領地運営の仕方 3
「実はね、サラにひどい目に合わされてね」
「えっ、ひどいめ?」
唐突にユコナが切り出した。プヨンは大げさに驚いて見せる。
もちろん、ユコナが立たされていた件だろう。他には心当たりがない。
プヨンとの秘匿通信のつもりで、ユコナがサラリスの極秘事項をばらした件で怒られたに違いなかった。
「れ・い・の、誰かさんとの通信でね、サラリスに怒られたのよ」
「へー、そ、そうなんだね」
含みをたっぷり聞かせながら、ユコナが、プヨンを見つめていた。プヨンも同じ方向を見る。そこにはいつもの見慣れた壁があった。
(ユコナの方を振り向くとやられる)
たっぷり10秒。プヨンは、背中に冷や汗が流れるのを感じた。しかし、
「まぁ、それは、もう気にしないで。すんだことだしね。それに、今日きたのはそれとは違う件なんだけどね」
(え、違うのか?助かったのか・・・)
プヨンが、ほっと一息ついたのをユコナは見逃さない。
「実はね、話すと長くなるんだけど、サラのお父様から言われたの。今度、私もプヨンと同じ学校にいくことは知ってると思うけど、16歳になるのよね。だから、この機会に今後の領地管理のことも踏まえて一度一人で見てきなさいと。それに現地で何か困ったこともあるらしいから、聞いてきてほしいと言われたの」
そう言えば、以前に聞いたことがあった。
ユコナも小さい頃、両親が強盗か何かに襲われて亡くなったと。そして、親戚筋のサラリスのところに引き取られたと言っていたはずだ。
ユコナの管理領地は、ここからそう遠くないはずだ。ユトリナから馬車でいけば、がんばれば1日でつく。
国境の空白地帯に入る少し手前だった。
「まぁ、領地っていっても、ずっと以前、先祖が開拓した国境近くの土地らしいけどね。それでも、小さい町もあるし、それなりに村もあるらしいの」
小さい頃の記憶の風景でも思い出しているのだろうか。ユコナは、少し違うところを見つめている。少し待つ。
「立場としては、わたしは区域長ってところらしいわ。今は平和だし、徴税と治安維持、あとは、道路とかの管理をざっとするくらいよ。今までは、サラのお父様が一緒に管理してくれていたんだけど、何年も行っていないし、今後は私自身がかかわっていかないといけないから、一度見てきなさいと」
ユコナがざっと説明してくれた。
領地自体は、世襲管理の領地などを、近親者が一時的に代わりに統治していることになる。いわゆるリージェント制度だ。ユコナの場合は代わりの知縁者として、サラリスの親が管理していた。
そして、直系の血縁者がユコナだけなので、いずれはユコナが引き継ぐことになっていた。
だから、その心づもりで準備をしろと言われたのだろうか。
「だからね。私が言いたいのはね、サラに怒られた件の影の黒幕、プヨンに手伝ってほしいの」
「えっ、黒幕? ぼ、ぼくは、無実だと思います」
「わたしね、サラリスに、誰と話したのか聞かれたけど、うっかり独り言が漏れたって言ってあるの。えらいでしょ。だから、ね、プヨン。お願いよ」
「え。そんなぁ。ちょっとひどい気がする」
ちょっとどうしたものか考えていると、
「ごめん。黒幕は、ちょっと言いすぎたわ。共犯よね。じゃあ明日の朝出発よ。お願いね。準備はいらないわよ。体だけきてくれたらいいわ」
(黒幕から共犯ってフォローになるのか?)
プヨンの思考対象が無意識にすり替えられていることに、プヨンは気づかなかった。
「わ、わかったけど、僕でいいのかい?」
「ありがとう。快く引き受けてくれるのね。サラもこれないし、ちょっと1人で不安だったのよね」
約束を取り付けると、ユコナはこれで強権発動しなくてよかったと機嫌よく帰っていった。
翌朝、プヨンは時間通りに約束の場所に行った。
しかし、馬車がなく、ユコナと姿を消したルフトだけが立っていた。
理由を聞くと、馬の手配がうまくいかなかったらしい。
リキシャ―タイプと呼ばれる、動物のかわりに人が魔法で動かすワゴン車だけを誤って手配したらしい。
今回は、町間の長距離移動となることを考えると、リキシャ―での移動は、疲労度などの問題があり難しい。どうするか検討しているとのことだった。
リキシャ―とは、プヨンがマックボードで移動するように、馬車の後ろ部分であるワゴン車だけを魔法で押して移動する乗り物だ。
ただ、荷馬車のような質素なものならともかく、ユコナが手配したものは装飾もある。
人も入れると約2トンほどの重さになることを考えると、疲労度は段違いに多くなる。
ただ、しっかりとした車輪があり、舗装されている町中移動であればそう長距離でもないため、富裕層の示威行為もかねてよく使用される乗り物だった。
それは、重量物のワゴン車を移動させられるほどの魔法の使い手が護衛についている、抑止力をかねたアピールにもなるからだ。
ひととおり事情を説明したあと、ユコナが頼んできた。
「プヨン、プヨンなら、このワゴン車を制御できるでしょ?御者になってくれない?疲れたら私も交代するから」
「そ、それは、さすがに無理な頼みではありませんか?距離もありますし、ある程度時間通りにたどり着かねば、問題が起こりますよ」
嫌味ではなく、真剣にルフトが心配してくれている。たしかにちょっと疲れましたので途中でやめますとはいかない。無理からぬ心配だった。
詳しく聞くと、ここから、北の方向、国境沿いに50kmほどいくと、ユコナの管理領があるらしい。そこまで、ワゴン車の御者として、魔法で移動させてほしいとのことだった。
「いいのです。プヨンなら、たぶん、できると思いますから。私でも、ある程度の距離ならできるので、交代でやればなんとかなると思います」
ユコナは、最初から、プヨンが!できないとは思っていないようだ。
「え、ユコナ様、ユコナ様にそれをしていただくわけにはいきませんが・・・それに、途中で、疲れたからやめるというわけにもいきませんぞ? 」
そうは言っても、ルフトの懸念もなかなか晴れなかった。
考えてみれば、当たり前だ。
いくら車輪で転がり摩擦が少ないとはいえ、町の外は、石畳なども十分に整備されておらず土の部分もある。
多少、地面ののアップダウンもあるだろう。50km近い移動となると、少なくとも数時間はかかる。
重量の10%程度の力で押せたとしても、ちょっと計算しただけでも、火球でいえば数万発に相当する。それなりの時間をかけるとはいえ、必要な魔力量が、毎秒2発の火球を休みなく5時間打ち続ける程度と考えれば、単独ではそう簡単にはできないことと思われた。
しかし、プヨンは、最近、対生成などを通して、自分の魔力量、持続時間がある程度わかってきていた。この程度なら、できそうな自信があった。
「わ、わかったよ。たぶん、そのくらいならできるだろう。やってみるよ」
「わー、やっぱりね。プヨンなら、そのくらいの自信があると思ったのよ」
「しょ、正気か? 途中でへばっても、最後までやらせるぞ」
ユコナはどうやらプヨンができると信じてくれているようだが、ルフトはどう考えてもできないと思っていた。
見通しがついて、ユコナがうれしそうにする。ただ、ルフトは、
「ユコナ様、それは、万が一のとき、動けなくなってしまいます。手前所有の馬があるので、私は馬に乗って並走し、万が一の動力を確保しますぞ」
と、保険が必要と主張してきた。もっともな提案だと思われ、それで話がまとまった。いけるところまでは、プヨンが魔法で御者をしてワゴン車を動かす。
そして、万が一、プヨンが疲れてきたときには、ルフトが乗って連れて行く馬を補助動力源にするようだ。
とりあえず、どうするかは決定した。
とりあえず、ワゴン車をここにもってこなければならないため、ルフトは一度戻っていき、しばらくすると、自分の馬を使ってワゴン車を引っ張ってきた。
みなが乗り込むとすぐに出発することにした。




