電気魔法の使い方 3-3
ユコナの視察が無事終わり、翌日は、朝から、ユトリナに予定通り戻ることになっていた。ルフトは、ユコナから護衛を拒否されたこともあって、帰りは2人で戻る予定になっていたが、
「プヨン、今日も、昨日のワゴンで帰るわよ」
「わ、わかったけど、そんなに気に入ったの?」
答えは聞かなくてもわかっていたので、にやにやと聞いてしまう。
「べーつーにー。ちょっとだけよ」
ユコナは、なんとなく、プヨンに気に入ったことを見透かされ、そっけない返事を返してきたが、わかりやすいすねかただ。
たしかに、ある程度浮いている分、地面の凹凸の衝撃が、普通の馬車などに比べると、ずいぶん少なかった。おそらくサスペンション付きのキャリッジタイプの馬車より乗り心地がいいだろう。
マックボードの時もそうだったが、ある程度、荷重を減らして軽くするだけでも乗り心地がよくなる。それは、プヨンも大いに感じていた。
帰路につく時間になった。
レヒト、ミッテには笑顔で、そして、護衛を拒否されたルフトにも渋々見送られた。
形式的な移動ならともかく、中に1人で座っていても退屈だ。2人だけなのもあって、ユコナは、ワゴン内ではなく、プヨンと同じ前の御者席に座る。
外だと景色も見えるし、会話もしやすい。旅を楽しむという点なら、御者席のほうが絶対良いのは間違いない。
「ゼロコンダクティブ」
昨日と同じように、超電導状態の鉛板を利用して、磁力によりワゴン車を浮かせ、プヨンは帰路についた。
ユコナは、地面でガタガタと揺れない、浮上型のワゴンがいたく気に入っていた。
まったく振動がないわけではないが、車輪だけで支える馬車とは雲泥の違いがあった。
ただ、その分、支えが弱いからか、曲がり角などではドリフト気味に振られてしまうし、大きめの石などに乗り上げると大きく弾んでしまうのが難点だったが。
速度は昨日と同じであまり出さないようにしていたが、ずいぶん操縦はうまくなっていた。
昨日のふらふらしたジグザク走行に比べると、バランスを取りながら、道なりにまっすぐ走れる。停止や障害物を避けることも、あわてることはほぼなくなった。なにより、景色を見る余裕ができたのが、大幅な進歩だ。
ユコナと話しながら、順調に進んでいく。
操作の余裕もあり、道の曲がり角などをどう滑らかに曲がるかとか、すれ違う馬車をいかにかわすかなどに注力して遊んでいた。
徐々にスピードもあがってきている。
(よし、そこの下り坂を下りたところのカーブはこう曲がろう)
そんなことを繰り返し、すっかり慣れた。プヨンが次の曲がり角も華麗に曲がる体勢に入り、ワゴン車を制御し、タイミングを計る。
「ここだ」
曲がり始めるベストのタイミングで、横向きの力を加えたところ、
「プヨン、そこで停止!」
急にユコナから、指示がでた。
「えっ?」
予想をしていなかったから、何か飛び出してきたのかと、ユコナの意図もろくに確認せず、反射的に馬車を急停止させた。さらにバランスが崩れ、スピンする。
「え?ちょっと待って。ひゃーー」
プヨンはベルトで席に固定していたから問題なかったが、ユコナは、慣性によって、そのまま空を飛ぶことに成功した。2秒ほどだが。
「停止っていっても、安全に止まれるようにするのは基本でしょ。自分で考えて行動しないとダメでしょ?」
なんとか足から着地したが、勢いあまって倒れこみ、膝とおでこを擦りむいたユコナが、プヨンにお説教だ。
「ワゴンは急には止まれません」
指示通りにしたんだから、ユコナの言い方が悪いとプヨンは思っていたが、ここは、大人な態度で、聞こえない程度に、反論しておいた。
どうやら、道の脇の木の下に、果物の露店を見つけて寄りたかったようだ。
慰謝料の名目で、プヨンに買わせた葡萄ジュースを飲みながら、ユコナの取り調べが続く。
露店販売のお姉さんは、ユコナの理不尽ではあるが、女の子あるあるなお説教に興味があるようで、プヨンとは何度も目が合った。
(がんばって)
同情するお姉さんに支えられるが苦難の時が続く。プヨンは、ユコナと目を合わさないで、地面やお姉さんを見ながら、雷雲が過ぎ去るのを待っていた。
もちろん、ぬるくなっていく自分のジュースが心配で、途中から、ユコナにはばれないように、冷気で冷やし続けることも忘れはしなかった。
ようやくジュースを飲み終えたユコナが、
「十分反省した?今後はどうするの?言って」
と理解と対策を言わせようとする。
「今後は、上官の指示に適切に反抗したいと思います」
バシィッ
有無を言わさず、ユコナがプヨンに落雷を落としたころ、プヨンの葡萄ジュースは、冷え過ぎてフローズン状態になっていた。
お姉さんが、ぎょっとする顔が印象的だった。
雷雲は過ぎ去った。次の雷までに避雷針をユコナにつけようとプヨンは考えていた。
「このジュースは、なかなかおいしかったわね。サラにも買ってあげようっと」
ユコナはサラリスへのお土産用のジュースを買うと、再び2人はワゴン車に乗り込み、出発した。
プヨンはさっき完成させたフローズン葡萄を堪能しながら、ゆっくりとワゴン車を進めていく。十分に冷え切っていて、適度なシャリシャリ感が実においしかった。
そして、すぐにユコナに見つかる。
「そ、それは何よ?」
「え?さっきの葡萄ジュースだよ」
「どうして、シャーベット状になっているのよ」
「え?いや、さっき、冷えたから・・・」
「反省が足りないんじゃないの?ちょっと没収します」
「ちょ、ちょっと待ってよ」
プヨンは、大急ぎで飲もうとしたが、抵抗むなしく、コップを奪われ、3分の1ほどは残りを飲まれてしまった。
「あーあ、ひど」
「こ、これ、美味しいね。どうやったの?」
「え?いや、かき混ぜながら半分だけ凍らせたんだよ」
「へー、そうなんだ。いつ?」
「つい、さっきだよ」
そういいつつ、ユコナは、サラリスへのお土産用の葡萄ジュースを取り出した。
「それ・・・どうするの?」
「作り方を教えてよ」
「魔法で水を凍らせるようにしながら、ゆっくりかき混ぜるとできるけど、いいの?」
「え?大丈夫。私もできると思うよ」
プヨンは、ユコナがもう一本分をフローズンにして飲み干すまで、再び、ワゴン車操縦の練習をしていた。もちろん、あとでサラリス報告もするつもりだ。
疲労してきてはいるが、プヨンとしては、そこまで全力でなくても走り続けられた。
「プヨン、今日は表情がないわね。やっぱり、ワゴン車を操縦するカブリオレは大変なの?」
飲み終わって、再び、口が自由になったユコナが話しかけてくる。たしかに、目の前に集中しているからか、厳しい顔をしていたかもしれなかった。
「大丈夫。疲れはするけど、軽く走ってる程度の疲れだし」
「え?そうなの?これだけの距離、ワゴン車を走らせてるのに?私、前に聞いたんだけどなぁ。馬代わりにワゴン車を操縦するカブリオレの資格取るのって大変ってみんな言うし」
「疲労度はそうでもないけど、操縦はけっこう神経使うかも。それでも、だいぶ感覚がつかめてきたよ。どう押すかとか、力加減はどうすればいいのかわかってきたからさ」
「じゃぁ、なんで、そんなに静かなのよ」
「いや、ちょっと考え事していて。こうやってワゴンを浮かせているわけだけど、今のような現象を利用する方法と、重いものを持つように、おとなしく真上に持ち上げるのと、どっちが魔力の消費が少ないのかと考えてたんだよ」
「へー、でも、直接持ち上げるって、無理じゃないの?できるのかな?で、結論はでたの?」
「さぁなぁ、そうでもないと思うよ。ユコナが出す大きな氷と思えば。直接持ち上げたことがないから、よくわからないけど」
「なによそれ。結局、わかってきたのか、わかってないのか、わからないよ」
そんなことを考えながら、町の手前にある大きな川が見えてきた。橋を渡ってこの川を越えたら、もう町まで目と鼻の先だ。疲労もあるが、あと少しと気が緩んでくる。
そして、橋の前まできた。橋は、幅がそれほどなく、馬車が2台並んですれ違うのは、けっこう面倒だった。
そのため、ここで対岸の様子を見て譲り合うことが多いが、さいわい、橋の付近には誰もいない。
川幅がそこそこあるから、途中で馬車などがくるとすれ違うのが面倒だ。反対からだれもこない間にさっさとわたってしまいたかった。
しかし、なかほどまで渡ってきたとき、反対側から、数台の馬車が連なってくるのが見えた。しかも先頭の騎馬は、武装している。
どうやら大型の槍を持っている装甲騎兵のようだ。
「ま、まずいわ。プヨン。あの馬車は避けないと」
「え、そうなの?こっちが先に渡りだしていたよ?」
ふつうは、すれ違えない場合は先にわたりだした方が優先権があるのが一般的だが、ユコナは引こうという。
「先頭の騎馬とか、旗指物(はたさしもの=マーク)を見たでしょ。どこでもいいから、急いで避けて」
ユコナはしつこく避けろと言う。そうユコナが言うなら、避けたほうがいいのだろうが、なんとなく気に食わない。
プヨンがどうしたものかと考えていると、向こうの騎馬から、声がかかる。
「そこの馬車、道を譲れ。後ろに下がれ」
声を張り上げ、こちらに譲れと言ってくる。あちらが譲る気はまったくなさそうだ。
頼むならともかく、威圧的で、少しムッとする。もちろん、後ろに下がる気にはサラサラならなかったプヨンだった。




