試練の森の歩き方 2
「あれ、向こうから誰かくるね」
しばらく歩くと、ユコナが、前方からくる1人の男性に気づいた。かなりの年配なのか、腰が曲がっており、歩き方もぎこちなかった。
先方もこちらに気が付き、話しかけてきた。
「おや、お前さんたちはみないね。学校の関係者かね?」
ユコナは丁寧にあいさつをし、試験の帰りに寄って帰ろうと思ったことを伝えた。プヨンもユコナに続いて名乗る。それを聞いて、老人も、エルネルングと名乗った。ここの学校で働いているそうだ。
「ここは、危険だと聞いたんですけど、別に通ってもいいんですよね?」
ユコナは、学校の関係者と聞いて、おそるおそる聞いてみた。
「もちろんだとも。たしかに、多少は危険なことはないわけじゃないが、自分の力を信じて、遠慮せずいくがいいよ」
「ありがとうございます。では、失礼します」
ユコナが会話を打ち切って、先に行こうとすると、
「あぁ、そうそう。アドバイスというほどでもないが、この道は、もう少し先の川までしかない。川を渡ると、あとは茂みの中を歩いていくんだが、万が一危険だと判断したら、おとなしく戻るんだよ。無理はいかんからな。それから、湖水の方にも近寄らないほうがいいぞ」
やはり、まったく安全というわけではないらしい。
「ありがとうございます。気を付けます」
「あぁ、3人とも、気を付けていくんだぞ」
ユコナは、礼を言うと、道を歩きだした。
エルネルング老人は、間もなく、森を抜けて、学校の裏庭に出た。
「あ、お帰りなさいませ、校長」
「おぉ、ワイセ君。掃除かね。ご苦労様」
裏庭に出たところで、教官のワイセが、昨日行われた試験後の会場を片付けていた。ワイセは、エルネルング校長の顔を見ると、
「何か良いことがあったのですか?」
エルネルングは、それを聞いて笑みがこぼれていたことに気づいた。
「まぁな。さっき、そこで、受験生らしい3人に会ってな。冒険心のある有望なやつらだ。一人は姿を消しておったな。やっぱり、あーでないとな」
ふふふと笑みをこぼしている校長を見て、ワイセは驚いた。
「え? あの試練の道をですか?よ、よろしいのですか?あそこは、一番大変なのでは?」
「ま、まぁ、大丈夫さ。別に試練を与えているわけではない。通りたいものは自由に通ればいい」
一呼吸おいて、意味ありげに続ける。
「ここは遊び場所ではないからな。多少は苦労するくらいでいいのだよ。あーいう輩には、ぜひ、がんばってもらって、まわりにいろいろ伝えてもらわねばな」
ワイセは呆れていた。が、校長の言うところもわかる。聞いているだけでは伝わらない。実体験をまわりに広めてくれる犠牲者もいるのだ。
「大丈夫だよ。危険になったら、引き返せと言っておいた。湖にも近づくなともな。わし、やさしいからさ」
次回に彼らに会ったら武勇伝を聞いてやろう、そう思いながら、校長は引き上げていった。
ユコナとプヨン、そして姿を消したルフトは、順調に歩いていた。道も歩きにくいというほどではない。
適度に木漏れ日があり明るく、周りの景色もどこにでもありそうなごくふつうの森が続く。
無言のまましばらくすすむと、ユコナが、ぼそっと話しかけてきた。
「ねぇ、プヨン、ここって、危険だって聞いてきたけど、何が危険なんだと思う?」
「え?危険って、何か、危険な生き物がいるんじゃ?」
「じゃぁ、学校の人たちは、駆除しないのかな?」
「あ、もしかしたら、危険な生き物じゃなく、危険な場所があるのかもよ?」
「そ、そうか。たしかに、虫の毒とかだと、魔法じゃちょっと厳しいよね」
「やっぱ、毒や病気は、魔法では限界があるんだな」
「そうねぇ。筋力強化と一緒で、臓器強化や気力強化ってのはあるらしいから解毒を促進できるけど、毒除去ができたら、まともなもの、例えば、骨除去だってできちゃいそう・・・」
そんな、たわいもない話をしていた。強力な毒生物が出たら逃げることになっていた。
ふと、道の先にに、石があることに気づいた。
1つ1つは普通の石に見えるが、数~10cm程度の小さい石が集まって、大きな球状になっているように見えた。
それが2個。ゆっくりと転がっているのか、揺れているのか、動いているように見える。
「あれは?」
ゴロゴロ、ゴトン
小石の集まった、岩が、ゴロゴロと転がっている。
「あ、あれは、たしか、岩キャノンと呼ばれている、石の集合体ですぞ。近寄るものには、問答無用で攻撃してきます。近寄らないほうが良いですぞ!」
急に後ろから、ルフトの声が聞こえた。
姿を出していない状態で声を出すのは珍しい。大声で叫ぶわけではないが、かなりの切迫感を感じる。本当に危険なのかもしれない。
「危ないのですか? なんとなく名前は聞いたことがありますが」
ユコナが、ルフトの声がした後ろを振り返って聞く。
「そうですな。動物ではないので、襲って食われるということはないのですが、近寄ると攻撃してきますな。ばらばらにしてやると、動かなくなるらしいですぞ」
見た感じでは岩の塊だ。目や耳があるわけではないが、逆に、何かの生き物の気配を察知して行動するのだろうか。
エサを食べるためでもないだろうし、反射的に周りに攻撃するだけとしたら、面倒そうだ。
そう考えていると、キツネ風の動物が2頭、岩に気づかないのか、10mくらいまで、そばに寄っていくのが見えた。
ゴロゴロ、ヒュン、バキッ
突然、岩キャノンから、こぶし大の石が放たれた。それも、かなりの速度だ。
キツネも、直前で岩の塊に気づいたのか、石が放たれる直前に慌てて逃げる。
そのせいか、もともと、適当に放たれただけなのか、石はキツネにはあたらず、後ろにあった木の一本にあたり、枝がへしおれた。
「えっ?」「うっ」
そう細くない枝が砕け散り、折れた枝がバサバサと音を立てながら落ちてくる。
「ルフトさん、迎撃を」
ユコナが、ルフトにお願いする。もちろん、見えないので、何もないように見える空間に向かって。が、ルフトは即座に、否定する。
「ユコナ様、ダメです。危険です。しかも、メリットがまったくありません。迂回すべきです」
刺激しないよう、ゆっくりと迂回する。
別に目も耳もあるわけではないが、つい、しゃがんで茂みに隠れるように移動している。逆に気配に敏感なら隠れても気付かれ意味がない。
さすがにルフトは無駄なことはせず、立って歩いているようだったが。
しかし、けっこうな頻度で出くわす。そのたびに、迂回、迂回。
「なぁ、ユコナ。囲まれてないか? まずくない?」
「ふふふ、気が合いますね。私もそう思っていました」
「ふふふじゃないやろう。もっと、はやく言えよ」
目に入るだけでも、ちらほらいる。うかつに飛び出て、反射的に攻撃されると、さっきの石の威力を考慮してもかなり危険な気がした。
「よし、じゃあ、あそこの2匹?2石?を、ちょっとぶつけてみよう」
前方に、ごろごろとゆっくりと動いている、岩キャノンが2匹いる。あれをぶつけ合って破壊してみることにした。
「ウィリアムハール」
一方の岩キャノンをハール魔法で反対側の岩キャノンに向かって投げつけた。氷魔法などを投射するのと同じ要領だ。
ただ、氷を出さなくていい分難易度は低いが、岩はプヨンから離れたところにある。
距離が遠いところにあるものを飛ばすには、距離による意志の減衰分を考慮し、より多くの魔力が必要となる。これはこれで難しかった。
ビュッ、ガシャッ
石の塊が2つ、両側からその中間に向かって飛んでくる。そして、激しくぶつかり合い、石の大半は砕け散った。
「プヨン、すごい」
前方に見えていた岩キャノン同士がぶつかったのを見て、ユコナが安堵の表情を見せた。
しかし、砕けはしたが、細かくなっただけでそのままくっついたままだった。
「またくっついて、大きくなったわよ。一か所に集めたのね。それでどうするのです?」
「えーっと。片方が開いたから、そちらから抜けようかな・・・」
ユコナが聞いてくるが、プヨンの表情から、予想と違う事態だと悟ったようだ。
(ぶつけたらくっつくと思わなくて)
「うまくいかなかったのですね?」
ふーっと、ため息をつくのが聞こえた。
ゴロン、ゴロン
合体した岩キャノンは、こちらに気づいたのか、ゆっくりと転がってくるようだ。あまりゆっくりしていられなかった。




