父兄訪問の楽しみ方 5
プヨンとユコナは、尾行者を気絶させうまく撒くことができた。
林の奥から遠回りして、再び街道に出て歩き出す。当初の予定通り、フィナのところに向かうためだった。
「プヨン、そろそろ大丈夫かしら?ちょっと話してもいい?」
道沿いに戻るタイミングを見計らって、おもむろにユコナが話だした。プヨンも一息ついていたので、話す余裕ができている。
「うん。一段落したね。で、なんだっけ?」
「わたしのシャツとか、どうなったのですか?」
「えっ? あっ、い、いや、あれは・・・」
雑談しようとか、ごはんどうしようとか、そういう話かと思ったら服だった。
(すっかり忘れていた。そうだ、お気に入りだったんだ)
「戦いは無傷というわけにはいかず。多少の犠牲がつきもので」
「なぜ、わたしのものを出す意味あったのですか?なぜ、プヨンのものじゃダメだったの?」
「あれは、僕は予備の服とか持ってないから・・・」
最悪の場合に備え、ユコナが絡んでいた証拠を残そうとしたとは言えず、プヨンはしどろもどろになりながらなんとか受け答えをした。
「じゃぁ、私の胸が小さいとか、小さいわりに重いとか何度も罵った罪は?」
「へ?な、なんのこと?」
「なんと、しらばっくれるのね。くっ。見せられるものなら、見せてやるのに・・・問答無用。これでもくらいなさい」
「ま、待って。俺はそんなことは、言ってな・・・い」
ビシィッ
さっき、ユコナが森に落とした落雷と同程度の雷を落とされてしまった。最近プヨンにはまったく手加減しなくなったユコナだ。
なんとなく雰囲気から身構えていたため、プヨンはたいしたダメージは受けていなかったが、髪の毛が焦げてしまっていた。
もちろん、そのあと、いろいろと理由を付け足され、最終的には今度プヨンが服を買ってあげないといけないことになってしまったが。
プンプンしたユコナの機嫌を取りつつ、なんとかフィナのところにたどりついた。
フィナは何やら集中しているようだ。反対側を向いているので、こっちには気づいていない。
数回会っているユコナも、フィナのいつもと違う様子に気づいていた。プヨンがもう少し近づいたら声をかけようと歩いていくと、
ズバッ
フィナから少し離れたところにあった切り株が割れた。それも縦に真っ二つに。
「えっ。今のは何?」
横にいたユコナも驚いて立ちすくむ。しばし、といっても、数秒だが固まっていると、
ガシッ、ガガガッ
今度は地面から5つか6つ砂埃が舞い上がった。どうやら、高速で何かを打ち込んだようだ。フィナは一通り終わって一息ついたのか、そのままあたりを見回し、効果を確認しているところでプヨンと目があった。
口には出さないが呼ばれているような気がして、プヨンはおそるおそる近づく。さっきの砂埃のまわりの草がふっとび、地面がえぐれて土が見えている。どうも何かの石弾でも打ち込んだようだ。
「プヨンに会うのはひさしぶりな気がする。今月は初めてじゃない?」
地面をえぐって切り株をまっぷたつにしたフィナが、にこやかに話しかけてくる。
「え、うん。おひさしぶりですね」
フィナの威力を目の当たりにして、プヨンは少し怯えながら返事する。思わず敬語になってしまった。
「うん、ちょっとね。最近のことなんだけどね、悪さをする生き物が増えたから護身方法を考えていたの」
ゴクリ
(悪い生き物とは、俺じゃないよね?)
切り株が真っ二つになったところを思い出して、思わず、プヨンは唾を飲み込んでしまう。一瞬でスパッと切れる刀とは少し違い、切り株が切れるときは、数秒かけてゆっくりと押し広げられるような切れ方だった。
「護身方法って、今のはどうやって?何もないのに、スパッと切り株が切れたり、地面に穴が開いたりしたよな。何も武器らしいものは見えなかったけど」
空気弾や気圧差で攻撃するものでは、まず生物を切り裂いたりすることは難しい。爆風のように何十気圧にもなると肉体なども千切れ飛ぶが、これではさっきみたいに切るとはならないだろう。
逆に空気を薄くして真空にした程度では1気圧分だ。気圧の変化速度を早くしてがんばっても、せいぜい鼓膜が破れる程度だろう。
プヨンが原理を想像できずフィナに問いただすと、
「ふふ・・・これよ」
そう言いながら、プヨンの手のひらに、ゴマ粒程度の粉末状の黒い粉をパラパラと振りまいてくれた。
「こ、これは?」
「それはね、花粉が近いかな。粉末状の木材よ。ローズウッドや樫の木よりも固いのよ。その粉を空中にばらまいて、魔法で薄い円盤状に押し固めながら高速で回転させたのよ」
「なるほど、回転ノコギリやグラインダーみたいなものか。砥石粒のかわりに、その木粉を使うんだな」
たしかに、厚紙などを円形に切り取って高速で回転させると、木の棒などを切り落とすことができる。同程度の固さ程度までなら、摩擦で削れるからだ。
砥石粒を集めて円盤にし、それを回転させて削るグラインダーのような工具がある。それと同じようなことを木くずを使って実現する物理+魔法攻撃なのだろう。
「なるほど。そんなことができるんだ・・・」
プヨンは、理屈がわかって納得した。さすがに空気だけで切ることは難しいだろうが、たしかに固い木粉を高速で回転させることができるなら、人の皮膚程度なら簡単に削れて切ることができるだろう。
今度から護身用に薄い金属か木製の円盤でも入れておけば、弓矢よりよほどいい武器になりそうだった。
「じゃ、じゃぁ、地面の穴は?」
「あぁ、あれは、この固い種を地面に高速で打ち込んだのよ。こういう方法で種をまく植物もあるのよ」
そう言いながら、クルミのような固い殻につつまれた種をだしてきた。この種を高速で打ち込んだら、じゅうぶん砲弾になる。地面が穿たれるのも合点がいった。
「プヨンは知ってるでしょ?近寄ってきた動物の体に種を撃ちこんで、死んだらそこを苗床にして育つ植物のこと。種流弾とか言われたりするよね」
フィナが妖艶な笑みを浮かべ、種をプヨンに打ち込むしぐさをする。
植物が種を蒔くのにはいろいろな方法がある。系統としては虫媒花のように動物の体にくっつけたり、風でとばしたりが多いが、中には種流弾、寄生植物や食肉植物のたぐいの危険な植物もあった。
人は手があるから種を取り出せるが、昆虫や動物ではなかなかそうもいかない。もちろん人も気づかなければ手遅れになることもあるし、あたりどころが悪ければ致命傷だ。これも厳しい自然の中での戦いだった。
「ねぇ、あんな回転刃みたいなの撃ちこまれたらどうするの?防ぎ方ってあるの?」
「防ぐ以前に、そもそも角度によっては気づかないんじゃないのか?背後から音もなくとか、音速を超えたら絶対無理だ」
ユコナがひそひそと聞いてくる。プヨンもちょっと想像してみたが、大きめの種が集まっているなら見えそうだが、細かい樹脂や花粉となると厳しいだろう。
止まっていたらまだしも、動いているなら風景がぼやけたりする程度だろう。程度によるが見極めるのは難しそうだ。回転する円盤状態を横から見るなら、なんとか面で見えるだろうが、縦だと薄すぎて黒い糸か線くらいにしか見えないだろう。
意識してないと、本当に空気に切られるかのように、気づかないうちにまっぷたつになってしまいそうだった。
いろいろ考えたが、常に身を固くするくらいしか思いつかない。プヨンの結論は、
「ちょっと無理じゃないかな?フィナとは、仲良くするのがいいんじゃないかなぁ?」
「そ、そうね。それはいいアイデアだわ。で、フィナさん以外は使えないの?」
「え?それは・・・たぶん使える生き物もいろいろいそうだけど?」
「そうよね。じゃぁ、わたしちょっと防いでみようかな?」
ユコナは、何かいい方法を思いついたようだ。試してみたくて仕方がないという顔をしている。
プヨンも試してみたいことがあったが、それは心の中だけにしてやめておいた。
(たった今無理だって言ったのを聞いてなかったのか?)
そのころ、挨拶も終わって、サラリスは、優雅に紅茶を飲んでいた。
(わー、さすがに、美味しいわね。あっちのケーキも美味しそう)
すでに、王子といっても、親しみやすい。目の前にいる緊張感はすでになくなっていた。




