷弾を放てばいい。
ゴトッ
(よし持ち上がった。これを)
無事に石は持ち上がった。プヨンはかなり集中していた。思ったよりは余裕がある。しばらく持ち上げても大丈夫そうだ。
(軟棘だから、相手に当てないよう慎重に計算しないとな)
空中に飛ばす道筋を思い描き、
「どりゃー」
ドヒュー
プヨンの掛け声とともに石は飛んで行った。
相手の頭上を確実に超えるように、角度は60度で時速100kmくらいで打ち出した。プヨンの頭上に石の影が落ち、一瞬暗くなる。
「よし、いまだ。ミハイルアイスガン」
プヨンが投げた石に向けて、身構えていたミハイルは反射的に打ち落としの魔法を放つ。
火球30発程度の魔法力を注ぎ込んだゴルフボール大の氷を2個撃ち放った。事前に時間をかけて準備していたものだ
パシュパシュ
身構えていたミハイルは、準備していた氷弾を反射的に放った瞬間、目標の石が予測と違うことに気づく。狙いは問題ないが、打つと同時に的の石の大きさに固まってしまった。
(なんだ、この大きさは?ちょっとおかしいv
タイミングだけ合わせたミハイルの氷弾は2発とも命中したが、直径5mと2cmでは勝負にならない。
ほとんど効果なく氷は四散してしまった
プヨンが投げ飛ばした大きな石は、ミハイルの氷弾などものともせず飛び続ける。
それを身動きもせずアデルとミハイルが見送る一方、ゴスイ側も全員硬直していた。突然浮かび上がった大石が、自分たちに向かって飛んでくる。
避けようと思うが、気持ちだけで体が動かなかった。
それでも、なんとか最初に動けたのはゴスイだ。
「ア、アサーネ。なんとかしろ」
しかし、そう言うのが精一杯だった。その声にアサーネが反射的に、出していた火球を放つ。
火球はまっすぐ石に向かって飛んでいき、そして、命中した。
パシュン
大きい火球ではあったが、しょせんはただの炎。石の前では無力だった。あたりはしたが、一瞬でかき消される。
(う、動いて、避けないと)
火球が霧散したあと、アサーネは必死に動こうとするが思うように動かない。
体は硬直し水の中を進むようにゆっくりゆっくりと歩くのが精いっぱいだった。
そのままミハイル、アデルとゴスイ達4人が見上げる中、石は飛び続けやがて地面に落ちた。
ドズゥゥン
石が落ちるとその衝撃で地面が揺れた。
狙い通りゴスイたちの頭上を超え、プヨンからみると50m先に着弾した。
石は割れることなく地面にめり込み、M3クラスの小型地震が発生した。
ゴスイ達は膝が震え、しばらく立っているのがやっとだった。




