湖岸散策の仕方
プヨンは、次の日の朝もさわやかに目覚めた。
もちろん、昨日のユコナとの会話がそこら中に届いていたことは理解していない、幸せな朝だった。
まだ、外は朝早いため、薄暗かったが、今日中にキレイマスの学校に着かねばならない。さっさと準備をして、すぐに宿を引き払う。本日分の食料のみを調達し、すぐ町を出た。
キレイマスは、ここから30kmほどだ。歩くとけっこうな距離があるが、プヨンは、マックボードでの移動だった。時間帯も早いこともあり、道もすいていて快適だった。
たいした休憩も取らず、2時間とかからずについてしまった。まだ、朝食タイムが終わったころだった。
街の入口で手続きなどをしていると、街の向こうには広大なヤカン高原の入口が見えていた。その向こうには、多数の雪山の峰々も見えている。
ここキレイマスの北側は、これらの高山地帯を抜け切り、北側のウェスドナ帝国領に入るまで、もうまともな町はない。
逆に、尖晶石目当ての狩人や腕自慢達が集まるような、自然の豊かな地が続いていた。この町にあるハマチタニア兵学校や軍隊の訓練場所も指定されているくらいだ。
町を出る前にレスルに行き、このあたりの細かい情報を教えてもらった。プヨンは、レスル関係で仕事をするため、目的地の情報は無料でもらうことができた。
当然だが、プヨンの目的とする学校は、このあたりでは名が知れている。丁寧に説明してもらえ、行き方、注意点も含め十分な情報が得られた。
ここから北の分岐点まで行き、途中から東に2時間ほど歩いたブルンホルン湖と呼ばれる湖の対岸にあり、その手前の村から船が出ている。あとは、村で聞け。受付でもそう言われた。
レスル内に掲示されている大きな地図を見て頭に入れた。道は街道があるからか、まっすぐのようだ。
町を出ても、手慣れたマックボードで移動する。街道は整備されているが、行き交う人たちの層が変わった。旅行者や富裕層の馬車が減り、商人や、あきらかに石稼ぎや腕試しに行きますという武装した集団を多数見かけるようになった。
(そんなに稼げるものなのかな?まぁ、需要はありそうだけど)
そんなことを考えている間に、時間は過ぎ、無事にキレイマスに着いていた。
即行でレスルにいき、学校行の件を聞く。学校自体は希望者がいるとその都度、船が出るらしいが、今日は試験関係者が多く、3回定期便だそうだ。ただ、ちょうど昼過ぎに出たばかりで、次は4時間も先の夕方らしい。そこは仕方ないので、待つしかないかなと思っていると、
「そこの方、学校に行くのでしたら、私たちも連れて行って・・・」
急に呼び止められた。今の学校の話を聞いていたのかもしれないが、声に聞き覚えがあった。振り返ると、やはりターナだった。
露骨に失望するターナの顔が目に入る。ツターナと2人並んで見えているところを見ると、今日は姿を隠していないらしい。
「行って・・・くれません・・・かね?」
「くれませんね。舟券持ってるなら、同行してもいいけど・・・ないんでしょ」
「うぅぅ・・・ないの・・・」
ちょうど2人とも乗り遅れたようだ。船が出たばかりだからか、他にたかる人もいないターナが、ダメ元の上目遣いをしている。例の好気性の攻撃を仕掛けてきているのがわかったが、プヨンは無視した。
すると、背後から、
「学校行くのに舟券がないのかい?それはかわいそうだ。船の時間は仕方ないが券をあげよう」
通りすがりの冒険者風の男性が、いきなり学校行の舟券を差し出してきた。ばっちりターナの目を凝視している。嬉々として受け取るツターナ。
(こ、こんなターナ、修正してやる!)
プヨンは、楽して生きるターナがずるいとは思ったが、男が自分から差し出している。端から見れば、普通に男が女に貢いだ。いや、いらないものをあげただけ。ただ、それだけのことだった。
「ところで、プヨンは、どうするのですか?さすがに臨時で船は出たりしませんが」
「そうだなぁ。まぁ、あてはないから、湖のまわりでも歩くかなぁ。受付からは、徒歩じゃいけないと言われたしなぁ」
そういうと、レスルを出て、ぶらぶらと歩きだす。慌てたターナが付いてくるが、必要なものが手に入ったからか、気分的には落ち着いたようだった。
「わ、私も特別に同行してあげましょう。ちょっと心細いので・・・」
「こ、心細い?いったい何を?」
他人利用しまくりのくせに何をとも思ったが、自分も1人だと手持無沙汰だし、特に拒否もせず、勝手についてくるに任せて歩き出した。
ターナがついてきたので、超特別に、屋台で串焼きを2人分買って歩きながら食べる。ツターナは食べないと言っていたからいらないが、ターナはもらえると思っていなかったのか驚いたようだ。もちろん、すなおに礼を言って受け取っていた。
ターナが、歩きながら自分のことを話してくれた。どうやら、ターナも目的は学校の試験らしい。親も昔、こっそりと人に紛れて通っていたらしい。
「もう知っているだろうけれど、私ね、精神系の魔法が興味があるの。私ね、実はアルフなのよ。だから、種族的に精神作用が得意なの」
ターナは自分の出自を少し教えてくれた。肉食獣など、殺気をうまく利用する動物がいるように、精神や肉体強化が得意な人型の種族もいくつかある。中でも、アルフは精神作用を施すのが得意だと聞いたことがある。姿を消すことも。
プヨンも、レスルのことははぐらかしながら、とある事情があり学校に入らねばならないことを教えてあげた。その後も、試験のノウハウなどを教えてもらった。
2人は街を出て、食べながらのんびりと湖の周りをのんびりと歩く。街はかなり離れ、もう小さくなっていた。屋外を歩く時の癖なのかターナは姿を隠し、ツターナだけが見えている。
「この湖は、ほぼ、完全に円形らしいね」
「そうね。私も、祖父とかからも聞いたけど、祖父の生まれる前からあるらしいわよ。地面が何か
のきっかけで沈んだシンクホールに水が貯まったらしけど、底に行った者はいないと聞いているわ。
噂では、そこはもっと大きな空洞になっているとかなんとか。学校は最近できたんだけどね」
アルフは、寿命も人より数倍以上長い種族だ。それでも由来がわからないとは、相当前からあるのだろう。できてから数十年は経つ学校を最近というあたりでも、そうとうだ。
湖は、訊いた話では、岸からすぐ切り立った崖になっており、急激に深くなる。底は深すぎて、過去に何度も調査したらしいが、結局、確認できたことがないらしかった。水の色も深緑色で、深さが推し量れる。
町を出て歩くにつれて、町はほぼ見えなくなり、逆に、湖の対岸が見えてくる。地面陥没の際、湖とその背後の高原の間で残った平地が対岸にあり、そこに学校があるらしい。
かろうじてだが、ぼんやりと建物らしきものもみえてきた。
「さぁ、どうやって渡るかな。船で対岸に渡るか、それとも、おとなしく、時間を待つか?」
「えー、船って、こんなところでは無理でしょ?町に戻って待つんじゃないの?」
プヨンの問いに、ターナはあたりまえのように返してくる。
この辺りは、胸ほどの背丈の草がまばらに生えており、見通しが悪い。人気もない。船などあるはずもなかった。
もともと暇つぶしの散策だ。湖面から数m上の崖の上に立ち、2人並んで対岸を見ていたが、解決するとは思えなかった。
「お前たち、船を探しているのかい?俺たちが渡してやろうか?」
突然声がした。振り返ると、男たちが3人立っているのが見える。軽装備だが、剣と胸当てなどで武装している。
どうやら盗賊のようだ。戦利品らしきものをいくつか持っていた。それらを地面に下ろし、構えながら近づいてくる。
「俺たちが渡してやってもいいんだぜ、もちろん、此岸から彼岸にな」
どうひいき目に見ても、湖の対岸に渡りたくて困っているプヨン達を助けにきてくれたとは思えなかった。




