回復魔法の使い方 3-2
プヨンは、ハゼノキの種榴弾を手のひらから受けたあと、しばらくどうするか立ちすくんでいた。
どう考えても、弾が中に入ったままはよくないが、だからといって、簡単には取り出せない。そう思っていると、
ガシャガシャガシャ
金属鎧が走って戻ってきた。プヨンは気づかれたことを理解したが、もう目の前に立っている。今から逃げてもいいがそれだと罪を認めたみたいだし、弁解できなくなる。
そう思っていると、相手も何も言わない。そのまま、10秒以上見つめ合っていた。
「あ、あの。その。今、音が聞こえたのですが・・・」
はっと我にかえったのか、騎士が話し出したが、やたらぎこちない動きをしている。
異様なまでに周りを気にしているし、声もなんとなく、どもりながらのようだ。おまけに声を聞くと、上ずったような妙に甲高い声だ。
鎧の高さもプヨンより頭1つ低い。
(鎧で体格はわからないが、もしかしたら女性なのか? 男には見えないけどこんな重装備で?)
プヨンが疑問に思っていると、騎士はおどおどしながらも、
「もしやハゼノキの種で怪我をしていませんか?」
と聞いてきた。おどおどしながら聞いてくるが、一方で、不思議と切羽詰まったような緊迫感がある。
プヨンは正直に返事をするか一瞬迷ったが、
「実は、今、種が飛び出してきたようで、怪我をしてしまって・・・」
「ど、どこですか。種・・・無事にでましたか? 傷口を見せてください」
「それが、その、手のひらから中に入ってしまって、でてきてないけど・・・」
そうプヨンが返事すると、騎士は急いで近づいてきて、プヨンの両腕を取って手のひらを調べていた。
「手のひらって、ど、どこに・・・?き、傷がありませんけれど?」
「そ、それが、なんていうか、もう治ってしまって・・・」
「な、なおった?そんなすぐに?・・・あぁ、スピン服。それにしても早すぎませんか?」
自問自答して勝手に結論を出している。見た目は驚いてはいるが、しかし、プヨンやまわりに対しての警戒もしているようだ。
たしかに、いつ、別の種が飛んでくるかもしれない。ただプヨンをなんとかしないといけないという気持ちが、その怯えを抑え込んでいるように見えた。
そこまでいうと、騎士は、鎧の頭部分を取り外した。同い年くらいの可愛らしい女の子の顔が見える。
やっぱり、声や背丈で予測したとおり女の子だった。おっとりとしたやさしそうな感じの顔をしている。
予測通りとはいえこんな子がこんなところにいることに驚いたプヨンがじっと見つめるが、そんなことは意に介せず、
「危険です。すぐに種を取り出さないといけません」
「えぇ?ど、どうやって」
どうやってと聞くプヨンだが、さっき1人の時も考えたように獣媒花の種だ。万が一にも腕の中で発芽することがないように、手を打っておかねばならない。
「緊急事態です。多少の時間的余裕はありますが、急ぎ種を取り出しましょう。できれば、切れ味のいい短剣を貸してください」
プヨンの体に入り込んだ種を取り出すことは、受け入れざるを得なかった。ストレージから水晶製の短剣を取り出し、これを使ってくれと手渡す。
以前、超音波振動で切れるように作った短剣だ。刃先はそこまで研いでいないが、単体でもそこそこ切れるはずだ。
女の子は、一瞬、刃が透明なガラスのような水晶でできた短剣に見とれていたが、すぐに気を取り直し、
「では、今から、すぐに取り出します。どこにあたったのか、場所を教えてください」
かわいい顔からは想像できない女の子の気迫に、他に方法がないのかとか、町に戻ってからではダメなのかなどを聞くこともできず、頷くしかなかった。
手首から、どのあたりまではいったかはおおよそわかる。
このあたりだと、指で示し、同時に皮膚の硬質化も解除しておいた。
「ちょっと痛いかもしれませんけど、我慢してください。ほうっておくと大変なことになります。腕を切断することになるかも・・・」
「あの、ちょっと聞きますけど、ご経験はおありですか?」
「はい。この植物は危険なので、こういったことは、よくあります。何度も見てきました」
真剣な目で、切先を見つめている。
プヨンはその真剣さ、緊迫感に圧倒されてはいたが、同時に他に方法がないのか必死に探していた。
痛いのはいやだ。ドアにぶつけて爪がはがれるのは許せても、自分では爪は剥がせない。それと同じで、今から、切られるのを黙って見ているのは厳しかった。
ドクンドクン
心臓がドキドキするのがわかる。もし、ここで刃があたって切れると、ピューっと赤い噴水がでそうだった。
はっと気が付いた。
「そうだ、痛み止め・・・」
「じゃぁ、いきますね。そんなものはありません。痛いけど我慢してください」
サクッ、スススッ
プヨンが声をかけるのと、刃が入ったのは同時だ。
「いってー、いたいです」
「動かないで、我慢してください」
そして、切ると同時に魔法での腕の自動治療が始まる。
突然ばたばたと進んだため、脱ぎ忘れていた。
(しまった。まさかこうなるとは)
スピン服より魔力を蓄えているパンツァー服だ。切られた端から、どんどん治療が進んでいく。
「なんで、切った端から治っていくの?」
「ここじゃないのかな、ここなんでしょ?ここ?ここ?」
さっきは服のことを気にしていたのに、忘れてしまうのか。何度もグリグリとされる。
プヨンの回復速度が速いこともあるのか、切り口の断面はすぐにふさがるので、ほとんど血はでていないし、見た目ダメージがなさそうに見える。
それでも、痛くないわけではない。『泣いていい?』と聞いたが、集中しているのかまったく見向きもされなかった。
はぁはぁ
プヨンの呼吸が荒くなる。長い時間に感じたが、実際には5分程度だろう。
「あった。ありましたー。ほら」
天使の声が聞こえた。ようやく終わりが見えた。
指先にこげ茶色の種をつまんで、取り出して見せてくれる。よく見ると、先端からすでに少し芽が出ているようにも見える。
やはり放置しておいたら命にかかわるのかもしれない。さっきのことはすっかり忘れ、取ったことを素直に喜んでいた。
考えるなおすと危なかった。プヨンは思わず身震いしていた。たぶんこの子がいなければここまで頑張れなかったかもしれない。回復魔法も使い方を考えないといけないと痛感した。
プヨンはお礼を言う気力がなく、感謝の気持ちを笑顔で示そうとしたが、おかしな顔にしか見えなかった。




