生活魔法の使い方
性格的なものなのか、3歳になると部屋でじっと本を読んだりするよりは、外を歩き回るほうが好きで、日中はほとんど教会内をうろうろしていた。
さすがに教会を出て町に出たことはなかったけど、教会内にいる限りは特に何も言われることはなくなっていた。
強く歩こうと思えば割と好きに歩ける。ものも持ち運べた。
だいたい朝はお祈りの水瓶を1つもらって、お祈りの練習のようなこともしていた。
どのくらい効果があるのかはわからないけど、お祈りした水を自分で飲むとなんとなく元気が出てくる気がしたので、効果はありそうな気がする。気がするだけかもしれないけど。
1度炎を出したり消したりできるようになってからは、時間がある限りひたすら練習だ。
燃やすものがあれば、炎の温度を上げるには空気の供給量を増やすのが一番手っ取り早い。体積の大きな炎にするには熱による上昇気流を利用、大量の空気を吹き付けてやるだけでよかった。このあたりは予想通りの反応を見せ、すぐできるようになった。
また、その応用で逆変換をすれば、温度差による風も起こせる。
ただ空気はどうしても逃げるため、気圧を直接変化させることは時間がかかった。
それでも徐々になれていくと、一定範囲の空気の分子を逃がさないように手で集めて押しつぶす感覚がわかってくる。
圧力をあげたり、逆に空気を薄くすることで気圧を下げることも、慣れてくればけっこう楽にできることもわかった。
理屈だけであれば、圧力の高い空気弾を作ったり、気圧差を利用することで風の強さや方向を自在に変化させることも可能だとわかる。手元の気圧をあげてやることで、送風機のように手から風を出したりすることもできそうだ。
そのうち複合効果も思い浮かぶようになる。火を起こすとき、熱を利用して風を起こし、その風でさらに空気を炎の中心に向かわせる。相乗効果でさらに火力も強くなるため、2つを同時に使うことが本来あるべき姿だとわかってきた。
本日のお試しが一通り終わったあとは、いつもの日課で治療の様子を見るためメイサのところに行く。
色々と原理を考える。
身体の治療は切ったり折れたりしても、材料はあるんだろうからもとの位置に並べなおしてって感じなんだろう。
流れ出してしまった血の補充はどうしてるのか。かき集めてるのか、それともあーいうのもなんかうまく作ってるんだろうか。
もともと人の体はある程度の血であればいずれ再生される。それをほんの少し加速させてやればよい。ただそうした再生で、あるものを複製している間はいいけど、失われてしまったものを作るのは一気に難易度があがりそうだ。
究極を目指していくと、イメージとしては万能細胞をつくるみたいになるのだろうか。そんなことを考えていた。
するとあちらから駆け足で一人の兵士が駆け寄ってきた。
金属製の鎧を着ていたり、剣も帯びているところからすると、それなりにきちんとした武装兵士のようだ。
「メイサ様、お手紙を預かってきました。確認をお願いします」
そういうと、兵士は、指先で空中をなぞるように動かした。すると、目の前に封蝋された封書が突然あらわれた。
(おぉ。空中に突然封書がでてきたよ。どうなってる?)
俺は、あまりの突然のことで、無から湧き出てきたような封書を茫然と見ていた。
兵士はそんなことにも気づかず、メイサも意に介した様子もなく、ざっと目を通すと、
「急ぎですか?返信が必要でしたら、すぐしたためますが・・・」
と返事する。
「できれば、お願いします」
「では、あちらのほうでお待ちください。すぐに準備しますので・・・」
そう言いながらメイサは部屋の奥の椅子を指さして、すぐどこかにいってしまった。兵士も言われたように指示された椅子に座り、そのままじっとしている。
さっきどうやったんだろう、仕組みがよくわからない。
(教えてくれるかな?ちょっと聞いてみようかな)
疑問があるとプヨンは尋ねずにいられない。思うままに退屈そうな兵士に話しかけてみた。
「ねーねー、さっき、手紙出した時って、どうやったの?急に出てきたけど」
兵士は突然話しかけられびくっとしたようだったが、相手が小さい子供だとわかると笑いながら教えてくれた。
「あー、手紙をとりだしたときかい?あれは、ストレージって言うんだよ。突然でてきたからびっくりしただろ。」
「うん、びっくりした。あーいうのって、みんなできるの?」
「いやー、どうかな。簡単にはできないんだけどね、ちっさいものならこっそり持って運べるんだよ。」
兵士はそばにあった小瓶を手に持ち、何か念じるようにつぶやきながら横に動かした。
すると指の動きにあわせて、小瓶が徐々に透けていく。そして完全に透けて見えなくなってしまった。そのまま床の木の板が見えている。
「どうだい。やるだろー」
兵士は誇らしげだ。子供相手だからか見えたものだけでなく、その背景もわかりやすく教えてくれる。
「こうやったらでてくるんだよ」
逆に指をなぞると、また小瓶がでてきた。
「おぉぉーー、すごいね。」
(ほんとにすごいな。どうなってんだ)
ほんとによくわからなかった。どうやらプヨンが思いつく原理では説明できないようだ。
「これって、どうやってるの?どのくらい入るの?」
聞いてみると、兵士は微妙なところを突かれたのか、ちょっと恥ずかしそうに、
「いやー、実はあんまり入らない。手紙を、3,4通入れたら、もういっぱいかなぁ」
「へー。でも、すごいな。あれって、消えてるの?どこかにいくの?」
再度ほめられて気をよくしたのか、再びにっこり笑って、
「消えてるわけじゃないよ。すぐそこにあるんだよ。でも入れてる間は見たり触ったりできないポケット? そのようなものなのかなぁ。なんていえばいいのか、紐というのか印をつけたものを、見えない箱に入れるようだものだ。入れてもその端っこを持っておくと紐を引けば取り出せるだろ?」
そう言われ、プヨンはその通りにテーブルの上に置いてある小瓶を指で押し、動かしてみた。
指で押された小瓶はころころと転がり、テーブルの端から落ちて、
パリン
割れた。
「ははは、そんな簡単にはできんよな。使える人は秘密の運搬とかができる、特殊技能者でもあるんだよ。たくさんは運べないけど、こっそり運びたいものとかね」
兵士に笑われた。そして、
「ただ、これは剣とかと違って練習したらしただけ上手になるのとはちょっと違う。元からできたり、ある日突然できるようになるんだ。そして、できたあともがんばってもあまり劇的には変わらない。もっと入るようになったりするには、練習というよりはこつを掴む必要がある。きっかけがないかぎりはかわらない。だから僕もずっと手紙配達だよ」
ちょっとしたアドバイスを教えてもらえた。このこつって結構重要じゃないのかな?そう思っていたら、ちょうどメイサが戻ってきた。
「あー、瓶を割ったの?なにやってるのよー、プヨン」
メイサに怒られた。兵士はメイサから手紙を受け取ると、再び見えないように保管し、一礼するとそのまますぐに部屋を出ていった。
プヨンは割れた瓶を後片付けしながら考える。
(さっきのストレージというのか、あれは、どうやったんだろう。こうやって、すーっと動かしながら透明にしていたよなぁ。こんなふう?)
いろいろ思い返しながら、
(触れないけど、すぐそこにあるっていってたよなぁ。紐づけして、取り出せるとも)
そのまま夕方まであれこれためしたけど、その日は結局できないで終わってしまった。




