回復魔法の使い方 3-5
タダンは、仲間の1人がプヨンに一太刀浴びせたのを見た。
しかし、プヨンの動かしているであろう、浮遊剣と盾がまだ動き続けている。
「おい、まだだ。油断するなよ」
集中力が途切れていないのだろうから、深手ではないと思ったのだろう。タダンは仲間に注意を促した。もちろん一瞬うずくまったプヨンも、すぐに立ち上がってきた。
プヨンは、数を数えていた。
「・・・・・6、7、8」
腕を切り裂かれると同時にタイミングをあわせて傷を回復させる。パンツァー服の力もあわせて一気に解放したが、それでも元通りまで治療するのに10秒弱はかかった。
多少血が出たが、止血を最優先でしたため、体力的にはたいして消耗はなかった。傷口がふさがると同時に痛みも消えていた。
腕をさすりながら傷口を確かめるが、すっかりもとに戻っていた。
「あ、れ、れ? 今、確かに切りつけたはずだ。手ごたえはあった」
ためしにタダン達に向けて、切られた腕で電撃を放ってみた。
「リスワイフ」
「うぉぉー」
まぁ、大急ぎで治したとはいえ、表面の傷だけだから、魔法の使用も問題はなさそうだ。あくまで出せるかどうかを試しただけのため、命中させず威力も抑えたが、頭上から数発の雷撃を落とすと、タダン達が驚きの声をあげている。
「くっ。なんでだ。切ったはずなのに」
そう言うと、男はさらにムキになってかかってきた。別の1人も動きをあわせて加勢する。
プヨンは2人としばらく切り合いを続ける。
一方的にプヨンが浅い傷を負い、それを数秒で治す。それが繰り返される。可能な限り、血や肉が飛散することを避けた。
切られるよりは打撲の方が、身が削られないだけ回復速度は速かった。
回復魔法の使用によって、徐々に服の魔力の残量が減っていく。色も紫から変化していき緑に近づいてくる。
すでに15分くらいはやりあっていた。明らかに相手の顔が体力の消耗以外の苦痛と不安に歪んでいる。
ときおり、何か仲間内で話したり、どなりあったりしているが、切っても切ってもプヨンの傷が広がらない。
プヨンが傷を受けやすいように、服からの露出を増やして見せているので、ダメージを与えたことが一目でわかる分よけいに不気味なのだろう。
ふと気が付くと、男たちはタダンともう一人の2人だけになっていた。深いつながりがあるわけでもないのか、ちょっと面倒になると解散する、盗賊とはそんな程度のつながりなのかもしれない。
プヨンの服の色も緑を通り越して、黄色の領域に入ろうとしていた。
もう、蓄えたエネルギー残量があまりないようだ。そろそろ潮時にしようかと思ったところで、
「うぉっしゃー、もらった」
「ぐっ」
油断していた。プヨンはなるべく浅く切られるようにしていたが、体勢を崩したところで服の上から肩口に剣を突き立てられてしまった。あきらかに骨が砕ける感触が伝わる。
安静時ならかなりの激痛なのだろうが、戦闘中で興奮しているからか、それとも服の魔力の影響なのか、耐えられないほどではなかった。
さらに心頭滅却、痛くないと思い込み痛みを和らげようと試みる。これは思ったほど痛みを和らげる効果はなかったが。
すぐにプヨンの回復の効果で血止めがされたのだろう。剣で切られたがその傷はすぐに塞がりはじめ、数秒もすると、剣の切り痕に沿って細く、血の赤い筋が見えた程度だった。
体力の消耗は大きくなく、まだ十分戦闘を継続できそうだった。
「ふふふ。どうだっ」
タダンが勝ったという顔で戦闘の終結宣言がわりに叫んだ。
タダンの右手に持つ剣がしっかりとプヨンの肩口を貫いた。刺さった剣先は誰が見ても重傷で、戦闘力は大幅に減ったはずだ。傷口からわずかに血が垂れ、地面に落ちた。
ただ、タダンは勝利の笑みを浮かべているが、その表情には不安も混じっていた。
タダンはその理由に気が付いていた。皆、かなり長時間動き回っていたため、息が切れてきている。
これだけ動いて血行がよくなっている状態で剣を突き立てたら、かなりの血が噴き出るはずだ。今まで刺した時はそうだった。それにしては、今回は噴き出る血の量が少ない。というか、ないに等しい。
タダンは不安を抑えながらも、おそるおそるゆっくりと剣を引き抜こうとする。プヨンは、多少弱まってはいたが、感じる痛みを我慢しながら集中力を高める。
剣が抜かれるタイミングに合わせて、傷口の修復をする。
ゆっくり引き抜かれたことも幸いし、皮膚だけは再生しきったため、剣が抜かれるのにあわせ、見た目だけはほぼ回復させることができた。
「バ、バカな・・・」
タダンが声を出し、数歩あとずさる。
「う、うぁー」
それを見たもう1人は、最後の気力を振り絞って全力で反対方向に走り去ってしまった。
「あ、待てっ」
完全に逃げ遅れたタダンは、気力が折れてしまったのか、そのままへたり込み動けなくなってしまった。
一方で、プヨンもそれほど余裕があるわけではなく、タダンが慌てている隙に、まだ治りきっていないことを悟られないように肩口を治療し続ける。
おそらく傷は骨までいっているはずだ。
皮だけは塞いで無傷を装っているが、まだ腕は動かせない。全力で治療しているためか、その魔法使用による精神集中の波動が周囲に振りまかれていた。
服の色は赤に近づいている。残量はからっぽだ。
「どうする?まだやる?一人になったようだけど」
時間を稼ぐため、あえて会話を始める。パンツァー服の色を悟られないように、体の向きも変えながら会話を引き延ばす。
タダンはもう返事もせず、立っているのがやっとのようだ。戦う気力が尽きているのがよくわかった。
「い、いや、滅相もない。ここはなんとか穏便に」
「痛い目にあわそうとしたのに? 通行料は?」
タダンは足が震えている。一方でその間にプヨンの肩の骨が元の形にくっついたようだ。
「い、いったいどうなっているので?」
タダンは声を絞り出すように呻くが、ここぞとばかりにゆっくりと腕を回す。さもダメージがないかのように見せつけ、さらにタダンに恐怖を植えつけていく。
「か・・・還付政策はじめました。今までの分も対象です」
「あの子の分も?」
「ラ、ランカのことか? い、いや、ことですか? それはさすがに全部は。できる範囲でご勘弁を・・・」
「ふーん、それとは別に僕の荷物も半分運んでくれるんだっけ。それでよしとしよう」
これまで名乗っていなかったので、プヨンは一応タダンに名を告げる。そしてケンネルで使った武器を回収してから、タダンを連れてランカのところに戻った。
ランカはまだ鎧を身に着けたまま、逃げもせずうずくまっていた。
(さっさと逃げればいいのに)
一瞬タダンを見て小さく悲鳴をあげたランカだったが、事情を話すと『嘘でしょ』といわんばかりの顔でプヨンを見つめていた。
タダンはしぶしぶではあるが手持ちのものを還付として差し出すことで、ランカと折り合いをつけたようだ。
まぁ、おそらくは他の者達から奪った本日の稼ぎなのだろうけれど。
そして、
「ふ。ふぉーー、ふん。こんなの持てませんよ」
半分持つといったタダンに、荷物の半分を持たせてみた。もちろん動きすらしなかったが。
フィナの肥料袋がそこそこ詰まっている。重いことは重いが、それでも1000kgもないはず。瞬間的になら1秒間に火球5発程度に魔力で浮くはずだが、タダンには無理なようだった。
「ほら、こうやって、気合を入れて。とりゃ」
「・・・」
プヨンが試しに持ち上げてやると、タダンはもう何も言葉に出さなかった。
タダンを荷物持ちにし、ランカの馬車で町まで連行することにした。
もしタダンが逃げても、追いかけるつもりはなかったが、観念したのか、結局町まで逃げるそぶりを見せなかった。




