入学試験の受け方 4
1つのテーブルを決めて、皿を置こうとしたタイミングで、ふいに声を掛けられた。振り返ると、そこにはユコナが立っていた。
たしか、ユコナとサラも同じ学校に入るとは聞いていたけれど、特待だから試験がないと言ってた。
「おっ」
くるとは聞いていたが、ここにいるとは予想していなかったので、思わず声をだしてしまった。
「おっじゃないでしょー。おっ、じゃ。座っていい?」
「い、いや、ちょっとここにいると思ってなくて、驚いただけ。・・・ドライファッハ」
プヨンは、ユコナがいることに驚きはしつつも、鉄板の下に火を入れる。窒素の結合エネルギーから熱を取り出したので、鉄板の下ではオーロラでよくみられるような紫色のきらめきが見えていた。
やりすぎて爆発しないよう、適度な熱量でコントロールする。鉄板で焼くだけだから、200℃くらいか。熱ければいいというわけでもなかった。
ユコナは、いつものオレンジ色の炎とは異なる紫の炎を見て、上に手をかざしたりして様子を見ている。
「あ、熱気を感じる。変わった炎の色だけど、これで燃えているんだね」
「うんうん。他にも方法があるけど、これが安全で、一番安定してるかなと思って」
水素とかを使うと爆発しそうでなんとなく怖かったが、説明すると難しそうだったので適当にはぐらかしておいた。
「これって・・・炭、いる?」
ユコナは、何個か燃料の炭をもっていた。
「その炭は、交換してもらってきたの? いらないと言ったら、寂しい?」
「あ、うん。コップ1杯程度の水をだしたら、これだけ炭をくれたよ。まぁ、余裕かな」
コップ一杯の水を空中から取り出そうとすると、火球50発程度にはなる。一般的な魔力量だと、なかなかつらいレベルのはずだ。それを踏まえてレートが設定されているはずだが、ユコナには余裕そうだった。
「そういえば、もう1人、連れがいるけどいいかな?」
ターナのことを思い出して、ユコナに聞く。
ユコナは、持ってきていた串肉の皿と炭をテーブル脇に置きながら、
「あ、知り合いがいるんだ?もしかしたら、迷惑かな?」
と、聞き返してきた。別にターナも、今日会ったばかりだから、かまわないが、プヨンとユコナが顔見知りだと、ターナが気にするかもしれなかった。
「いや、今日会ったばっかりなんだ。だから、ユコナとボクが知り合いだと、あっちが気を遣うかもね。まぁ、聞いてみるよ」
「ところで、サラはどうしてるの?」
「サラは、なんか今日ここに来たくないんだって。ここに来ると出られなくなるから嫌なんだって。私は見たことがないから、見学も兼ねてね。どっちにしても、明日は手続きにこないといけなかったから」
「前も、そんなこと言ってたよね。まぁ、学校にいると自由は減るだろうけど、出られないってこともないでしょ。おやすみだってあるだろうし」
「まぁね。わたしも聞いただけだから、なんともいえないけど、サラは相当気にしてるわね」
よほど、サラには、学校から出られなくなる事情があるのだろうか?気にはなったが、今更どうにかできることでもないだろう。個人的な問題は気にしないで焼き始めることにした。
ふと周りを見ると、火魔法などが得意なものは、自力で焼けるものもいたが、半分以上は四苦八苦しているようだ。なんとか交換レートで炭などの燃料を手に入れられたものは、まだマシで、無理して食べようとして、巡回の教官に指摘される者も散見された。
そうこうするうちに、ターナが戻ってきた。ターナも炭を持っている。すぐに、隣に座っているユコナに気づいたようだ。
「炭もらってきたよー、そちらは?」
「あぁ、こっちは、ユコナっていうんだけど、知り合いなんだ。同席してもいいかな?」
「もちろん、いいよー」
プヨンは、お互いを簡単に紹介してあげた。ターナの好意的魔法の効果が多少あるのか、ユコナも初対面での警戒心もなさそうだった。もちろん、ユコナは、受験が必要ないずるっ子だということは、しっかりとアピールしておいた。
1時間ほど、3人は串焼き肉をしながら談笑した。肉焼きまくりのプヨン達をチラ見している受験生もいたが、気づいても誘うこともないし、あちらから声をかけてくることもなかった。
それなりに食べられているのは、ざっと見て、3、4割くらいだろうか。まさか、今日の晩飯が自炊とは予想外だったのだろう、そこそこ苦労してそうだった。
まわりは気にしないことにして、食べながら談笑を続ける。3人は、当たり障りのない範囲で、学校を受ける理由ややりたいこと、期待していることなどを話した。もちろん、ターナがアルフであることや、ユコナの両親のことなどは話題になっていない。
鉄板の火加減はプヨンがずっと担当していたが、途中から、炭を放り込んでおいた。あまらせても仕方ない。プヨンは、さして体力的には疲れていなかったが、ずっと魔力供給を意識し続けながら、同時に会話をするのは、気が休まらなかった。
しばらくすると、3人とも、もう十分に食べてお腹がいっぱいになっていた。
「そろそろ限界。もうおなかいっぱいだ」
「ごちそうさまでした」
もうこれ以上食べられないというところで、ターナは、気を利かせてくれたのか、疲れたので先に休みたいと言って出て行き、プヨンとユコナが残っていた。
まわりも、食べ終わったのか、食べることをあきらめたのか、食事をしているものもかなりまばらになっており、閑散としてきている。
ターナがいなくなったところで、ふいにユコナがマジメな顔をして切り出してきた。
「ねぇ、プヨンって、試験落ちるって思っていないでしょ?プヨンは、自分がどの程度なのか自覚ある?」
「え?きゅ、急にどうしたんだい?」
たしかに、あまり落ちることは考えていなかった。落ちたらそのときで、自信というよりは、楽観的なだけかもしれないが。どちらかというと旅行気分に近い。
「プヨンって、ふつうの人とかなり違うと思わない?」
「え?そ、そうかな。別に普通の体格だけどなぁ。運動神経だったら、前に会ったレオンやティムとそう変わらないと思うけど?」
「そっちじゃないわ。魔法の方よ」
ユコナの語気が強くなった。
「そ、そりゃそうか。あはは・・・魔法学校だもんね。でも、そうかなぁ。ふつうに怪我もするし、そんな変わらないと思うけどなぁ」
先日も、例の姉妹では、それなりに怪我もした。回復できる程度だったから、目立たないだけだ。ただ、人と比較したことはあまりなかったが、魔法を使うときは漠然としたイメージではなく、発生させたい現象を頭に浮かべることができた。
例えば、火よ出ろ、ではなく、こうやったら火が発生するよなといった感じだ。
「さっきの炎だって、色とか見た目が違うし、それに、なんていうか、程度がね」
「え?程度? みんな、魔法はどうしてるんだろうね。僕は、こうやったらこうなるだろうなってのを意識してたら、そうなったって感じ?うまく言えないけど・・・」
あらたまって言われると、どう答えたらいいのかわからない。
「それに覚えていないかもしれないけど、初めて会った時にね。私とサラはね、いろいろあったのよ」
「なんか、そんなこと言われた記憶はうっすらあるけど、もうずいぶん前のことだからなぁ」
プヨンは、記憶の断片をつなげるように、ゆっくりと思い出しながら話す。
「程度はね、なんていうか、私も自分で得意だと思うんだけど、プヨンは、1桁違う気がするのよね。はやさとか威力とか、いろいろ」
「へぇ?」
返し方がわからず、ねぼけた返事を返すプヨン。
「どうして?」
「どうしてって言われてもなぁ。別に思い当たることないし。なるべく遠いところからも、ぜーんぶ力を集めるぞーってイメージするとできちゃうみたいな?よくわかんないけど、みんな同じだと思うけど?」
「どうして?何かきっかけとかなかったの?」
妙に、今日のユコナは強く聞いてくる。
「うーん、なんだろう。きっかけ?なんかあったのかなぁ。小さい頃、何か約束したような記憶があるような気もするけど」
魔法を使うには、自分の自我、意識を、マジノ粒子を介して物質に影響を与える。また、逆もある。プヨンは記憶にはなかったが、プヨンは今の生を受ける前の精神体の状態で、自我を持ったマジノ粒子と接触したことがあった。
あの時会ったマジノ粒子の自我体は、『私の力をわけてあげるね。そして、マジノ粒子に影響を与える範囲を広げてあげる』
そんなことを言われたような気がする。おそらく、他人に影響を及ぼす魔法の一種なのだろう。その結果、プヨンの精神体は、飛躍的に効率よく、自分の意思をマジノ粒子を介して具現化することができるようになっているようだ。
「まぁ、いいわ。聞いても答えてくれるとは思ってないから。そろそろ戻ろうか」
そういうと、ユコナは、空いた皿などを片付けて、立ち上がった。眠いのかちょっとふらふらしている。プヨンとしても、どう答えたらいいか思いつかなかったので、これ幸いと思えた。
「うん、そうだね」
プヨンも割り当てられた部屋に移動することにした。




