鉱物の取り方 1
翌朝、プヨンは、自然に目が覚めた。たしか、今日は、近くの鉱山にユコナが視察に行くという名目になっている。
何かは詳しく聞いていないが、みんながユコナに見てもらいたいものがあるらしい。ついでに、そこにいくと、先日お願いしておいた鉛板も用意されていると聞いていた。
朝食前、プヨンは、おそらく、鉱山に行くためにワゴン車を出してくれと言われるだろう。
先回りしてその準備をしていると出遅れてしまった。戻った頃には、すでに誰もおらず、用意されていた朝ごはんを1人で食べ、その後はのんびりと、何をするでもなく時間が過ぎていった。
もともと、この邸宅では、3人ほど使用人のような人たちはいるが、大金持ちのようにそこら中にうじゃうじゃいるわけではない。
それに、プヨンも、へたにかまわれるとかえって緊張する。1人でできるとお節介を断ったこともあって、無駄に世話焼きにくることもなく居心地がよかった。
たまたま、今回のために臨時で連れてこられた見習いのメイドさんが1人いたため、新顔同士、困った時には気軽に聞ける相手がいて助かっていた。
食事が終わって、優雅にお茶などすすっていると、
バタン
「プヨン、いつまでくつろいでるの。そろそろいくわよ」
プリプリしたユコナが、扉を開け放ち、プヨンを呼びつける。今日は、野外ではあるが意外に軽装で、厚手の短パンを履いているくらいだった。鉱山は、草地や森ではないから、これで問題ないのだろう。
「は、はい。行きます」
思わず、反射的に、立ち上がってしまい、お茶をテーブルにこぼしてしまった。そばにいたメイドさんに、後始末をお願いしながら、慌てて駆けつけた。
さっき準備したワゴン車を用意する。
乗り込んだのは、プリプリしたユコナ、げんなりしたルフト、そして、鉱山関係の主任の3人だ。
主任は、ルフトと同年代くらいに見える。名前はデポンと名乗ったが、名乗る早々、
「私は、そちらの外側に乗らせてもらっていいですか?案内をしますので」
と聞いてきた。
「えぇ、デポン、ちょっと待ってくれよ。中に入ってくれ」
「ルフトさんは、中にお入りください。もう少し、お話があります」
ほっぺぷくぷくのユコナはルフトを強引に中に押し込む。もちろん、危険を察したデポンはさっさとプヨンの横に座っていた。
旅は順調だった。
「今回、現地までは、わたくしが案内します。まぁ、ほとんど一本道ですけどね」
「よろしく」
聞けば、デポンは、鉱山内の一部門長らしい。ルフト達への事前の説明を兼ねて、儀礼的に迎えにきていたらしい。
「こ、これは。馬なしは、見たことはあっても、乗るのは初めてで。なんというか、見慣れなくて、違和感がありますな」
「自分も、最近できるようになったばっかりで、まだ、慣れていなくて。基本は押したり引いたりするだけですけど、乗り心地に意見があったら、教えてください」
慣れないとは言いながらも、デポンは、ワゴン車を楽しんでいるようだ。道中は暇なのもあっていろいろ教えてくれた。
もとは、ユコナの先祖がこの地の地主的な存在であったところ、大きな台地の下に鉄の鉱脈があることに気づいたのが始まりらしい。
鉄以外にも他にいくつか採れるそうだが、少し前に、ちょっと変わったものが掘り出された。
どうしたものかと思っていたところ、ちょうどユコナがくるとなって、これ幸いと見てもらおうとなったようだ。
「変わったものって?」
「まぁ、何といえばいいのか。たまに出るんですけどね。意思のある石ってやつなんですが、今回はちょっと危なくて、近寄れなくて」
「意思のある石?」
「まぁ、見てもらってからで。口ではうまく言えないので」
(意思のある石といえば、先日の学校帰りに森経由で帰った時、河原にいた『岩キャノン』、あんなやつか?)
なんとなく、想像はできた。あれは危ない。予測が当たっているかはわからないが。
そうこうするうちに、何度か別れ道を進み、徐々に、登坂に差し掛かってきた。
坂の傾斜分、ワゴンを引き上げる力が必要になる。ただ、頻繁に採掘物を運ぶからか、道路は整備されているため、負担はそれほど感じなかった。
「ここが最後の別れ道ですよ。ここからは、ひたすら一本道です」
デポンが、道を指示してくれる。別れ道のところで、一度、動きを止めて確認をした。
ふと、ワゴン内から、ユコナがルフトを問い詰める声が聞こえる。
「しかし、レヒトさんは、そう言っていましたよ、違うのですか? 」
「い、いや。それは誤解です。レヒトは、想像でものを言っているので」
「火のないところにとも言います。私も、もうある程度自分で身を守れます。学校入学以降の護衛は、控えめにお願いします」
「は、なるべく意向に沿うようにさせていただきます」
ルフトのため息が聞こえてきそうだった。ユコナはプヨンの冗談をすっかり真に受けたようだ。昨日の24時間監視の件で、ルフトが問い詰められていた。
ユコナの主張の根拠である『レヒトさんが言っていた』が何度も聞こえ、そのたびに、ルフトが『誤解です』と釈明する声が返る。それも、徐々に弱々しくなっていった。
きっと、あの後、邸宅に戻った後、レヒトも悪ノリして、すべての罪をルフトに擦り付けたと推測した。
おそらく、今のワゴン内は、極寒の地となっているのだろう。種をまいたプヨンとしては、少し心苦しかった。少しだけだが。
プヨンの心苦しさは、まわりの景色を見ていると癒された。
岩場の山道を登る。道が急に細くなり、妙に遠回りしていることに気づいた。なぜか山を回るように、大きく迂回している。
気にはなったが、言われた道を進むと、やがて丘の上に出た。下を見ると、ところどころに坑道の入口らしきものや、露天掘りしたあとなのか、掘られたクレーターのような大きな穴も見えた。
「着きましたよ」
デポンにそう言われた。現在、採掘している最寄りについたようだ。
近くに、休憩場所なのか、掘立小屋のようなものも見える。その近くにワゴン車を運んでいった。
プヨンが当たりを見回すと、遠くのほうに大きな石の塊が見えた。違う方向を見ると、採掘しているのか、鉱夫が石を掘ったり、運んでいるのも見える。
とりあえず、デポンは、プヨン達3人を連れて、鉱夫達に向かって歩いていく。
そこでは、10人ほどが1か所に集まって、何やら相談しているようだった。
「なんかあったのか?そんなところに集まって」
ユコナ達の紹介もなく、デポンは、先に仕事の話をしてしまうようだ。
「あぁ、デポンさん、お帰りなさい。いや、ちょっとね、この下に鉱脈がつながっているらしいんだが、ここの大岩が硬くて下に掘れなくてね、どうしたものかって、皆で悩んでたんですよ」
鉱夫の1人が、つるはしのようなものの先を地面に打ち付けながら、ここが硬いとアピールする。
人力で掘ると、ちょっとしたことで難題にぶつかってしまうようだ。火薬などもあるようだが、火薬の生産量も多くはなく、使い方も限定されていた。
しばらく、プヨンとユコナはほったらかしにされていた。デポンと鉱夫は、この岩をどう砕いて掘り進めるか、いろいろと議論している。
「ねぇ、プヨン、どうしよう。これが困っていたことなのかな?」
「うーん、違うんじゃないの? それだったら、昨日相談されてるでしょ。策も聞かれてないし。ふつうは考える時間をくれるでしょ。ユコナが画期的な策をすぐ出せる自信が有ればしらんけど。」
「そうよねぇ」
しかし、このままでは、拉致があかない。本命でないところで、あんまり時間も取られたくなかった。
「なんとかしてあげれば?」
「えぇ、そ、そんなの無理よ。岩を砕くんでしょ?」
「うん。ユコナは、水を出せるから、できそうに思うけどなぁ」
ユコナは、確かに水が得意と自覚があった。しかし、プヨンの意図がよくわからず、即答しないで少し考えているようだ。
「ダメ。ちょっと思いつかないよ」
ユコナは、首を横に振って、難しいと答えた。
デポン他数名は、自分たちの議論をしていたが、すぐ横で、プヨンとユコナが、できるできないなどと話をしているのに気づいた。
「ユコナ様、何か、ご見識がおありですか? 差し支えなければ、お教え願いたいのですが」
「い、いえいえ。ちょっとこちらの話で」
あわてて、手を横に振り、拒否を示す。
「うーん、ダメならダメで、今より悪くならないんだから、試してみたら?」
プヨンが、そう言うと、デポンは、急に表情が明るくなり、藁にもすがるような思いで、
「そ、そうです。是非、試させてください。どのようにすればいいのでしょうか?」
ユコナににじり寄ってきた。
「えー。そんな。何も良案はありませんよ。プヨンどうするのですか?」
ユコナは、どうすればよいか途方に暮れながらも、無下にできず、試せることは試してみようと思った。




