入学試験の受け方 2-7
戦いはじめてしばらく経つが、まだ、お互い、怪我らしい怪我はしていない。プヨンがちょっと擦りむいただけだが、試験官とヴァクストはかなりはらはらしていた。
制限があるとなっているにもかかわらず、思ったほどプヨンの威力が落ちていないように見えたからだ。
そのぶん、それなりの見た目を印象付けられたはずで、プヨンは満足していた。
「なぜ、そんだけ威力が出せるかはいずれ聞いてやるが、ここは、譲らんぞ」
ヴァクストが息巻いて、再び何か繰り出そうとしてくる。
ヴァクストが何やら準備している間、プヨンは待つことにした。
すると、突然、ヴァクストがプヨンに向かって走り出した。全力疾走ではなさそうで、何か呟いているところを見ると、走りながら魔法を使うように見えた。
あと、5m。
そこで、ヴァクストが叫ぶ。プヨンはヴァクストの動きに気を取られていたため、何を言ったかはよくわからなかったが、何か魔法を発動したようだ。
ヴァクストの前に炎の壁があらわれ、さらに、その上から、小さな火球が3発ほど飛び出してきた。
炎の壁に遮られてヴァクストの動きが見えなくなったうえ、壁はそのままプヨンに向かって移動してくる。
左右上、どれかに避けるか、壁を打ち消すしかないが、もう壁は目の前だ。
向かって右の壁が少し薄く見えたため、プヨンは右に飛んだ。そこに、ヴァクストがあわせて飛び出してくる。動きを読んでいたようだ。
「あっ、しまった」
ヴァクストが、さらに火球を発動しようとしているのがわかる。この距離では避けられない。反射的にプヨンは、
「ベルフルス・リーベン」
地中と地表の水分がかき集められ、地表の土が黒から白にかわっていく。
ありったけの水分を液体化してかき集めると2リットル程度の水が出た。それをヴァクストに浴びせかけ、瞬時に凍り付かせた。
そして、連続処理のパイプライン魔法で、水がかかって凍った右腕を、超音波を利用した凍結破砕をしようとする。
「ブラストチラー」
(しまった、やりすぎた)
しかし、同時に我に帰る。これは試験だった。完全破壊までしてしまうと、試験の範疇を超えてしまう気がした。プヨンがあわてて発動を止める。
ビシィ
「あがっ」
腕の破砕音と同時に、ヴァクストが小さくうめき、そのまま倒れこんできた。
どうやら凍ったところが砕けたようだ。ヴァクストは、かなりの腕を抱えてうめいている。
瞬間で止めたので、キャビテーションはそれほど起こっていないが、それでも凍結時の膨張とあわせ、細かい亀裂は多数入ってしまっただろう。
スピン服の回復が発動したのだろうか。服の色が、急激に緑から、黄色、橙色へと変化していった。
試験官もヴァクストが倒れこむのを見て、事態を把握したようだ。ヴァクストは、痛みのせいか、魔法のショックなのか気を失ってしまったようで起き上がってこない。
「救護班、きてくれー」
試験官は、叫びながら、試験者のいる扉とは違う扉に向かって走っていった。
プヨンは、ヴァクストが地面に激突しないように受け止めていたが、地面に寝かせて、慌てて回復を掛けた。
「ラパロトミー」
服の魔力とあわさって、ヴァクストの腕は、急速に治癒していくようだ。
一方で、回復が逆流したのだろうか、スピン服の色がおかしなことになっていた。
左半分は怪我を治療したため橙色だが、右肩から肘位にかけて、服の回復での消費による橙とプヨンの回復魔法の吸収による青色のまだら模様になっていた。
「な、何?この服?」
先ほど、救護班を呼びにいった試験官が、もう1人、女性の試験官を連れてきていた。しかし、すぐに戻ってきたはいいが、服のまだら模様に戸惑っていた。
「橙色ってことは、この子、MP4クラスのダメージを受けたの?もっとわからないのは、何よこのまだら模様は。腕のところが、濃い青になっているじゃないの。MI6よ。どうやったら、回復とダメ―ジが同時に起こるのよ」
「さ、さぁ。攻撃を受けるところまでは、見ていたのですが、その、服の色までは気が回らず」
「試験官のくせに、肝心なところを見ていなかったのね」
そして、治療にきた女性試験官は、チラッとヴァクストを見て、男性試験官に
「見たところ、腕は凍っているようだけど、もう怪我はしていないようね。ただ、腕が凍り付いているだけだわ」
「そ、そうですか。怪我は服が治してくれたのですね。よかった」
安堵のため息をついていた。
女性試験官は、プヨンの方を見て、
「ねぇ、何をやったの?どうして、この服が青いのか、わかる?」
と聞いてきた。
プヨンは、少し考える。あまり、ありのままを言う気にはならなかった。
(制限空間だと言われていたのに、予想以上の威力がでてしまった。あんまり目立つことはしないほうがいいよな)
「一応、水をかけて凍らせたんです。それを受けて、彼が回復魔法をかけようとしたようですね」
「なるほど。MI6の回復魔法は彼に聞くとして、氷結魔法を使ったのね。しかし、MP4の橙とは、なかなかの威力に見えるけど、どうやって?」
「えーっと。地表の水分を吸い出して、水を彼にぶっかけたんですが、それが、何か?」
(うーん、どうなのかしら。この部屋でこれだけの水が出せるのかしら?)
女性試験官は、なにやらいぶかしがっていたが、嘘だという根拠もない。威力については、それ以上聞きようがないのか、特に追求はなかった。
「まぁ、いいわ。それで、彼はなぜ倒れているの?」
「打ち所が悪かったみたいですね」
「えー?ほんとにぃ?」
試験官は納得したようには見えなかったが、その時、救護台車が到着した。
それで会話は終わり、ヴァクストは女性試験官が浮かせ台車に乗せられて運ばれていった。
プヨンは、さきほど擦りむいたときに、ほんのわずかに色が黄緑に変わったスピン服の袖口のところを見ながら
(うっかり相手の攻撃に反応してしまって、うまく手加減ができなかった。目立ちすぎないように、もう少し、加減ができたらいいんだけど)
そんなことを考えていた。
「試験終了。0078、プヨンは退室してよろしい」
そう試験官に言われ、プヨンは部屋を出た。
「あー、筆記試験は、15時からだからな。忘れるなよ」
「へっ?」
そうだ、今日は体力試験ばかりで、完全に忘れていた。覚えていたことも忘れてそうだ。
予想外の一撃。精神面で大打撃を受けたプヨンは、状況を理解しMI6なみに青ざめていた。残念ながら、服の色は変わらなかったが。




