入学試験の受け方 2-4
これで、午前中の試験は終了した。といっても、まだ、昼までには時間がある。2つ目の試験が一番手だったプヨンは、記録用紙の控えを受け取って、どこにいくともなくさまよっていた。
たしか、午後は、簡易対戦をするとなっていたから、人同士でやりあうのだろうか。何をもって簡易とするのかは疑問だけど、怪我をしないとか、そんなところだろうか。そんなことを考えながら歩いていると、いつのまにか食堂の近くまできていた。妙にざわついている。
ふと、呼びかけられた。
「プヨン、どう、どう?」
「馬でも飼っているつもりか?」
聞き覚えのある声だったので、反射的に反応してしまった。誰かはわかっている。これは、サラリスの声だ。ということは、食堂は、特待グループのメンバーが集まっているのだろうか。
「あいかわらずのおバカプヨンね。試験してたんでしょ。どうなの?どうなの?ちょうど手続きとかが終わって、1人でひまだったのよね」
サラリスの反応は、一段落してやれやれという感じだった。ただ、今日のサラリスは、学校関連でもあまり表情は暗くなく、いつもの能天気に戻っていた。
「1人なの?ユコナは別なんだ」
「ユコナは、ユだからね、名前順で遅いのよ。私はもう終わっただけ」
中に入っても混んでそうだったので、少し離れたところで立ち話をした。
話をしたくてたまらなそうなので、それとなく聞いてあげる。サラリスにも試験らしきものがあったらしい。ただ、試験というよりは、最低限の魔法が使えるかを確認した程度らしい。学校という立場上、さすがに使えないと話にならないからだろうか。
「とても簡単だったわよ。蝋燭に火をつけてくださいとかそんなレベル。使えないことはないですよねってことだけは確認したみたいね」
そして、両手いっぱい広げて、火の球の大きさをアピールする。
「あんまり、拍子抜けしたから、こーんなおーーっきい火の球を出して、蝋燭に火をつけてあげたわ。私のサーボ魔法はなかなかのものよ」
両手いっぱいに広げる大きさだから1m以上あるのだろう。火球の大きさを競っても無駄なことこの上なかったが、この大きさの炎を近づけてで蝋燭を溶かさないでうまく火をつけたのなら、上手に位置調整できるようだ。妙なところでプヨンは感心していた。
プヨンもざっくりと試験の内容を教えてあげた。サラリスは興味を持ってはいたが、もともとある程度、知っていたのだろうか。ふーん、そうなんだ程度の軽い反応だけだった。
ふと、プヨンは、サラリスがここにくるのを嫌がっていたことを思い出した。今日は機嫌もよさそうだし、聞いても大丈夫かなと思っていると、
「わたしね、もう吹っ切れたの。私の実力なら、きっとこの学校を脱出できるはずよ!」
そのあとも、いろいろとやってみたいことなどをまくしたて、何やら急に決意表明をしはじめた。思わぬ反応で、プヨンが面食らって固まっていると、
「あ、私そろそろ戻らないと。お昼食べながら、もう少し話したかったけど、またね」
そういうと、サラリスは戻っていってしまった。
サラリスが行ってしまったので、プヨンは、メサルやユコナもきているのだろうとあたりを見回して見たが、他には顔見知りは見つけられなかった。
そのあとも、プヨンは時間を潰しながら、あたりをうろうろしたが、知り合いには誰にも会うことなく、1人でお昼を食べて、午後の待ち合わせ場所に向かった。
着くと、時間間際だったのもあって、すでに、かなりの人数が集まっていた。そして、すぐに説明が始まる。
「じゃぁ、午後の試験を説明するぞ。すでに名前からもわかっているだろうが、午後は、対戦になっている。ようするに、2人1組になって、試合形式で対戦するんだ」
対戦。意味はわかってはいる。今回は命を落とすことがないこともわかってはいるが、実際にやるとなると、当たり前だが緊張する。刃物を持っているわけではないが、怪我もするだろうし、痛かったりもするはずだ。緊張するなというほうが無理だった。
「最初に聞くが、この中で、対人戦をしたことがあるやつはいるか?あるやつは手を挙げてみてくれ」
試験官から、質問が飛んだ。それを聞いて、パラパラと手があがる。どの程度を対人戦と言うかは難しいところだが、レスルなどでの経験者もある程度はいるだろう。殺傷目的でない習い事レベルも含まれているのだろうか、6、7割は手を挙げていた。
「よーし、わかった。じゃぁ、この服を見てくれ。これは、スピン服と呼ばれている」
そういうと、濃い青色のTシャツのようなものを取り出して広げて見せた。けっこう厚手の生地でしっかりしていそうだ。試験官は説明を続ける。
「午前の試験の時、ボールに魔法をあてただろう? そのとき、ボールの色が変わったのを覚えているだろう。この服はあれと同じだ。そして、回復薬がたっぷりとふくませてある」
(え?もしかして、びしょびしょに濡れた服なのか?気持ち悪そうだけど)
一瞬いやな気がしたが、プヨンの考えは、即座に否定された。
「回復薬をかけて濡らしてあるわけじゃないぞ。あれを糸に編みこんであるんだ。こいつは、超強力だ。簡単にいうと、これを着ていると、千切れたりしない限りは、たいていの怪我は回復する。そして、魔法のダメージ、要するに回復させた魔力分色が変わる。色が緑から黄緑、橙色に変わっていくんだ」
周りの様子ではこの服を知っているものもいるようだ。もともとここは看護学校ではあるが、国も絡んだ学校だ。座学ばかりではない。
実際、卒業後はほとんどが実戦を経験する。町医者であればそうでもないが、至急の治療が必要になるのは戦闘中も想定される。身を守りながら治療するなどもありえる。実戦的な要素があることは、皆承知の上だ。なるほどと頷いているものも多かった。
「相手が怪我したり、死んでしまったりすることはないんですか?」
受験生の一人から、質問が出た。
試験官は、どう答えようか少し考えていたようだが、
「過去、この程度の試験で死んだものや後遺症が残ったものは、いない」
いないに力がこもっていた。はっきりとそう言い切った。が、
「・・・らしい。少なくとも、俺が知るこの数年はない。」
少し間があいて、続きがあった。
(おい)
プヨンは、つっこみたくなったが、ここは黙って聞いておいた。実戦していれば、怪我することはあるだろう。そのための看護学校だ。
試験官は続ける。
「ただ、安心しろ。試験部屋は、レッド鉱と呼ばれる金属の板を何枚も重ね合わせたもので覆われている。こいつは、魔力を非常に通しにくい。何層にも覆われた室内では、魔法の達人がギャザリングをして、室外から魔力をかき集めようとしても、威力は大きく落ちてしまうのだ。ここの部屋では1000分の1以下になる。どういうことかわかるか?要するに、ギャザリングの影響範囲は室内のみに限定され、お前らの魔法の威力は、ほぼ同じ条件になるのだ」
なるほどとプヨンは思った。
以前、聞いたことがある。一部の金属は、魔法、すなわち、マジノ粒子を通しにくい性質があると。警備の必要な重要人物の部屋や魔法が使えるものの捕縛施設は、こうした金属に覆われている。その厚みに応じて、通せる魔力が大きく減少してしまうのだ。
「だから、どちらかというと威力を抑えてどんなことができるのかを見る試験だ。お前たちの力では、相手が即死することはない。そして、怪我のレベルであれば治療ができる。もちろん、回復時に体力は消耗するがな。遠慮なく、好きな魔法を好きなように相手に放っていいぞ。どうせ、学校に入ったらしょっちゅうあることだからな。だから、安心して、打ち合ってくれ」
死ぬことはほぼないから、遠慮なく人に向かって魔法を放てと言われたわけだ。それでも、この中にいる誰かに向けて、魔法を放つわけだ。いくら遠慮はいらないといっても、当たると痛いに違いない。なんともいえない緊張感が漂っていた。
「よーし、じゃぁ、対戦相手を発表するぞ」
そう声がかかると、ざわついていたのが一瞬でシーンと静かになった。
試験官は、順番に読み上げていく。よく聞いていると、試験番号の隣が単純に相手になるだけのようだ。1と2、3と4みたいな感じで。
そして、
「78:プヨン、79:ヴァクスト・・・」
まぁ、隣の番号が対戦相手のようだから、すぐ気が付いていたことではあるが、棄権したものがいなければ、全員同部屋か、隣の部屋の者が対戦相手になっていた。昨日の同部屋だった、ヴァクストが対戦相手だった。




