学校生活の始め方 4
「しかし、よくあんな安い依頼で受けたな」
いきなりアデルが世間知らずで助かった的な発言をする。
「まあ、単独行動の回復職や司祭が、タダで馬車移動したくて応じる場合があるから、ダメ元で依頼するんだけどな。魔法薬はなるべく使いたくないし、とっさの場合に薬瓶取り出すとか無理だしな」
「うーん、金が目的じゃないからかな。一緒にいたメサルが、とにかくやってみたかったらしいよ」
「あの司祭さんか?お前ら、3人が3人とも回復系なんだって?バランス最悪だが、俺はそういう特化型チームって好きだ。まぁ、回復AAの司祭さんがついていてくれたら、俺たちも心強い」
どうやらメサルは3人とも回復職で登録したらしい。
通常の依頼は1人あたりの単価の場合と仕事量で受ける場合がある。仕事量の場合は1人あたりの手取りが増減するだけだ。
回復3人とか金払えねぇ。こんな薄給の依頼でない限り、回復過多で絶対採用がないだろうと笑われてしまった。
「まあ、プヨンは、ちょっとは剣も使えたよな。最近は鍛えてるのか?」
「ううん。教えてもらったことはできるけど、ちゃんとした剣術は全然だよ。そんなに極端にうまくないことは、アデルも知っているよね」
アデルが一時期手ほどきをしてくれたことを思い出す。
まぁ、基本の構えや動きを覚えた程度で、熟練の剣士相手にはあまり役に立たないが、町の護衛隊にいるレオンとそれなりに打ち合えるくらいには上達していた。
アデルは今後のためということで、レスルのいろいろな暗黙のしきたりやルールも教えてくれた。
前は聞き流していたが、今はそうしたことも必要だと感じている。
あらためて聞きなおすことで、バラバラだった知識が1つにつながっていくようだ。
プヨンはこの際にと以前から気になっていたことを聞いてみた。
「たまーに、レスルで見てたんだけど、レスルの隅で人が集まっていると、技の見せ合いをしていることがあるよね?あれってなんなの?」
プヨンがレスルで待機しているときに、異なるメンバー同士が演武のように、適当な技を見せ合う行為を何度も見たことがあった。
何やってるんだろうという不思議さによる興味もあったが、純粋にすごかったほうが大きいかも知れない。
かっこいい口上もあり、見て飽きることはなかった。
「そいつは軟棘条約っていうやつだ。初仕事で組んだときや、逆に揉め事になった時、それとなく実力がわかるようなものを見せ合うんだ」
その意図がようやく理解できた。
「もともとは盗賊が商人を襲う時、威嚇もかねて一発実力を見せて降伏を促すのが始まりらしいがな。死にもの狂いで抵抗されると盗賊側もキツいから、わざと外してどうするか選ばせるんだよ」
「なるほどね。勝つ見込みが薄そうだとわかったら、抵抗しない代わりにほどほどで手を打ってもらうのか」
「そうだ。そのかわり盗賊側も降伏した奴からは手加減する。女をさらったりもしないし、金目のものを巻き上げるのも3~5割くらいにするのがお約束だ」
「また、お立ち寄りくださいってか」
以前にランカがタダンに獲物を奪われていたのも、そういった理由なのだろうか。思い当たることがいろいろと出てくる。
「そうだ。襲う方も獲物を根絶やしにしたくないからな。全部取ると次の稼ぎにならんだろ。まぁ、肩をもつわけじゃないけどな」
「それで軟らかい棘かあ。うまいなあ。死ぬ覚悟で突撃されたらたまらんもんな」
「ふっ、まあな。それから初仕事をする時は見せられる範囲で示威行動するんだよ。長くやってる奴らは、たいていなんか一つは面白い芸を持ってるぞ」
そういうとアデルは剣を抜き、
「例えば、俺はこんなのを見せてやる」
そういうと、馬車上で剣を抜くと、遠くに向かって投げた。剣は手元を離れて飛んでいき、10mくらい進んだところで停止、その後アデルに向かって戻り、手のひらにすっと収まった。
まるでヨーヨーのように、往復する動きを3回見せてくれた。
「まぁ、投げつけるだけなら誰でもできるが、外した時戻ってきてくれないと困るだろ。そして言うんだよ。こいつは当たるまで止まらねーってな」
笑いながら、ちょっとした小技を披露してくれた。
他にもいろいろと教えてくれた。短時間ではあったが、プヨンはいろいろなことを学べて、とても有意義だった。
そんな話をしていると、ちょうど道中の半ばで休憩時間となった。
商人たちが街道を離れ、馬に水とエサを与えに草地に連れていくと、
「よーし、久しぶりに相手してやろう。ちょっと楽しみだったんだ」
アデルが剣を片手に持ち、うれしそうに手招きしてきた。
馬の餌やりが終わるまで30分はある。軽く運動しようということらしい。
アデルはプヨンを誘い、商人たちとは反対側の少し離れた草地に移動した。
ちょうど大きな岩がある。その影に回れば隊商側に見られることはないだろう。
たまたま気づいたのはミハイルだけだ。
「くくく。どうする?真剣でやるか?もちろん、顔面セーフでいいぜ」
不敵に笑うアデルに一瞬ドキッとしたが、腹部は厚手の防具を着こんでいる。今なら首や頭部さえ気をつければ多分大丈夫だ。
よほど致命傷でなければ治せる自信はあった。
顔面は禁止だし大怪我退場だからアウトじゃないのかと思ったが、それでいいとうなずいた。
「うりゃー」「やっ」
カンッ、カン
お互い掛け声がかかる。
プヨンは、いつもの炎の剣もどきを使っていた。
「その剣は業物なのか?刃こぼれしてるのは俺のじゃねーか」
戦利品でもそれなりのものなのか、使い勝手は良かった。
(そういえば何も言ってこなかったなぁ。そのうち返してやろう)
それからも幾度となく打ち合う。
金属同士がぶつかる音が軽く感じるから、お互いそこまで腰が入った攻撃は繰り出していなかった。
「なかなか動きが速くなったじゃないか」
「今日は身が軽いんでね」
一瞬アデルは怪訝そうな顔をしたがすぐに理解したようだ。
プヨンは体重軽減で身を軽くしていた。その分打ち込みも軽くなりやすいのが難点だが、相手に合わせる防御スタイルの時は有効だ。
「むう、今日はやたらカラダが重いぞ。食い過ぎたか」
逆にアデルは重くしてあった。
おかげで、以前は筋力強化なしのアデルに四苦八苦していたが、今日は強化しているアデルの打ち込みに十分合わせられている。
おそらくアデルも身を軽くしているだろうが、魔法の発動距離を加味しても、プヨンの重量加算のほうがまだ勝っているようだった。
不思議で仕方ないのだろう。そんなことを言うが、あまり余裕はなさそうだった。
「ケンネル」
「こ、こら、なんだそれは。そんなのありか」
「ふふふ。剣を放てるのは、アデルだけではないのだ」
そこで追加で剣を二本出し、アデルの動きを牽制する。
さっきのアデルのヨーヨーよりは難易度は高いが、アデルは全力で防ぎきる。さすがの体術でなんとか避け切っていた。
今日のプヨンとアデルは、ちょうどほぼ互角だ。
しかし、それも徐々にアデルの疲労が増えるにつれ、サブの2本の剣がアデルに当たり始める。
徐々にプヨンが押し始めていた。
(あのアデルさんといい勝負しているけど、アデルさん、今日はやけに動きが遅いなぁ)
それをミハイルは、羨望の眼差しで見ていた。
さらに10分ほど打ち合った。アデルはかなり息が上がっている。そろそろ限界のようだ。
「ふー、そろそろ、ふー、終わりだ。息が・・・」
すでにアデルはふーふーと息を荒げ、ひざが震えてきている。
プヨンは魔法も併用していたが、ほぼ全力で動き回ったら誰しも5分くらいが限界だ。アデルがふらふらになるのは仕方ないところだ。
たいして息も切れていないプヨンと、へたり込んでいるアデルを見比べて、ミハイルは不思議そうな顔をしていた。
「ふ。これが若さナシの息切れか」
「ぬ、ふー、ぬかせ」
アデルは息が切れまくっていた。プヨンも一息ついていると、ミハイルが急に緊張した声を出す。
「アデルさん、向こうの4人はなんでしょうね」
ミハイルは相手に悟られないように、顔を向けずにそれとなく目の向きだけで注意を促す。
意図を理解したアデルとプヨンも、正面から見ないようにして、目の端でそれとなく見る。
今いる位置から30mくらいか。
ちょうど丘をのぼったあたりに立っている4人が見えた。うち2人は上半身が裸に近く、ろくな服をまとっていないように見える。
この2人は男のようだが、ここから見てもわかるくらい筋肉がちがちの大男に見えた。
逆にその隣に立つのは身なりからしても女性のようだ。背丈も男の半分程度しかない。
そして、やや後方にもう1人いることが確認できた。
いきなり攻めてくるわけではないが、こちらの様子を窺っているようだ。アデルからさっきまでの陽気さがなくなっているのが感じ取れた。




