回復魔法の使い方 3-1
プヨンは、磁気で浮上する鉄板で移動する、『マグウェイ』を楽しんでいた。フィナの荷物を軽量化しているので、背負いながらでもそれほど苦にならなかった。街道をはずれ、草原を横断しているが湿地帯やくぼみなどもほとんど気にする必要がなく、順調に進んでいった。
このペースでいけばもう少しするとブルンホルン湖が見えてくる。そこまでいけば、キレイマスも目と鼻の先だ。
さっさと行って鈍行列車のユコナを鼻で笑ってやろう、などと気分的にも余裕がでてきたところで、ふと看板が目に入った。しかもよく見ると100mおきくらいに看板が立っている。このあたりは何もない。せいぜいひざ下くらいの雑草が生えているだけで看板がよく見えた。
(なんだろうこの看板、木製だけど、かなり朽ち果てているなぁ)
危険はないだろうと判断し、近づいて看板を見た。
『この先、ハゼノキ群生地。危険、立ち入り禁止』
と書かれていた。
ハゼノキと言えば、種から特殊な蝋が採れる。わりとどこにでも生えているが、高級な装飾品に使われることで有名だ。そしてそれ以上に有名なのが、ハゼル木からわかるように種を飛ばして動物に植えつける獣媒花であることだ。種榴弾と呼ばれる種を近づいた動物に打ち込み、遠くに運ばせて死後に苗床にすることだった。
(なるほど。こんなところに生えているんだな)
ご丁寧に一定間隔で看板が立っているところを見ると、ここから中には近寄らないほうがよさそうだ。プヨンが看板に沿って迂回しようとすると、
バスッ、コーン
少し離れたところから何かが破裂する音、そして金属同士がぶつかるような甲高い音が聞こえた。
一度聞こえた音だが、それっきり聞こえなくなった。あたりを見回しても何も見えない。警戒しながらそろそろと移動すると、2分ほど経った頃、
バスッ、コーン
また、同じような音がする。今度は、けっこう近くに感じた。
(なんだろう。もしかしたら、ハゼノキがあるのかな?それにしては、『コーン』の音の理由がわからないが)
そう思ってしまうと、近寄って確かめたくなるプヨンの癖がでてしまう。念のため体の硬質化を意識しながら、音の方に近づいて行った。万が一打ち込まれても、頭部などでない限りは何とかなりそうに思うが、目などは注意する。
徐々に近づいて見るとわかった。遠目に見ると、全身鉄の鎧を着た騎士が、左手に盾を持って立っていた。武器を構えていないようだが、やたらとまわりを気にしているように見える。
見晴らしがいいから、まず襲われることはないはずだが、まるで肉食獣を警戒するネズミのようだ。怯えているのかと思えるくらいだった。
(騎士の鎧だから肩幅は同じくらいあるが、なんだか、小柄な騎士だな。自分よりも小さそうだ)
金属鎧だから中身はよくわからないが、がっしりしているというわけではなく、背丈がない分まるまるとしているように見える。慎重さも相まってやたら鈍重に見えた。
一瞬、銃器を用いて誰かが戦っているのかと思ったが、そういう動きの気配もない。武器もないので、それもなさそうだ。かわりに分厚い手袋のようなものをしている。まるで、キャッチャーミットのような手袋だ。もっと厚手かもしれない。
腰を落として、身構えているのが見えた。草の向こうにはハゼノキが1本立っている。どうやらわざわざハゼノキの種袋の正面に立ち、向かい合っているようだ。
ただ見た感じではやたらとまわりを気にしている。何度もまわりをキョロキョロと見て、警戒しているようだ。どうしてそんなに周りを警戒するのかは気になったが、そうしていると騎士の足元の石が1つ、地面から浮かび上がるのが見えた。
ヒュン
石が飛んでいき、ハゼノキの種がつまった種袋の根本にぶつかった。そうすると袋にあいていた黒い穴から黒いものが飛び出したように見えた。おそらく種が飛び散ったのだろう。そういう草だと聞いたことがある。はじけ飛んだ種は、正面に立っている鎧騎士に向かって飛んでいき、
バスッ、コーン
手袋で1つ受け止められ、残りは鎧にあたり甲高い音がした。
プヨンには、騎士が投げつけた石が飛ぶのは見えたが、種は速すぎるのか見えなかった。筋力などは強化することができたが、動体視力などはなかなか強化できない。まして、プヨンはそのあたりが苦手だったこともある。
しかし、正面に立っている騎士はもともと軌道がわかっていることもあるのか、微動だにせず厚い手袋で受け止めていた。
遠目で詳しくはわからないが、手袋でつかんだ種を見ている限りではそう大きくはない。円錐状の黒い塊の種だが、せいぜい人差し指程度の長さだ。吹矢か、銃の弾丸の形状に近いように見えた。
そして、一度に飛んでくるものはせいぜい2、3個。手袋に入らず外れたものが金属鎧にぶちあたって、甲高い『コーン』という音を立てていることがわかった。
「おぉっ」
騎士はしっかりと弾道を見切り、タイミングを合わせて受け止めていることがわかる。プヨンが目で追えないものを追える騎士に、驚きのあまり声が漏れてしまった。
やましいことがあったわけではないが、見つかってはいけないような気がして、あわてて口をふさぎしゃがんみこんだ。
騎士は一瞬びくっとしたあと、さっきまでと同じように周りの様子を窺っている。声が聞こえてしまったのは間違いない。先ほどよりは長く周りをうかがっていた。
もちろんプヨンは息をひそめ、ひたすらじっとしている。
しばらく様子をさぐっていたが、気づかなかったのだろう。そのうち、取った種をかごにいれ、プヨンと反対方向に歩み去り、草に隠れて見えなくなってしまった。
プヨンはさっきの種が気になっていた。ハゼノキは名前こそ知っていても触ったことはない。本の知識で知っているだけだ。プヨンは一度気になるとどうしても確かめたくなった。
プヨンはそろそろと近づいていく。木のそばに近づく。先ほどの騎士は種を取りつくしたらしく、すでに移動したのだろう。叩いても種はでてこない。すでに種の入っていた筒はからっぽだった。
プヨンは、興味本位ではあるが、いろいろと調べることにした。
受け止め損ねたものを見失ったからなのか、砕けているから捨てられたのか、地面に落ちている種もある。あらためて見た感じでは、せいぜい長さ10センチ。人差し指くらいの円錐形をしている。殻が固いが重さもそこまで重くなかった。それが種の入った袋にある筒から打ち出されるらしい。
火が消えていても花火の筒をのぞいてはいけません。どこにでもある当たり前の注意書きだが、このときはすっかり忘れていた。
すでに種はすべて回収されたものと油断していたこともあった。種の砲塔の正面に立ち、ハゼノキを触っているとまだ種が残っていたのだろう、
ドコーン
残っていた種が1つ発射された。予想していなかった上に、真正面に立っていたプヨンは完全に油断していた。ちょうど種の出口の真正面にいたため避けきれず、思わず手を突き出してしまう。
「いってー」
反射的に大きな声を出してしまう。硬質で固くするのが難しい関節部分、手首から腕の中に撃ちこまれるかたちになってしまった。
「し、しまった」
いまさら、どうしようもない。中途半端に皮膚側をガードしていたこともあって、打ち込まれた種は突き抜けないで、腕の中にとどまってしまったようだ。
しかも高密度で回復魔力を貯めている服、パンツァー服を着ていることもあり、すぐに腕の治癒がはじまる。すでに傷口がふさがりはじめていた。
(これは、ちょっとまずいか。種が体内にあるってまずいよね?)
まずいのはわかる。しかしもうすぐ傷口がふさがろうとしている。すぐには発芽しないから大丈夫だろうが、どうしたものか。プヨンにはすぐにはいい考えが思い浮かばなかった。




