領地運営の仕方 5
レヒトは、到着したメンバーを見渡すと、
「ようこそ、疲れたでしょう」
ルフトの兄のレヒトは、ルフトをよりがっしりとしたタイプに見えたが、聞いた話では魔法の方が得意らしい。
以前、ユコナが小さい頃は、氷系の魔法の扱いについて、さわりを教えてもらったと言っていた。レヒトは、順番に挨拶をしていったあと、
「そうか、きみがプヨン君か。私はレヒトで、こっちは、妻のミッテだ。きみの話は何度も聞いたことがある。すまないが、ワゴン車は、とりあえずあっちの納屋のほうに運んでおいてほしい」
どうやら、レヒトは、ユコナかルフトあたりから、プヨンのことを聞いて知っていたらしい。
(何を聞いていたのやら)
プヨンは、何を言われているかは、気になったが、ただ、頷くだけにしておいた。
レヒトから指定されたところにワゴン車を停めた。その後、ミッテに案内され、主邸宅に案内される。
長く使用されてきた趣のある石造りの2階建てだが、どこにでもあるような建物。大きさも家族と、せいぜい身の回りの世話をする者が数人いたら、いっぱいになりそうな大きさだ。
逆に、その隣に建っている木造の建物のほうが数倍広かった。こちらは、屋敷というよりは、寄宿舎のように見えたが。
普段から十分に掃除がされていることと、もともとユコナはこちらで生活していたこともあり、この小さいほうの主邸宅で寝起きすると聞かされていた。
「私はあんまり覚えていないんですけど、こちらは寝起きだけで、お仕事は町中でしていたらしいです。今はあまり使われず、レヒトさんは、脇にあった控えの建物を使用しているそうですよ。あちらは建物自体は大きいのですが、多数の方がこられた時や、小規模な部隊などが立ち寄った時に宿泊所として使います。部屋数が多く大きいのですが、生活するとなると味気ない建物です」
過去には紛争や災害、時には、害獣の発生などでの軍隊移動時や、定期的な視察で大勢が駐留することもあるらしい。プヨンが不思議そうな顔をしていたからか、ユコナがいろいろと教えてくれた。
プヨンは、食事のあとは、ユコナ達の話をそれとなく聞いていたが、ユコナは、長時間の移動で疲れているようだ。お腹が膨れたこともあり、急速に眠くなってきたようで、早々に自室に引き上げていった。
さすがに、ユコナを宅内に一人で寝かせるわけにはいかず、ルフトと、一応、プヨンも客間で寝ることになっている。
プヨンは、それなりの威力を出しながら、これだけの長時間、魔法で移動し続けたのは初めてだった。激しい運動のあとの筋肉痛とは違うが、けだるい感じがしている。与えられた部屋をろくに確認することもなく、すぐ寝入ってしまっていた。
翌朝、熟睡したのか、朝早く目が覚めた。することも特になく、散歩がてら、明るくなっている庭をうろうろしていた。
日が昇り始めた庭を改めて見ると、邸宅の大きさに比べ、やたら広い庭に見えた。ただし、庭園ではなく、ただの草地、もっというと、運動場のように見える。たしかに、それなりの人数の移動などでも滞在できそうだ。ちょっとした訓練などにも使用されるのだろう。建物から、敷地の出口の門近くまで歩いてみたが、10分ほどかかっていた。
「もう起きたのかい?早起きだな」
一周まわって、ワゴン車を停めた納屋までくると、レヒトに声をかけられた。
「おはようございます」
「このワゴン、1人で引いてきたってのは本当か? カブリオレの資格でもあるのかい?しかし、町間を移動してしまうとはな」
カブリオレとは、魔法でワゴン車を牽引する、駅馬車などの御者資格のことだ。
「いや、今回初めてですけど、思ったほどきつくはなかったです」
「な、なんだって。きつくなかっただって? ルフトがへんだと言っていたことはこういうことなのか」
「ルフト? 何か言っていたのですか?」
「い、いやいや。なんでもない。長距離移動の後だから、ワゴン車を点検していただけだ。そうだ、もし、何か、不足などあるなら、何でも言ってほしい。できることはするから」
ルフトが何を言ったのか気になったが、そうほめているとは思えない。勝手なことをするとか、そんな程度だろう。だからといって、そんなことを否定しても意味がない。せっかくワゴンのそばにいるのだから、帰りのことも考えてワゴンを改良することを試してみたくなった。
「そういえば、このワゴンの下に、鉛板をつけたいですね。そんなのありますかね?できれば、鉛の板を入れる金属の箱もほしいですけど。このくらいで」
このくらいでと、両手を広げて説明する。1m四方くらいだろうか。
「鉛? ワゴンの下に鉛の板なんか何にするんだ? 鉄とかじゃなくて鉛なんだな?」
魔法瓶のように、二重構造にして、中に鉛板を入れようとしたが、すぐにそんなものは手に入らないか。まぁ、ダメでもともと、手に入ればラッキーくらいだ。そう思っていると、
「ふーん、何に使うのかは知らんが、明後日、ユコナ様を日帰りで鉱山町にお連れする。そこで手に入るかもしれんな。まぁ、それは、今晩のことが終わってからだが」
(今晩?今晩何かあるのか?)
プヨンは、レヒトが最後に言ったことがひっかかったが、そこで、朝食に呼ばれる声が聞こえた。レヒトとプヨンは、急いで食堂に向かった。
おいしい朝ごはんだった。すぐそばの牧場で獲ったハムなどを使った料理だ。特に口の中で溶けるような生ハムのサンドイッチは絶品だった。
朝食が終わると、ユコナは、町中を見て回るらしい。
「プヨンは、このあとどうするの?予定はないんだから、一緒にくる?」
「え、あ、うん、いや、町までは一緒に行くけど、あとは、ぶらぶらしているよ」
プヨンも誘われたが、どうせユコナは観光を兼ねながら、決まった視察ルートで、役所の業務や建物を見て回るのだろう。気疲れするだけだろうと断った。
朝食後は、頼まれるまでもなく、ワゴン車を出して、ユコナ達を送っていった。
「俺のことは、すっぱりと忘れてくれ」
「わかった。プヨンとは、これまでよ」
お互い、別れを宣言し合った。もちろん、最後の抱擁などもなく、たんたんと別れた後、プヨンは、町中をぶらぶらと見て回った。
レヒトが言っていたように鉱山が近くにあるなら、鉄などが取れるのだろうか。武器屋や農具屋が何軒か連なっている。剣や槍などの武器も鉄製だ。精錬にでも使うのか、石炭なども取り扱われていた。
あとは、レスルで依頼の掲示を見ながらまわりの雑談に聞き耳をたてる。そして、昼飯として、露店めぐりをした。そうこうしているうちに、あっという間に夕方になっていた。
「プヨン、ここにいたのね。1日考えたけど、やっぱりあなたがいないとダメみたい」
「そうなのかい?俺は、1人でも帰れるけど」
「あほか、お前は。さっさとワゴンを持ってきて、俺たちを連れて帰れ」
ユコナとプヨンが上辺だけ再会を喜ぶが、それをルフトが遮る。
まぁ、ユコナと言葉遊びをしていただけだから、ルフトの言う事はもっともだ。
プヨンは、ワゴン車をすぐに取りに行った。ワゴン車に乗り込んだ後、珍しく、ルフトがユコナの学校のことを話しだした。
サラリスも境遇としては同じではあるが、ルフトはユコナ贔屓なのか、学校にいくと今までと環境が変わるのが心配だなどと言っている。ルフトはルフトなりにいろいろと思うところがあるようだ。
そんな話をしているうちに、ユコナ邸に帰還した。
夜の食事も滞りなく終わり、ユコナは精神的に疲れたのか、先に寝ると部屋に下がっていった。プヨンは、時間的にまだ早いこともあり、しばらく、ゆったりと食事場所でくつろいでいたが、気晴らしに散歩でも行こうかと立ち上がり、外に出ようとした。
さっきまで姿を見ていなかったが、ルフトがいつのまにかそばにいた。タイミングを合わせて、ルフトも立ち上がる。プヨンは、ルフトが後ろに立とうとしていることに気づいた。振り返って、
「何か御用で? 」
「やはり、気が付いたか。食後の休憩も取ったし、まだ、時間もあるだろう。裏ミッションがあるんだ」
ルフトにそう言われ、肩を組まれて、表に連れ出された。




