入学試験の受け方 2-8
試験を終えたプヨンが部屋から出ると、少しだが、どよめきが起こった。今まで、どの組も2人で入って2人で出てきていたからだ。
それが1人、そして、プヨンの顔も青ざめている。何かがあったに違いない。皆、それが気になっていて、プヨンに視線が集まっていた。
「あぁ、なんか、途中で体調が悪くなったらしいよ」
視線に気づいたプヨンが、適当にはぐらかす。
そう言うと、皆の『心配して損した』感が伝わってきた。納得したのか、それ以上プヨンを見てくるものはいなかった。
興味の対象からはずれて安堵したプヨンは、部屋の隅に行き、頭を抱え込む。
もちろん、退室直前に言われた筆記試験の対応のためだ。試験は、選択式で正解を選ぶタイプだと聞いていた。
「神様、お願いします。よろしくお願いします」
プヨンは、いつものようにお祈りをしていた。普段心に描く御姿はもちろん女神様だが、そう、今日の神様は、違う。六角形の御姿。乱数鉛筆の神様だ。
プヨンの意識が次に戻った時は、ちょうど試験が終了して、みんなと一緒に退室するところだった。
開始時間までは、資料とかを見ていたような記憶はある。そこで記憶が途切れる。室内の記憶はほとんどなかった。なぜか、回答に1が続いた記憶がかすかにあるくらいだった。
部屋の外に出て、あらためてまわりを見渡すと黄昏時。沈みゆく赤い夕陽が1日が終わった感に拍車をかけていた。
試験が終わった解放感がある一方で、うまくいかなかった人たちのよどんだ空気も漂っていた。そんな中、みな、ぞろぞろと帰っていく。といっても、船着き場しかないのだが。
プヨンは、なぜかその流れに混ざる気にならず、建物を出たところでぼーっとしていた。結局、この試験期間中は、メサルには会わずじまいだった。サラリスやユコナがいるのだから、彼もきていたはずだったが。
建物を出て立ち尽くしているプヨンのすぐ右手には、湖岸に沿って、危険だから入るなと言われた、うっそうとした森が続いている。いっそ、どのくらい危険なのか、この森を通って帰るのも面白そうだ。そんなことをぼーっと考えていると、
「プヨンは、帰らないのですか?」
突然背後から声がかけられた。振り返るとユコナだった。もちろん、その背後には、ユコナを警護しているルフトがいた。擬態をしているので、まわりの人には気づかれてはいないが、プヨンには丸見えだった。
ユコナは即座に察した。
「うまくいかなかったのですか?」
「ま、まぁな。ははは」
「難しかったのですか?なんとなく、わかりましたけど。だから、港にいかなかった?」
「ま、まぁ、そんなとこかな」
なんとなくはぐらかしたが、特にこれといった話題も思いつかず、しばし、沈黙が続く。
「それで、なぜ、森を見ていたのですか?」
「いや、ここの森は危険だって言われたから・・・、ちょっと通って帰ろうかと」
ユコナの表情が露骨に変わる。理解しようと努力してくれているようだ。危険に挑む男のロマンを感じてもらえるだろうと期待したが、
「意味がよくわかりません。わざわざ危険を冒して、この森を通って帰るってことですか?」
「え? う、うん、まぁ。どのくらい危険なのかなと思って。危ないと思ったらすぐ引き返すけど」
まぁ、当然の反応を示されてしまった。ただ、ユコナの反応は予測したが、その後のセリフは予想外だった。
「そうなんだね。私も一緒に行ってみようかなぁ?」
「は?待って。こっちこそ、意味がよくわからないよ。危険な森なんだよ。ここは」
あわてて、いいのかと確かめるため、ルフトを振り返る。ルフトは、プヨンの視線に気づき、首をぶんぶんと横に振っているように感じられた。
「わ、わかった。ユコナも、試験がうまくいかなかったとかで、やけになってるとか?」
数秒間、ユコナのあんたと一緒にしないでよという冷めた目線を受け止めたあと、
「そんなわけないでしょ。試験はうまくいっています!ただね。わたしね、今夜はちょっと帰りたくなくてね・・・」
と、ユコナが思いつめた表情で見つめてきた。しばし、ためらったが、
「わかった。今夜は帰さないよ・・・もちろん、俺も帰らないんだけど」
「私の秘密、というか、理由を聞いてくれる?」
「いや、それは、ユコナの胸にしまっておいてほしい・・・」
「私の気持ちを知っておいてほしいの・・・。実は、プヨンのこと・・・」
「わーーーわーーーーわーー聞こえなーい」「・・・共犯と思って」
プヨンは対抗して大声を出し、意思を込めた魔法ではない、リアル音声妨害を駆使し、ユコナの発言を遮った。
「わかった。わかりました。でも、時間つぶしに付き合ってくれるなら、ちょうどいいわ」
何度か、ユコナは言おうとするが、プヨンは遮り続け、ユコナは、今すぐ発言することは諦めたようだった。
ただ、プヨンは、ユコナがいることは(足手まといになりそうで)心配ではあったが、ルフトもついてくるのだろう。1人で森に入るよりは、ユコナの希望は叶えることにした。
「じゃぁ、ユコナ、何も言わずに、俺についてくるがいい。ただし、危険だったらすぐ引き返すからね」
「うん、ありがとう、プヨン。私、ついていける限り、ついていくわ・・・」
お互いの決意を確かめ合うため、適当な芝居をしたあと、2人は、森の入口の方に向かう。入口と言っても、ちょっとした策がある程度だが。しかし、ここで、
「ちょっと、ちょっと待ったープヨン。お待ちください、ユコナ様」
ルフトが姿を現し、ユコナを制止する。
「止めないで、ルフトさん。私は、今日、サラリスのところには戻りません」
何やら、ユコナはユコナで戻れない理由があるようだ。プヨンも、さっきから気になっていたことではあった。
しかし、ルフトの口から出た言葉は、予測と違いまっとうなものであった。
「さすがに、この時間から、このうっそうとした森に入るのは危険です。何がいるかわからず、夜通し歩くことは無理です。しかも、明かりなどつけたら、夜行性動物のいい標的になりますよ」
たしかに、未経験の森だ。例え道があったとしても、暗い夜に歩くとなると、それだけでも相当危険がありそうだ。まして、危険だと言われている森なら。これは、プヨンも気にしていたところだった。
「では、どうしましょうか、プヨン。学校附属の宿泊施設にもう一泊するということでよろしいですか?」
ユコナがそう言うと、ルフトは安堵し、
「承知いたしました。直ちに、宿泊の手続きをしてまいります」
と、走り去っていった。




