魔鍵(まけん)の使い方
2人は食事を終わらせ、簡単に後片付けをした。
最初、ターナはプヨンに連れて行ってもらうつもりだったが、プヨンは手ぶらで、徒歩移動であることがわかった。プヨン自身については興味があり、もう少し話をしたい気持ちはあった。
ただ、魔法の相性が悪いのだろう、好意も引き出しにくく、プヨンのことを何がなんでも知りたいというほどでもなかった。
とりあえず並んで町に向かって歩いていると、少ししてすぐに、同方向に進む商業馬車が近付いてきた。
ターナは、例の好意魔法を使いながら御者に話しかけ、次の町まで乗せてもらうことに成功したようだ。
「プヨン、一緒に乗せてもらえるように交渉しようか?」
「いや、いいよ。のんびりいくから。またねー」
「せっかく乗せてもらえるのにー。つまんないやつ」
(クッ。最後まで、拒否するつもりね。せっかく乗せてやろうというのに。まぁ、いいわ。先に行って、用事をすませてから、町の入口でまた見つければいいわ)
ターナは少しご立腹だったが、挨拶をすると、ターナたちは2人そろって馬車のはじにのせてもらい、そのまま馬車で走り去ってしまった。
プヨンは、再びストレージからマックボードを取り出すと、移動を再開した。
おなかもいっぱいになり、一休みしたこともあって、快調にすすんでいく。ここからさらに2時間ほど走り続け、夕方になる少し前くらいに、目的だったメナキアの町に到着した。
町の規模はプヨンが元いたユトリナの町と大きくは変わらないが、旅行関連の店や魔道具屋なども並び、行商人や買い物客などで人通りは多かった。
また街道沿いの宿場町なので、旅行者やそれ目当ての飲食店、酒場なども並んでいた。
メナキアの町についたプヨンは、とりあえず今日の宿を決めた。取り入って特徴のない安宿だ。
学校のあるキレイマスは、ここから30km程度。今日中に学校そばまで移動できなくもなかったが、はじめての移動で疲れるだろうと思って、もともと、ここで一泊するつもりだった。
もちろん、魔道具屋見学はするつもりだ。
「とりあえず、レスルにいこうかな」
これといっていく当てがないが、違う場所のレスルには興味があった。
この町のレスルも例にもれず、使用者の利便性を考えて、町の出入り口のそばにあった。町に入ってすぐ寄ればよかったのかもしれないが、結果的に、町の入口と宿泊先を往復するはめになってしまった。しかも、町の様子を見ながら適当にぶらぶらして寄り道し、時には飲み食いしながらなので思った以上に時間がかかっていた。
なんとなく一人で手持ち無沙汰なのもあって、ちょっと寂しいなと思っていると、よく見たら見覚えのある馬車が停まっていた。
そばに寄ってみると、ユコナも馬車の前に立っているのが見えた。サラリス達の馬車のようだ。今着いたのだろうか。長時間乗車の疲れなのか、体をほぐしている
プヨンが寄って行くと、ユコナも気づいたようで、驚いた様子で声をかけてきた。
「プヨン、な、なぜここに?それも私たちよりも早く?」
「えー、朝言ってなかったっけ?2人と同じ方向に行くって。どっかで追い抜いたんじゃないかな。疲れたっぽいね」
伸びをしているユコナを笑っているが、ゆっくりしていられないのか、
「ま、まぁね。でも、ちょっとレスルに行かないといけないの。暇だったら付き合ってよ」
強引に腕を取られて引っ張られた。
「え、うん。いいよ。自分もちょうど行こうと思っていたし」
レスルに向かって歩きながら、ユコナがたずねてくる。
「ねぇ、プヨンって私たちよりあとに町を出たんでしょ?例のボードだけで移動したの?」
「え?まぁ、そうだけど。なんで?」
「ちょ、ちょっと計算がおかしいわよ。あれで馬車より速いのもおかしいし、そんな長い時間走り続けられないでしょ。私たちの後から町を出て、私たちの馬車を追い抜くなんて、移動距離考えたら、速度も時間もふつうじゃないと思うけど・・・」
「そ、そうなんか?いまいち、ふつうがどのくらいかしらないけど・・・まぁ、いいやん」
距離が近くて助かった。すぐに、レスルについて、そっちの話は強引に打ち切った。
「で、レスルにきて、何をするの?」
「あ、そうそう。こっちよ。魔鍵の手続きをしたいの」
ユコナは、まだ、ききたそうではあったが、用事が先なのか、受付のほうに走っていった。
魔鍵とは、マールス通信とも呼ばれるが、魔力通信やその通信をするための魔道具のことを指す。
魔力を波動として一定方向に飛ばす、停止を組み合わせて符号通信ができる。
こうした魔道具は、精神が練りこまれてできた結晶、尖晶石を利用して作られていた。
符号自体は、「あいうえお」などと同じで、一般的にもよく知られていた。もちろん、速く打つ、聞き取ろうとすると、それなりに熟練が必要になってくるが。
操作する魔鍵員の魔力の蓄積練度と大型の尖晶石の純度にもよるが、方向がずれなければ、町2つ3つ向こうまで信号を届けることができた。
これを組み合わせて中継することで、さらに遠方にも届けることができる。このあたりの地域で使える汎用的な通信手段だった。1文字3グランもする高価なものだが。
ユコナは、事前に用意していたのか、文章を書いたものを持っていた。長文でもないだろうが順番待ちをしている人がけっこういる。
魔力の蓄積時間を考慮すると、多少は待たされそうで、プヨンは、その間、レスルの依頼を見て回っていた。
「さすがに、ユトリナとは違うな。メルキナは、尖晶石入手の依頼が多いし、難易度が高いと高額の報酬も多そうだ」
プヨンが独り言を言ったように、ユトリナのような採取、害獣駆除に加え、尖晶石の入手や魔道具に関する依頼がかなりの部分を占める。精神は万物に宿るともいわれるが、尖晶石は、動物の死骸などの残留精神や、まれに鉱物や地水火風などの自然物にも存在することがあった。
ここ、メルキナから北は、1日ほどいくと、しばらくうっそうとした森、不死の樹海と呼ばれる地が続く。さらに森を抜けると、数百キロにわたり無人の地になっていた。広大な高原、そして、北の強国、ウェスドナ帝国との国境である大きな山脈が広がっていた。
そこは、人の手が入っていない上、富栄養の森のため、大量の生き物が生息している。
エサが豊富で大型化しやすく、自我のある生物や魔法を使う生物も大量にいた。また、地勢的に自我が固まりやすいらしく、大半が体内に尖晶石できていた。そして、死んだ後も残った自我で活動し、やがて、肉体が朽ち果てると、そのあたりのものに宿ることもあった。
聞いた話では、さらに奥の方にいくと、自我をもった植物や自然物も頻繁に出会うらしく、よほどの経験者でないと近寄らないらしかった。
こうした事情から、メルキナ近辺では、危険をいとわなければ、石じたいは小粒のものから、純度と大きさを兼ね備えた高級品まで潤沢に手に入りやすく、かなりの尖晶石の供給があるメルキナは魔道具の供給地の1つになっていた。また、それを目当ての採石者も集う。
ふと聞き耳をたてると、どこそこでとれた石がいくらで売れた、このあたりが狙えるとかいう話も聞こえる。ただ、石自体はより森や山に近づくほうがいいため、この町の周辺のほうが拠点になるらしい。プヨンの行く学校のあるキレイマスもそうした町のひとつらしく、何度か町の名前が耳に入ってきた。
そうした観察をしている間に、ユコナは目的を果たしたようで、プヨンのところに戻ってきた。




