お祝いケーキの食べ方
今日は朝からプヨンはレスルに向かっていた。細かいことまで言うつもりはなかったが、昨日プヨンが襲われたことをハリー達にも伝えておこうと思ったからだ。
結局、昨日は、護衛の詰所にいるユコナと合流して、家の近くまで送ってあげた。
そのとき、ユコナにも一人歩きは控えろと釘をさし、ユコナも理由を聞いて気を付けると納得してくれた。途中で、姿を消したルフトが戻ってきたようだったので、あとは任せて引き揚げたが。
そのことを思い出しながら道を歩いていると、ある店の前にできている行列にぶつかった。 そういえば、ここはサラリス達がよく話している有名なケーキ屋だったはずだ。
そして、たまたまなのか、その中にサラリスがいるのが見えた。
「おはよう、サラ。こんなところで何してるの?」
「あ、プヨン。何してるって、見たらわかるでしょ。ケーキ屋にいるんだから、ケーキを買おうとしているのよ。ここはおいしいチョコケーキで有名なのよ。予約できないから、なかなか買えないんだけどね」
「へー、そんで、今日は朝からがんばってるの?すごいな」
「うん。今日はちょっとした記念日でね。ユコナとケーキでお祝いするつもりだったんだよね。ユコナには内緒なんだけどね」
急ぎでもないので、プヨンはサラリスの順番待ちの時間つぶしに付き合うことにして、少し立ち話をしていくことにした。
すると、サラリスは急に声を小さくして、
「そういえば、プヨン、ユコナに聞いたけど、ストレージできるってほんと?ちょっと見せて」
「え、う、うん。いいけど。ここで?人がいっぱいいるからなぁ」
「こっそりね。こっそり。このコイン入れてみて」
サラリスが何度もねだるので、プヨンはストレージでのコインの出し入れを見せてあげた。移動中に食べようと思った、今日のお昼用に買った瓶詰も出し入れしてみた。
「す、すごいね。なんでも入るの?どんな感じなの?」
サラリスは、興味深々という感じで聞いてくる。どう説明したらいいか、考える。
「えー、うまく言えないけどね、向こうに池があるでしょ。その手前に壁があるでしょ」
今ならんでいる位置から見える池とそのまわりの安全のための木枠の塀を指さす。
「入れたいものをこの石とすると、ここから、紐をつけた石を塀越しに池に放り込むような感じ?紐を持っている限りはなくならないし、引っ張れば取り出せる。でも、池の中がどうなっているかはわからないんだよね」
「私も練習してるのに、ぜんぜんうまくならないんだよね。こつってあるの?」
「こつ・・・?こつなぁ。なんだろう。こう、壁を乗り越えるきっかけを与えてやればいいんだけど。もしくは、壁に穴をあけてトンネルをつくるような・・・」
なんとなくイメージを伝えるが、プヨンも原理に確信があるわけではないので、わかったようなわからないような説明が続いた。サラリスも、ふーんと返事するだけだ。
そんなことを話ししている間に、サラリスの順番がきたようだ。もともと決めていたのか、すぐに2個ケーキを買っていた。そして、それをプヨンに渡す。
「え?なんで、俺に?」
「ユコナとレスルの広場で待ち合わせしてたんだけど、ストレージで運んで見せてよ。どんな状態になるのかな?ストレージに入れたものは劣化しにくいとよく聞くけど」
「たしかに入っている間は変化しにくいけど、温度とかは変わってたよ。運ぶのは、別にいいけどね」
ストレージに入れたものは状態が変化しにくいと言われる。例えば、外だと熱湯が10分でぬるくなるとしたら、それが、30分かかるように違う変化になる。ただ、これもどうやら個人差があるらしかった。
「じゃぁ、私、もう一軒寄るところがあるから、それはユコナと2人分だからね」
そういうと、サラリスはどこかに行ってしまった。
サラリスと別れてすぐプヨンはレスルに移動した。広場などをざっと見渡すと、すぐに練習場の隅の休憩場所に座っているユコナが見えた。
「お届け物ですよ。サラから」
ユコナの前に、ストレージから取り出したケーキを置く。冷たかったものがすこし温まって表面に水滴がついている。
何度も確かめたことだが、やはり入れたものにも一定の時間の流れがある。とまっているわけではなさそうだった。
「え?あ、プヨン。こ、これは、あそこのケーキですね」
ユコナはケーキを見て、目を輝かしている。
「これは、『それはユコナと2人分だからね』らしいよ。ユコナと2人分のお祝いケーキだってさ。サラから」
一言一句間違えないように、正確に伝える。
「えっ。そうなのですか?そ、そんなことが。サラ苦労したのにいったいどうしたのでしょうか」
ケーキを運んできた入れ物から、付属の木製のフォークを出しながら、ユコナが続ける。
「じゃぁ、2人で食べましょうか。プヨンもそこに座ってください」
「え、いいのかい?2人分だよ?でも、ユコナがそういうのなら・・・」
「え?2人分なんでしょ?おいしいですよ。ここの、このチョコクリームが最高です」
「う、うん。たしかに『それはユコナと2人分だからね』と言っていたな」
ゆっくりと思い出しながら、プヨンはサラリスの言っていたことを確認した。
「うわー、これおいしいね。僕は、このチョコ系のケーキが大好きなんだ」
プヨンは、ケーキの上にのっている飾りチョコからいただくことにした。
「そうれしょー、・・・これ・・・ぜっぴ・ですよ。・・たま・しか・買えないのよねー」
食べながら話すから、不自然に途切れる。ちょっと行儀が悪いユコナを笑っていると、あっという間に食べきってしまった。
「あー、ごちそうさまでした。じゃぁ、ちょっと僕はレスルに用事があるので、これで」
「またね。サラがわざわざお祝い準備してくれるなんてねー。珍しいな」
「うんうん。サラも後からくるって言っていたよ。自分も会ったらお礼言わないと。じゃぁねー」
「え?あとから・・・くるんですか?え?え?」
ちょうどレスルの練習場の入口にサラリスが見えた。ユコナが呼び止めているような気がしたが、プヨンは、ユコナに挨拶したあと足早に歩きだした。さらに、歩く速度をあげる。
すれ違いにサラリスにお礼を言う。
「ちゃんと渡しといたよ。ごちそうさまだって」
「え?ごちそうさま?どういうこと?」
何か嫌な予感がしたサラリスがユコナのところに走っていくのが見えた。
プヨンは、なんとなくわかっていたがそのまま立ち去る。そして、戸口の陰からこっそりと様子を見る。
まもなく、
「あんたバカなのー、2人って言ったら、あんたとわたしに決まってるでしょー」
サラリスの絶叫が聞こえてきた。ユコナが、慌てふためいている。なにやら必死に説明しているようだ。
身振り手振りも交えて一生懸命がんばっているのが見えた。
「今度、あんたが並んで買ってくるのよ。それまで許さないからねー」
(まぁ、そうだよな。でも、俺はちゃんと一言一句間違いなく伝えた・・・大丈夫)
そのままホイザーのところに行き、昨日の2人の女性の件を報告しておいた。




