かみの子の作り方 2-1
朝早くから、サラリスが突撃してきた。教会の庭を掃除していたプヨンに、食って掛かる。
「プヨン、正直に言いなさい。ここに、ユコナは来なかった?」
プヨンは、先日の試験以来、ユコナには会っていなかったので、
「どうしたんだい?血相変えて。何かあったの?」
「ユコナは、重要参考人よ。機密漏洩よ。どこかの誰かに重要事項をリークしたの。召し取らないと」
そう言いながら、サラリスは、庭の茂みや大きな木の周り、枝の上などを見て回っていた。
ユコナが何かやらかしたのはすぐにわかった。ただ、それをサラリス本人が1人で探しているのは不自然だった。何か重大な機密事項なら、そういう部署が動きそうだし、ただ、探しているのなら、人手をかけたり、他人を使ったりもできるはずだ。
「ここかと思ったのに、きてないのね。もし、きたら捕まえておいてよね。レスルに見に行くから、あとで、またくるわ。」
言うだけいうと、サラリスは返事も聞かず、走っていってしまった。
サラリスがいなくなってしまうと、もう1つ気配がするような気がした。もしかしたらと思うが、気のせいかもしれない。庭のはずれを見ながら、
「ユコナ、いるんなら出てきたら?そこにいるのはわかっているから」
どこを見るでもなく、庭の隅にあった浴室あたりを見ながら言うと、
「よくわかりましたね。さすが、影の黒幕 プヨン」
「ま、まさか。いるとは・・・」
浴室の中からユコナがでてきた。
「からの浴槽の中にいたのですが、そこまでは調べなかったようですね。灯台もと暗し。ここはもう探しにこないでしょう」
とりあえず、何があったか聞くと、恐るべき事実が判明した。
「・・・実は、プヨン、先日、試験の前日の夜、試しに買った通信機で試したのを覚えていますか?」
ユコナは、何枚かの通信用紙を出してきた。伝文には記憶がある。
「これは、レスルに張り出してあった用紙です」
「そういえば、この間、夜に通信機で遊んだ時に、ユコナがこんなこと言っていたような」
「素晴らしいです。さすがプヨンです。あの通信機の出力は何やらおかしかったようです。“プヨン”宛ての通信がそこら中に伝わったようです。そう、“プヨン”宛」
プヨンを力強く言う。特にそこを強調したいようだ。
「えっ?待って。じゃあ、サラはこれを送信した人間を探しているってこと?」
「その通りです。この内容を知っている者はごく一部です。発信者が私であることはすでに判明してしまいました」
それはそうだろう、例えば、『苦手なおかずはいつも絨毯の下に入れていた』『訓練や勉強でいないときは、あそこにいる』など、こんな内容は、親ですら知らない内容だ。ユコナは、順調に自分の罪の数々を自白していった。
しかし、饒舌にまくしたてるユコナに対して、プヨンは納得いかなかった。
「ボクが思うに、これは、おそらく単独犯の仕業と思うな。きっと、そう」
プヨンが、ぼそっとつぶやく。ユコナが勝手に情報公開したのだ。プヨンは無実だった。
「ご安心ください、総帥。私に命じた影の黒幕の証拠は、ちゃんと見つかるように残してきました。これで、送信先がプヨンだとわかると思います」
「ユコナは、逃げたいのか、つかまりたいのか、どっちなんだ?」
ユコナは、単に、一緒に怒られる人間が欲しいだけなのだろう。しかも、プヨンを上にして、自分の罪を軽く見せようなど、かなりの知能犯、計画的犯行だ。
「さぁ、私に狡猾な手法で機密情報を盗み出させた、秘密結社総帥プヨン。ともに安全な地に逃げましょう」
「え、ちょっと、待ってくれ」
そう言うと、ユコナは、プヨンの手を取って、サラリスが出て行った方向と反対に走り出した。
もちろん、手を引かれながら、プヨンは思った。
(俺、絶対関係ないんじゃないの?)
口には出さなかったが、サラリスはわかってくれるだろう。
しかし、ユコナは、筋力強化を使っているのか、がっしりとプヨンの手首を掴んでいる。プヨンは逃げられず、ずるずると引きずられていった。
ある程度離れてユコナは落ち着いたのか、走るのを止めて立ち止まり、問いかけてきた。
「それで、逃走経路はいかがいたしましょうか?」
「そ、そうだな。確か、サラは、レスルに探しに行くって言っていたから、レスルの反対に行こう。例えば、レオンとか?」
そう言うと、ユコナは目をきらきらさせながら、
「素晴らしい危機管理能力です。事前にサラの動向を把握しているとは、さすがプヨン。さぁ、レオンのところに参りましょう。私をお導きください」
プヨンは、ユコナに再び手を取られ、レオンのいる町の出口の詰所の方に引きずられていった。
2人は、町の出口の詰所に着いた。すぐにレオンに呼び出すと、レオンはちょうど1人で出かけようとして、準備をしているところだった。軽微だが、武器や鎧を並べ、荷物も用意していた。
その横には、この間からちょっと気になっていた、怪我などを治してくれる服、スピン服らしきものもあった。プヨンが、思わず、服を見つめていると、
「その服に興味があるのですか?個人の力量にも拠りますが、ちょっとした切り傷などの怪我は、その服で治るんですよ。パンツァー服や、パンツ服なんて呼ばれたりもしますが、こうした仕事の際の必須のうち服ですね」
プヨンは、先日の試験の際に初めて使って、その効果にびっくりしたことを伝えた。こんなものが欲しいと思っているということも。
レオンはそれを聞いて、
「そこにある服の回復速度は、一応、プロ用ですから、同じかそれ以上だと思いますよ。そこの胸のところに小さい宝石がついていて、その宝石の性質に応じた回復が行えます。また、蓄えている回復魔力は個人で補充するんですが、貯めた量に応じて服の色が異なります。その服は青ですが、プヨンさんのはどうでしたか?」
「そういえば、薄い水色だったかなぁ。ユコナが着ていたのも水色だった気がする」
「そうなんですね。じゃぁ、こっちのほうが1段階は回復可能な量が多いですかね。部隊内の人は必須装備なので無料支給の対象なんですが、ご入用なら部隊外の人にも販売できますよ。旅される方なども、そこのキャンティーン(売店)で買っていかれたりします。レスルでも売っていますが、プヨンさんなら、僕が買ったことにして、市販品より割安な部隊価格にしてもいいですよ」
「おぉぉ」
どのくらいの値段かはわからないが、たしかに護衛など戦闘する可能性がある人たちには必須装備だろう。割安で支給されていても不思議ではなかった。
「で、では、お言葉に甘えて。い、いかほどで?」
値段を聞いて見た。あると便利そうだ。
「そこにあるものと同じもので、1着、2500グランです」
「はうぅ」
高い。予想外に高い。今まで治療してきて、そうした類は高いのはわかっていたが、服一着としたら予想外の価格だった。
「命が助かると思えば決して高くはないですよ。落ちるときは一瞬で落ちるのが命ですから」
「プヨンの評価も似たようなもんだけどね」
会話に入りたくてうずうずしていたユコナが、ここぞとばかりにちゃちゃを入れてくるが、当然無視して、少し考える。
たしかに、プヨンにはジーピーエスがあるが、意識がないときにでも、自動で治る可能性があるとしたら、これが生死をわけることになるかもしれない。大きなダメージを受けたときほど、意識が途切れたり、集中力は低下する。そう考えると、たしかに、高い買い物には思えなかった。
「わかった。お願いします」
「わかりました。すぐ取ってきますね」
プヨンは、代金分の延べ板を支払い、もらった服を着た。真っ白の服だ。
「それは、まだ、何も入っていないので白です。それに魔力を注入するつもりでやってみてください、そうすると色が変わっていきますから」
「はいはーい。脱線はそこまでで、本題に入りますよ」
ユコナが、パンツァー服談議を中断し、会話に入ってきた。当然、ユコナは追われる身の自覚がある。のんびり話している時間はない。いつサラリスが戸口に現れるか、ビクビクしていた。
「レオンさん、今からどこかに行くのでしょう。私たちを同行させてください」
「たちなの?」
プヨンが聞き返すが、ユコナは即答する。
「たちです」
レオンは、何事なのだろうと思いながら、ユコナを見つめ返していた。




