電気魔法の使い方 3-4
「じゃぁ、しっかりつかまっててね、バターアップ」
「え?」
ユコナは、ついさっき空を飛べたことを思い出し、あわてて、座っている横にある手すりにしがみついた。
ほぼ浮いた状態でワゴンを維持することはできるようになっていた。単純に上に持ち上げるだけなら、バランスを取ることは問題なさそうだ。
ユコナがいる側が若干軽い分、ワゴンが傾かないように、上手に持ち上げるよう注意する。
フワッ
「そこの馬車、すぐにとまれー」
プヨン達が止まろうとしないので、さらに声がかかるが、それを無視し、ワゴンが浮かび上がる。
ゆっくりと、高さをましていく。
「ちょ、ちょっと・・・なによこれ・・・待ちなさいよ」
3mか4mくらいだろうか。
浮かぶと思っていなかったユコナが、しがみつきながら声を出すが、慌てているからか地面からの高さに驚いているからか、上ずった声になっていて、よく聞き取れなかった。
もちろん、待てと言われてもすでに止まれない状態になっているし、止まるつもりもない。
そして、連なった3台の馬車の上を、周りにいた騎馬たちが見上げる中を飛び越える。そして、なんとか、橋の上に降り立つことができた。
相手の馬車は、思った以上に装飾の張られた、豪華な馬車だった。ぶつかっていたら大変なところだ。
プヨンは、そのまま、何事もなかったかのように走り去った。
「ふー、うまくいったな。よかったよかった」
無事に地上に降り、安心して、ユコナの方を振り返ると、ユコナは、ふさぎ込んでいるように見えた。
「どうかしたの?」
「今の、もしかして、ロイヤルバナーじゃなかった?しかも、頭文字からしたら、第一王子の隊に見えたよ。それを飛び越えたらまずいんじゃないの?」
「え?そうなの? しかし、上官ユコナ殿の命令は、急いで避けろだったから」
「ふふふ、何言ってるのよ。自分で考えたんでしょ。全責任はプヨンにありますよっと」
いつもは勝手にやったと怒るくせに、今日に限って理不尽なことをいうユコナ。プヨンは、もう一度繰り返した。
「上官の言うことに、正確に従いました。そう、“正確”にです」
『正確に』を、しっかりと強調した。
ユコナは、どうプヨンのせいにするか、しばらくぶつぶつ言っていたが、やがてニヤッとする。何か思いついたようだ。それに、いまさら、すいませんと言いに行ったところで、絶対に面倒になる。
「ま、まぁ、気を付けてね。主犯は罪が重いから」
ユコナもそう言いはするけれど、あまり気にしているわけではなさそうだ。まず、自分たちがだれか、わからないはずだ。
もちろん、サラリス家のワゴン車で、こちらも徽章がついているということをすっかり忘れていたからだが。
そのあとは、特別なことも起こらず、無事、町に戻り、ユコナを送り届けることができた。
町の広場まで馬車を引き取るため、御者と一緒に様子を見にきたサラリスが、行くときと雰囲気の変わったワゴン車を見つめる。とても乗りたそうにしているのがわかった。
「それじゃ、お疲れ様。サラ、またね」
もちろん、疲れていたプヨンは、余計なお願いをされないように、サラリスとは目を合わさないで、そそくさと帰っていこうとした。
「ちょ、ちょっとプヨン、待ちなさいよ。ここは、軽く一回りしましょうかというべきじゃないの?」
腕を掴まれて、強引に引き留められた。さんざん乗ったユコナは、やれやれという顔をしている。
「えー、疲れてるんだけど」
断ろうと思ったら、
「大丈夫よ、サラ。わたし、カブリオレってとっても大変って聞いていたけど、プヨンは、大して疲れない、歩く程度だって言ってたわ。乗り心地がすっごいいいよ。私はちょっと中で寝てるから、一回りしてきたら?」
などと、プヨンのことなどまったく気にせず、サラリスに提案していた。仕方ない、多分ユコナは折れない気がした。さっさと一回りすることにする。
ユコナは中に入り、今度は、プヨンの横にサラリスが乗りこんでいた。
少し、町中をぐるぐる回る。サラリスは物珍しそうにしていた。
道行く人が興味本位に振り返るのが面白いのか、ずっとにこにこしている。まるでパレードでもしているつもりなのだろうか。もう、かなり操縦もなれていて、人がいても、うまく避けながら進むことができるようになっていた。
一回りしたあと、レスルに立ち寄ることにした。
町にいると、2日とおかずにきているので目新しさはない。
しかし、中に入ると、いつもとは違う、妙にピリピリとした空気を感じた。
それに、妙に人が多い。掲示板の前にも、いつもよりずいぶん人が集まっているように思えた。ヒルマや他の職員も何やら忙しそうだ。
「ねぇ、プヨン、なんか、いつもと雰囲気が違う気がしない?」
サラリスも、何かしら感じたようで、プヨンに聞いてきた。理由はすぐにわかった。どうやら、プヨン達がいる、マルキア王国の北側にあるいくつかの自治領の紛争が解決したらしい。
「へー、停戦合意をネタノ聖教は祝福する、だって。平和になるのはいいことだよね」
サラリスは記事を読みながら、説明してくれる。
大きな山脈で隔てられているため、この辺りの戦禍は小さかったが、長年続いていたものだ。犬猿の仲の2つの国は、決して、交流をもたなかった。それをはるか北方のヒルネリア帝国が中心となり、影響下におさめる形で解決したとなっている。
「あのいがみ合っていた国同士がまとまるとはなぁ。交易が活発になりそうだ」
「ネタノが祝福するってことは、宗教がらみの停戦なのかな」
「あっちがまとまるってことは、今度は南にくるってことなのか?そうそう山脈を超えてはこれないだろうが」
平和になるにしろ、戦争になるにしろ、みな、新しくできる仕事、なくなりそうな仕事などを予想しては、話し合う声があちこちから聞こえてくる。
特に、このあたりは大きな紛争もなく、せいぜい、盗賊討伐や、ときおり人里に現れる危険生物の駆除程度しかない。
武力系の依頼を望む人たちは、名ばかりの停戦であれば、ぶり返しがある。逆にチャンス到来とばかりに活気づいているものもいた。
「ふーん、噂には聞いていたけど、北のほうがまとまって南下政策を取るって話は本当なのかしらね」
サラリスも、聞き耳を立てながら、そんな話をしてくる。プヨンは政治面には疎かったが、さすがと言えばいいのか、サラリスはそういった情勢もある程度把握していたようだ。
「へー、意外にも、サラは知っていたのかい?こんな話があるってことを」
「意外とはなによ。常識よ、常識」
サラリスは、褒められて照れているのか、バカと思われていたと怒っているのか、どちらとも取れないような表情をしながら、いろいろと最近の情勢を語ってくれた。
「私たちのいるマルキア王国は、けっこう地方分権型だけど、北側は中央集権型なのよね。土地が豊かでなかったりするけど、国民がきっちり管理されているから統制力があるのよ」
プヨンの周りではなかなか情報が回ってこないが、サラリスなどは本などでも勉強しているのだろうか、国情に詳しかった。
プヨンは、レスルでたまに張り出される情報板か、せいぜい噂話しかわからない。もちろん、興味もないからだ。
「それに、やっかいなのよね。未開の地も多いらしいし、ちょくちょく戦争しているから、戦い慣れている国が多いのよ」
小国だが軍事国家もあるらしい。サラリスがさらにつづける
「噂でしか聞かないような、変わった生き物とかもいろいろいるらしいわよ。地面から口がはえてきたり、亀が空飛んだりとかね」
「は?」
前半は、言っていることがわかったが、変わった生物のところで、一気に信用できなくなった。プヨンが、おかしな顔をしたままサラリスを見つめていた。
「ほ、ほんとよ。なかなかこちらには伝わってこないけど、ほんとらしいわよ」
サラリスのさらなる説明では、嘘っぽく感じられたが、国同士の緊張感が高まっているのは間違いないようだ。
これまでとは、様子が変わっていくのは間違いない。
プヨンは、まもなく学校生活が始まるが、学校といっても、そこは軍学校に近い。ゆっくりと勉強だけしていられるのか、漠然とした不安を感じていた。
とりあえず、レスルの状況はわかったが、プヨンは、数日の予定がないので、レスルで適当な依頼を引き受けて、帰ることにした。




