好意魔法の使い方 2
「遅くなってごめんね、プヨンちゃんと運んでくれてありがとう」
フィナが待ち合わせ場所にきた。今日は寒いのに、肌部分の露出の多い見た目をしていた。フィナにとっては、寒さはあまり関係ないらしい。
寒い冬の方がより薄着になるのは、プヨン達からはとても違和感があるが、考えてみれば当たり前だ。光合成のため、冬に日差しが弱くなると薄着に、夏は水分確保で厚着になると言っていた。
そして、昨日の夜は酵素の作成のため、月明りを浴びにいっていたそうだ。
夜行性の虫を利用しながら、月光からつくっているそうで、夜は夜で忙しいらしかった。
3人が合流するとすぐに町を後にした。
行き先はフィナの荷物運びの目的である森だ。
フィナとユコナが仲良く並んで歩く後ろを、木箱を背負ったプヨンがとぼとぼと歩いていく。プヨンは完全に荷物持ちの従者と化していた。
もっとも、前を行く2人もお姫様には程遠い。所詮、徒歩移動レベルでの自称お嬢様だ。
ユコナとフィナはずっと楽しそうに話している。いつの間にあんなに仲良くなったのか、ついさっきまで、プヨンはまったく気付いていなかった。
何やら女の子特有の会話だったのか、ユコナはフィナに美容効果魔法をお願いしているようだ。
「えーそんなのでいいの? マイナスイオンシャワー、シュビビビ」
効果音つきで、フィナが両手をユコナの顔にかざして、何やらとなえていた。
「やった。これでお肌パワーアップよ」
プヨンは会話に入るタイミングがなく、ひたすらとぼとぼとついていく。
美容魔法が一段落すると、ユコナからはかなりの高位の魔法であると言われる好意魔法の講義がはじまった。人間女性の嗜みとして笑顔と上目遣いのお願いの仕方についてだ。
絶対聞いてやらんぞと密かに誓うプヨンのもとに、講義が一段落したユコナがやってくる。
「プヨンお願い。かよわいから重くて持てないの。これも持って。助けて」
ユコナが自分の荷物を前に出して、上目遣いで頼んでくる。さっき聞こえていたのがわかっていると思うから、なおさら背後に見え隠れするユコナパワーを想像してしまい、無言で愛想笑いだけ返す。フィナも真似して、
「プ、プヨン。あ、あのね」
やたらもじもじしながら、フィナがにじり寄ってきて、
「こ、この荷物もっていただけない・・・かしら?」
今度はフィナが遠慮がちに頼んでくる。すでに大荷物を持たせているからか、あらたまって頼むのが気恥ずかしいのか、フィナのお願いはつい聞き入れたくなってしまった。
かえってユコナ以上にお願いするポイントを押さえているようだ。
「いいよ。上に載せたら」
ツボにハマってうっかり返事してしまった。予想外の返事にフィナも固まっていた。
「ちょっと待ちなさいよ。なんでわたしは無言でフィナはいいよなのよ」
ここは、どうするか。少し悩むところだが、
「ふ。マイナスイオンは1日にしてならず。そんな上辺だけじゃ。フィナのお肌の滑らかさに負けた。へへへ」
軽くプププッと笑う。
「くっ。フィナ。今日からずっとマイナスイオンシャワーよろしく」
「え。マイナスイオンって、多分効果ないよ。ただのきやすめ」
「いいのよ。なせばなるのよ。プラシーボよ」
ユコナの矛先をフィナに向ける作戦は成功したが、どうせ大荷物を抱えるプヨン、大して変わらないので荷物は持ってあげることにした。
「そういえばプヨンの運んでいる肥料ってなんなの?」
「あぁアモンの塩ね。動物とかのいばりに塩を入れて、熱して作った肥料だよ、あとは特殊な養分を出す虫とからしいよ」
アモンの塩、塩化アンモニウムは、大昔から簡単に手に入る肥料だ。そこで、にやっと笑みがでてしまった。思いついたことがある。
「そういえば塩素も含んでいるからこれもマイナスイオン・・・」
「えっ、じゃあお肌にいいの?」
からかったつもりが本気にされてしまった。
「ダメよ。それは人には合わないわよ。私たち専用よ」
「えぇー、なんでダメなのよ。けちぃー」
プヨンはフィナに怒られて、ユコナはお肌を救われた。
そんな話を続けて、すでに2時間以上経っている。3人はすでに森の入り口近くまで来ていた。
森の入口に立つ。草原の最後だ。ここからは、すぐに木々が増え、完全な森になっていた。
前回は湖面の上を通ったからこのあたりは未経験だったが、フィナは何度も通っているのだろう、すたすたと進んでいく。
と思うと、急に立ち止まった。
「あれ、こんなところに小屋がある。今まではこんなものなかったのに。モアナルアの許容範囲なのかしらね」
フィナが呟くのが聞こえた。森に入ってすぐのところにたしかに小屋があるが、なんというかつぎはぎだらけの掘立小屋だった。
よく見ると井戸らしきものもある。湖の水でも通じているのだろうか。
しかし、中を覗いてみたが、いくつか家具らしきものや生活感はあったが、あたりに人影はなかった。
少し様子を調べようとしたフィナだったが、
「先に進みましょうか。誰もいないみたいだしね」
そういうと、フィナはどんどん進んでいく。
森に入っても、特にこれといったイベントは何もなかった。フィナも通りやすいところをどんどん進んでいく。
以前、森を通ったときは、いろいろな生き物に遭遇したが、今回はせいぜい小さな羽虫などを見かけるくらいで、かえって不気味なくらい平和だった。
「なぁ、ユコナ、この森ってこっちのほうはこんなに安全なの?」
「さぁ?わたしも、はじめてだから・・・」
3人はもくもくと歩いて行くが、しばらくいくと、フィナが教えてくれた。
「大丈夫よ。『ベアベアべル』を使って、獣を追い払う音波をだしているから。よほど鈍感か好戦的な生き物しか近寄ってこないと思うわ」
「なるほど。俺たちには聞こえない音で、ここにいますよってアピールしたら、危険を察知して近寄ってこないんだな。しかし寄ってきたら、ヤバすぎる気もするが」
「まあないけどね。そん時はダッシュね」
しかし、それでも、ユコナはなぜか妙に怖がっているような様子を見せる。目がうるうるしているところを見ると、花の匂いや花粉にでも反応しているのかもしれない。
「ユコナ、大丈夫かい?」
「あ、プヨン、大丈夫よ」
なぜか、くねくねと体を動かして、か弱さをアピールしているようだ。
目で、かわいいわたしを守ってアピールをしていることがわかったが、ユコナの氷の微笑を知っているプヨンには、完全にスルーされている。これがユコナの作戦の第2段階、目でか弱さを訴える、アイリッシュ作戦であることを知ったのは後日のことだった。
「止まって。前に、ウルウルフが現れたわ。大きめの肉食獣よ。音にひきつけられて獲物と思ったみたい」
前方に、牛よりも大きいくらいの茶色い獣が1匹現れ、こちらの様子を伺っている。
しかし、フィナには慌てた様子はまったくなかった。
「ユコナ、危険かもしれない。ここは、俺に任せて逃げるんだ」
「わかったわ、プヨン。あとは、任せたわよ」
さっきのウルウル目のお願いユコナとは対照的に、迅速に行動するユコナ。
ふと、最後まで逃げ遅れていたというか、待っていてくれたランカのことが頭をよぎる。
そして、狼は逃げるユコナを弱いと判断したのか追いかけ始めた。
「待って、待ってったら。こっちじゃないでしょ」
ユコナは叫びながらも氷塊をぶつけて、結局自力で追い払っていた。撃退には成功したが、アイリッシュ作戦はユコナの期待とは違う結果になった。
「ユコナは強い女と」
「くっ。今度はそっちに逃げるからね」
ユコナはほっぺを膨らますが、しかし、ほっとしたのもつかの間、
「プヨン、急いでこっちにきて。あれは、まずいかもしれないわ」
フィナが大きな声でプヨン達に声をかけ、走り出した。前方を見ると、灰色の筋が空に向かって立ち上っている。どうやら、煙のようだった。




