入学試験前日
プヨンは、朝早くから町の出口に向かう。
いつものフィナのいる方向と反対、町の西側の方向だ。
当然だが、学校に行くメサルを護衛するということは、その学校の生徒になるのが簡単で現実的な方法だった。学校の関係者として出入りするという手もないわけではないが、それでは護衛に専念できないだろう。
試験突破が最低条件なのは仕方なかった。
そして、4日後の試験を学校の試験場所で受けるためには、学校まで移動しないといけなかった。移動時間を考えると、今日あたりがギリギリだ。
「あー、急いで歩いても、次の町まで2日、そっから、さらにもう1日かぁ」
プヨンは、単独で町から離れたことがなく、長距離の移動はほとんど経験がなかった。
もちろん、これから行く方向は、まったくの初めてで、距離感や目印なども何もわからない。
休憩や食事なども、近場での遊び半分のキャンプ程度をしたことは何度もあった。ただ、移動が主目的になったことはない。ほとんど機会がなかったこともあり、まったくノウハウがなかった。
いよいよ出発となって、火事や戸締りを何度も確かめる人がいるように、プヨンは忘れ物がないかカバンの中身を何度も確かめてしまっていた。あらためて、自分が、根が慎重なのだと思い出す。もちろん、地図も何回も見直していた。
「とりあえずの路銀、一応の着替え、ちょっとした道具。こんなもんか」
独り言を呟きながら、さして多くない荷物を確認する。
ストレージの使い方がうまくなったとはいえ、最初の頃は、うっかり入れたものを見失い、荷物をロストして取り出せなくなった痛い記憶がある。この1年ほどはロストしたことがなかったが、まだ、100%の自信がなかった。
「念のためお金も入れられる程度には自信がでてきたけど、受験票は1個しかないし、やめとこうか」
受験票などの貴重品は、ロストの可能性がゼロではないストレージに入れるか、盗難の可能性がある鞄に入れておくか、悩むところだった。
お金も、1000グラン以上は入れる気にならず、結局レスルに預けっぱなしだった。
(試験・・・微妙。誰も道連れがいない。さらに、メサルは特待生で受けないとか、ふざけてる気がする)
昨日、レスルに、書類を取りに行ったとき、ヒルマに言われたことを思い出す。
「もともとメサル様は、特待で入れることが前提になっていますので、プヨンだけ受けてきてね。もちろん、落ちるとかダメよ。それが契約条件よ」
「そ、そんな。なんか、めっちゃズルい気がする」
「それは仕方ないわ。雇用者と使用人の違い。あきらめて」
ヒルマにはバッサリ切られてしまった。まぁ、そこは食い下がったところでどうなるものでもない。おとなしく、受け入れておくしかないし、ごねても変わりようがなかった。
「それから、受験時の身分証は、この町のレスルのを使えばいいわ。ただ、あっちで資格条件のある仕事するなら、場所ごとに資格は別だからね。まぁ、ここの身分証が担保になるから、高レベルの資格を受けたいと言っても門前払いはないと思うわ。簡易試験で裏が取れたらすぐ発行してくれるでしょうけどね」
違う町で行動する場合のアドバイスもいろいろと教えてくれた。
町から出る前に広場を通ると、なぜか、サラリスとユコナがいた。自宅用の馬車を用意しているところを見ると、どこかにでかけるのかもしれない。ちょうど馬車に乗り込もうとしているところだった。2人を見かけたプヨンは、挨拶ついでに声をかけてみた。
「2人とも、こんなところで何してるの?でかけるの?」
ふと見ると、サラリス、ユコナ以外に、女性が1人と、ルフトもいる。珍しく、ルフトも姿を現している。こっそり護衛ではなく、ちゃんとした護衛のようだった。
プヨンに気づいたユコナが返事をしてくれた。
「え、えぇ、ちょっとね。メナキアの町までいくのよ。もしかしたら、ついでに王都に戻るかも。一時的にだけどね」
メナキアは、そう大きくない町だが、魔道具加工で有名だ。
魔道具は、精神が固まった石、尖晶石を埋め込んで作られ、得意でない分野の魔法でも、必要な魔力を注げれば簡単に発動できる道具になる。
着火道具や魔明と言われるランプなどが代表的なものだ。
このあたりでは少ないが、こうした尖晶石は、人や動物が死んで残った精神体や(マジノ粒子を蓄積しやすい)特殊な鉱物がもとになっている場合が多い。
以前戦ったカルカスなどは、こうした鉱物を含んでいて、石に残った残留意思で行動している死体になる。
こうした生物の発生が多い地域では、武闘系の傭兵、冒険者達は、こうした不浄物を駆除し、手に入れた石を売って生計を立てている者も多かった。
魔道具は、ここ、ユトリナでも売られてはいるが、元はメナキア産が多い。そのため、大量に欲しいときや、こだわりがあるときは、メナキアに買い付けに行くことが多かった。
しかし、なぜか、ユコナの口調が暗く感じる。あまり行きたくないのだろうか。ただ、メナキアというと、プヨンがいく、キレイマスの町のすぐ隣だ。たまたまなのか、行く方向が同じなので、興味がわいた。
「へー、王都に戻るんだ。なんの用事があるの?2人そろってなんだね」
そう聞くと、
「なんだっていいでしょ。いろいろ事情があるのよ」
超ぶっきらぼうにサラリスが返してきた。プヨンにはもちろん悪気があるわけでなかったが、サラリスは、何か気に障ったのだろう。かなりきつく怒られてしまった。
目を合わせられないが、ちらっとふと横顔を見ると、サラリスは機嫌が悪いというよりは、泣きだしそうに見えた。
さすがに、いきなり怒られたプヨンを不憫に思ったのか、ユコナが説明してくれた。
「ごめんね、プヨン。最近サラはいろいろあってかなり機嫌が悪いの。気を悪くしないで、そっとしておいてあげてね」
あらためてサラリスを見ると、サラリスはふてくされているのかこちらを見ない。ずっと、窓から、行きかう人たちを見ているようだった。
一通り話をすると、すぐ2人は出発してしまった。プヨンはおいていかれたが、だからといってサラリス達についていく理由もない。2人のことは置いて、自分の準備をすることにした。




