入学試験前日 3
小さい側の人型シルエットを両手でつかみ、わさわさと前後にゆすってやる。そう力をいれたわけじゃないが、
「い、いたいいたい」
「はやく、姿をだせー」
女の声で悲鳴があがり、プヨンもそれにこたえて声を荒げる。
「わ、わかった。わかりました。だから、それやめて」
そう声がしたので、とりあえず、一旦休戦し、力を緩めてやった。
すると、背景と同化していた景色が変化しはじめ、徐々に人の姿になっていく。もう1人女の子が現れたが、どうもプヨンの見慣れた町の女の子とは感じが違っていた。背が1mくらいで、目鼻などの感じも子供のようにも見えるが、肌の色合いなども妙に透き通るようで異なっている。
ただ、一目見るだけで、ぶすっとふてくされているのはわかる。雰囲気は最悪のはずが、それでも不思議と居心地が悪くは感じなかった。
どう声をかけるか、プヨンが悩んでいると、向こうから声をかけてきた。
「なぜ、私の言う事を聞かないのですか?なぜ、私がいるのがわかったのですか?なぜ、私を攻撃できるのですか?・・・なぜ・・・なぜ・・・、今日のお昼は何を食べるのですか」
やたら、なぜなぜを聞いてきて、最後に昼メシの内容を聞いて締めくくられた。もちろん、プヨンは、一度に大量の質問をされたため、内容は何一つ覚えていない。
「なぁ。一つ聞いていい?なんで、こんだけムカつくことを言われているのに、不思議とキミに嫌悪感が湧かないのかな?なんでだろう」
不思議と目の前の女の子はいやな気はしない。よく、気に入らない相手からは殺気や嫌悪感を受けるが、なぜか、目の前は慈悲深い女神様のように、好意的に見えていた。
「そ、それは? 教えられません・・・」
そう言われると知りたくなる。ゆっくりと両手を広げて、頭をつかむような動きをしながらゆっくりと近づく。
「ひっ」
小さく悲鳴をあげて、女の子はゆっくりと後ずさる。
「もちろん、逃げるってのも、たぶんムダムダムダでーす」
逃げるという選択肢を塞いであげると、あっさりと観念したのか、しぶしぶながらも教えてくれた。
「それは・・・ハイネスです。肉食動物や剣士が殺気を向けて相手を威圧して動けなくするように・・・、神々しいまでの好意をあびせかけて、相手の奉仕を引き出すのです」
「おぉ・・・、そんなことができるんだ。なんという、悪い奴・・・」
プヨンは、説明を理解するとその中身に恐れおののいてしまった。たしかに、動物も人も戦いになると、大なり小なり殺意などを放つ。
そう考えると、好意を投げつけるのもありえそうに思えた。自分が好かれていると思うと、こちらも好意的になる。それを強化したものなのだろうか。
ふつうは恐怖の中で食べられる生き物が、喜んで己の身を捧げてしまうような。
「しかし、なぜか、あなたには、通じなかったようです。なぜか、教えてください?」
「いや、そんなことないよ。かなり、なんていうか、君には優しくしてやろうと思ったし」
「じゃぁ、なんで、してくれなかったんですか?今も、私の質問じゃなく、自分の好きな方を優先しているじゃないですか?」
「え?なんでって、なんでだろ? 別に、君はいいなとは思うけど、あくまで思うだけで、自分を犠牲にしてまでは奉仕はしませんよ?」
「そ、そんな。私のハイネスにあらがえるなんて・・・」
「で、でも、俺、特に何もしていないと思うけどなぁ」
プヨンは、特に何か意識して抵抗したつもりはなかったが、女の子は、それ自体が納得いかないようだった。
(もともと、人は、体内の魔力に応じて防御もある。ということは、私の予想以上の強い意思が体内に流れているということなのかしら?そうは見えなかったけれど、うかつに聞けないわね)
女の子は頭の中でいろいろ考えていたが、口に出したのは、
「キミだと話しにくいので。私は、ターナよ。こっちは、ツターナ」
ターナと名乗ったほうは口が動いているが、ツターナのほうは、ほとんど口が動かない。もちろん、声も出ていなかった。
「ボクはプヨンだよ。ここには、昼ご飯を獲りにきただけ」
そう言いながら、プヨンはじっとツターナの方を見ていた。一見すると人間のように見えるが、自分の意思というものを感じられないし、表情の動きが極端に少なかった。
一見して、冷たい雰囲気のようにも感じられるが、なんとなく、生気が感じられない。
そう思ってじっと見つめていると、
「ツターナは、私の意思で動くフクワーンなの。人形に近いかもね。だから、なんていうか純粋な生き物じゃないわ。だから、おかしなところや細かいことは気にしないでね」
フクワーンというのが何かはよくわからなかったが、どうやら生き物ではなく、ターナが操っているものだということはわかった。




