電気魔法の使い方 3-2
ユコナは、デポン達を引き連れどこかに行ってしまった。ガンオーの件で話をするためだろう。
プヨンは1人とり残されたが、ちょうどこの機会に、昨日計画した実験に取り掛かることにした。レヒトと話をした鉛板の件だ。
ワゴン車が停めてある車庫の方にいくが、まわりには誰もいない。半屋外ではあるが、邪魔されることなく、じっくりと試すことができそうだ。
「フォレクラフト」
筋力強化を使い、行きがけにレヒト経由で頼んでおいた鉛の板を運ぶ。50cm四方で、厚みが2cmくらいの板が準備されていた。
これだけで、重さは約50kgほどあるが、筋力強化のおかげでなんとか持ち上げられた。重さはなんとでもなったが、大きいため手が届かず、持ちにくいほうがやっかいだった。
そして、ストレージから、以前に使った水晶の短剣を取り出す。板にはなるべく大きな真円になるような目印の線を書き、丸く切り抜くことにした。
「クォーツ」
超音波振動を利用する。鉛は硬度7の水晶よりずっと柔らかいから、高速振動する水晶に触れていると、適度に押し付けるだけで徐々に摩擦で削られ、切断されていった。
「あちっ」
そうは言っても、摩擦で切るには、厚みのある鉛板は思った以上に時間がかかり、摩擦熱でかなり刃先も板も熱くなっている。
「サブリメーション」
二酸化炭素を固体化させて、切断面周りに吹き付けることで熱を奪い取りながら、たっぷり30分近くかけて、きれいな円盤状に切り取ることができた。切断面が乱れているため粗くなっている。そうしたバリなども上手に削り取ったころ、ユコナが戻ってきた。
「プヨン、何してるの?」
「いや、ちょっとばかり実験を」
「へー、何の?」
「あー、なんていえばいいんだろう。ワゴンの乗り心地がもうちょっとよくならないかなと思ってさ」
ユコナは、切り出した丸い鉛板を見ているが、まったく想像できないようだ。
「この丸い板で?ワゴン車を?これは車輪代わりにするの?」
「うーん、どう言ったらいいんだろう」
そう言いながらあたりを見回すと、ちょうど、薄い木箱が2つ転がっているのが見えた。
「あー、これがいいかもな」
そう言いながら、木箱を持ってきて、地面の上に、木箱、円形の鉛板、木箱の順に置いてみた。
「そこの木箱の上に乗ってみる?」
「え?この上に乗るの?なんで?」
「ちょっと試してみたいことがあるから。まぁ、ちょっとした実験だよ。寒いかもしれないから気を付けてね」
プヨンは、そう言うと、ユコナが木の箱に乗った後、下側の木箱の周りに円状に磁界を発生させた。
「ヘルムホルツチェインバー」
以前ニードネンが落雷の魔法を使った際、磁界を利用して電流を曲げるのに使った魔法だ。
今回は、木箱の下から上向きに磁界が発生するようにした。
そして、
「ゼロコンダクティブ」
鉛板を冷却する。さすがにそこそこの大きさのある金属板の上に、まわりの空気から熱を受け取ってしまう。最初は簡単に冷えたが、-150℃くらいからペースがにぶる。
空気が冷やされることにより白煙が立ち上り、結局、鉛版が-270℃程度まで下がるのに、たっぷり3分近くかかった。しかし、これで、鉛板は超電導状態に入った。
フワッ
「え?え?え?」
「おっ。思ったよりうまくいったかも。あんまり動かないでね。バランスを崩すと落ちちゃうからね」
鉛版が磁気を通さなくなったため、下側の木箱は置かれたまま、鉛板が10cm程度浮き上がる。もちろん、その上の木箱、そして、ユコナが、空中に浮きあがった。鉛板が不純物を含んでいるのだろう。磁力線の通りやすいところがあり、マイスナートピン効果により、多少ユコナが動いても磁力線が鉛板を中央に戻してくれる。思った以上に安定して浮かせることができた。
「ど、どうなってるのよ?鉛板を持ち上げているんですか?どうやって?」
「いや、ワゴン車って、がたがた揺れていたでしょ。これだと、安定するかなって思って」
「説明になっていませんよ。ひゃ」
とりあえず、磁界も冷却も一段落し、再び木箱の上に鉛板を置いて、ユコナを下ろしてやった。
「ふーふー、とても、緊張しました。金属板ごと持ち上げられていたのですね」
「まぁ、そうだね。ただ、冷やし続けるのは大変だから、もうちょっと工夫がいるかなぁ」
プヨンは、もう一つ、金属の箱を用意していた。魔法瓶のように密閉し、その中に鉛板を入れてやれば、板の温度も一度下げると、ある程度維持することができるように思えた。
「よし、帰りはワゴンに取り付けてみよう。ダメでも、帰れなくなるわけじゃないしね」
「何、1人で納得してるのよ?」
「え?いや、こっちの話。大丈夫」
プヨンは、今回、来る前から試してみたかったことに道筋がついたことがなんとなく嬉しかった。
「どうする?もう用事は終わったのかい?そろそろ戻る?」
そうユコナに聞くと、ユコナも用事が終わったのか、
「うん、一休みしたら戻るけど、もう、大丈夫そうなの?」
プヨンの準備を見ながら、心配してくれた。これを取り付けないとすぐには使えない。どうしようかと思っていると、
「ユコナ様、もう一度お越し願えませんか?」
鉱夫の1人が、再度ユコナを呼びにきた。今のうちだ。ユコナは、再びどこかに行ってしまったが、その間に、ワゴン車の下に、さっきの断熱の容器に入れた鉛板を取り付けてみる。
取り付け自体はそう時間もかからず簡単にできた。ただ、実際に操縦をしてみると、これが思った以上に難しく、なかなか狙ったように運転できなかった。
「うーん、完全に浮かせてしまうと、まっすぐ進ませるのが意外に難しいな」
車輪の時は、もともとの車輪が接地しているため、少々乱暴に引いても、極端に曲がったりすることはなかったが、浮いてしまうと重心軸がずれるだけで、容易にくるくるとスピン状態になってしまう。
まっすぐ進むのも簡単ではなく、結果、千鳥足のようにジグザグに進んでいた。特に停止することが一番難しい。下り坂などは怖くて走らせられない。止まるだけでも大変だった。
ちょっと悩んでいると、ユコナが戻ってきて、
「どう、乗って帰れそう?」
「いやー、ちょっとどうかな。思った以上に難しいかも」
「どうして?どこが違うの?」
いろいろ試したが、結局、完全には浮かさないで、少し荷重を残すこと。
「なんか、押し方にこつがいるのかな?」
「点ではなく、面で押すとか?」
「なるほど。面か」
「あるいは、馬車のようにするなら、両側を紐で引くようにするとかは?」
ユコナは乗る側だからか、わりと的確なアドバイスをくれる。特に、押すのではなく引くようにするのは、くるときでも確認していたことだ。これでなんとか乗れそうな程度にはなった。
「だいぶうまくなったんじゃない?乗っていると、こんな岩の転がった地面なのに、凹凸での揺れをあまり感じないよ。乗り心地がすごくよくなったと思う」
なんとか、帰る前にはユコナから了承をもらえ、帰路につくことになった。




