保管魔法の使い方 3
「ノビターン様、見事な託宣の儀式でした。皆、感銘を受けておりました」
ノビターンは、自身やニードネンが属するネタノ聖教を中心として、周囲の国々の団結と永遠の平和を祈念する託宣を終えたところだ。
ノビターンがいつものように胸にペットのスイマーを抱いて降壇するところを、ニードネンがうやうやしく出迎えていた。
今回、ニードネンはノビターンの付き添いでウェスドナ帝国を表敬している。
長年にわたって計画されてきた、選ばれた統治者による永遠の統治、いわゆる『夢見る統治』の始まりだ。それらの国々を束ねる存在が、属するネタノ聖教になる。
ここにくるまでに多くの人と時間が費やされていた。
すでに、大陸の北方の主要国には、自分たちの同士が一定数送り込まれているはずだ。
もっと支配層を固めたい気持ちはもちろんあるが、同士の育成には多大な時間がかかっていた。
本人の素質に加え、何より幼少時から信頼できるメンバーを選りすぐり、一から育てていかないといけないため、これ以上はすぐには増やせなかった。
もうギリギリだ。皆、気持ちを抑えきれない。不用意に暴発しないためには、ガス抜きもいる。ただ我慢するのもそろそろ限界に達していた。
「性急に事を進めすぎてはいけません。あくまで慎重に、まわりからも支持されるようにすすめるのです」
ノビターンの懸念は、ニードネンも当然わきまえていた。過去何度も、そして前世代でも、それで失敗してきていると知っている。
「承知しております。いきなり全方面への戦線拡大は避けております。まずは、手近な小自治領のデュベ―領とマルキナ王国との間で小競り合いを起こし、自治領のバックのウェスドナ帝国周辺に徐々に戦線を広めていきます」
マルキナといえば、プヨンやユコナの所属する国だ。そこに向けて、いろいろとしかける算段がなされていた。
ちょうどそのころ、学校への入学を前にして、プヨンは最後の準備をしていた。数日後には町を離れ、メサルと共に学校の寮に移動する予定だ。
必要な準備や手続きは、先日ユコナやフィナと学校まで行き、すべて終えている、たぶん。あとは当日体を運べばいいだけだ。
今日は、うっかり忘れていたものや、使用期限があって最後まで待っていたものの買い物をし、そのついでにレスルにきていた。
久しぶりに顔を見たヒルマやホイザーとも話をする。
レスル内は一昨日から大量に入ってきたニュースでもちきりだった。プヨンのいるマルキナ王国の北側、小自治領であるデュベ―が宣戦を布告してきたことと、それに関連した内容だ。
「俺も、それなりにここで仕事をしてきたが、自治領が自分から仕掛けるとか、過去、例がないなあ。一時的に併合されるってのは、たまにあったと歴史で習ったけどなぁ。
「自国の権利が脅かされているとか言っているが、こじつけにしか見えない。どう考えても国力差や経済のつながりもあるし、間には大きな山脈があるから無理がある。何を考えているんだかな」
ホイザー達もそう感想を教えてくれた。しかし、理解に苦しむと言っても、事実は事実で変わらない。
周りの会話からは大きな戦いにはならないのではないかとの考えが優勢だったが、戦いをあてにした傭兵の募集や、戦時物資の取り扱い、価格の高騰による商機として新規の隊商の募集、様々な情報、依頼も飛び交っていた。
掲示板にも護衛と輸送の依頼が多く張り出され、単価も上がっていた。
(おっ。これなんか今までの倍くらいの実入りになる)
つい小銭稼ぎをしたくなる気持ちを抑えつつ、ホイザー達との話も一通り終えた。急ぎの案件で何か困っているからやってくれと言われたら、引き受けたかもしれない。
まわりの緊迫した雰囲気をよそに、プヨンが干し肉の試食をしていると、
「プヨン、プヨン、いいところにいたわ。わたし、とうとうできるようになったのよー」
後ろから聞き覚えがある声がする。この声はサラリスだ。
振り返ると、向こうから小走りに走り寄ってくるサラリスが見えた。走り寄りながら、
「ほら。見てみて。私ね、武器の出し入れができるようになったの」
目には見えない隣り合った次元との狭間を使って、ものを出し入れするストレージ魔法。程度の差はあれど、プヨンだけでなく他にもできる人たちは一定数いる。
ストレージは大きさのわからないバケツやカバンと言った方がいいのだろう。入れすぎると行方不明になることが多い。
サラリスは以前から少しは使えていたが、いいとこ書類クラスだった。それが、そこそこ大物である武器の出し入れができるようになったようだ。その自慢だろうと思われた。
「ほらっ。あっ」
剣か何かを取りだそうとしたのだろう、走りながら、腕を出し、そして、サラリスはつまづいた。
ヒュッ
「うぁーーー」
サラリスの手の先の空間から、つかみ損ねた短剣が飛び出し、そのままプヨン目掛けて飛んでくる。
何かの武器が出てくることは予測していたが、まさかそれが自分に向かって飛んでくるとは思わなかった。
反射的に叫んでしまい、大きく仰け反る。
ただ、避けると同時にそのまま飛び退くのもまずいと気づく。氷や石などを投げる投擲魔法の応用で、剣を空中で急停止させた。
カツーン
剣はさっきまでプヨンの頭があった空間を少し通り過ぎたところで停止し床に落ちた。石の床にぶつかり金属音が響いた。
もともとあちらこちらの話で騒がしかったが、それでも叫び声は目立ったようだ。まわりの喧騒が途切れ皆が注視するなか、
「ふっ。この程度では、俺の命は取れないよ」
まわりの視線を感じる中、恐怖心からひざが少しかくかくしながらも、なんとかどもらずに言えたプヨンに対しサラリスは、
「ごめんね。ちょっと失敗しちゃったの」
まったく悪気なく笑顔が出せるサラリスに、失敗したのが、剣の取り出し方なのか、それとも狙った獲物、プヨンの脅かし方だったのか。もしかしたら仕留めるつもりだったのか。それを聞く勇気はプヨンにはなかった。
引きつった笑顔のプヨンと満面の笑みのサラリスが再び話をはじめたからか、まわりはふざけてでもいるのだろうと判断したようで、再び喧騒が戻ったが、
(ストレージを利用して、突然武器とかだされたら、相当構えてないと避けられないよな。サラめ、おそろしいやつ。これは貴重な体験か)
まったく殺気を出さず、さらっと無意識のうちに闇に葬る匠の技だった。
プヨンはサラリスに恐怖した。




