魔法研究の始め方
「西暦2691年10月11日、我々はまた過去の様々な発見に続き真理に一歩近づくことになった。この大いなる偉業の・・・・」
物理学者 カタロ・ラムキスは、20年参画してきた偉大な実験が始まり、喜びに打ち震えていた。
今回の実験の目的、それは、マジノ粒子。物体と精神の力を結び付ける理論上の粒子だ。
この時代では、原質量や重力など、物体同士に働く法則はすでに大半が解明されていた。しかし、人の思い、精神と物体の間に働く力あることはわかっていても、その物質はいまだに発見できていなかった。
ここ200年ほどは、嫌悪や好意の強さを測定し、その変化を記録する装置が実用化されている。好意感情を高める香水や照明なども身近に売られている。また、本人の意思の力を利用して薬の効果を飛躍的に向上させ、筋力や呼吸数、皮膚や骨の強度を高めることも、ごくふつうに行われていた。
本日の実験のため、とある恒星系のはずれに直径5千万kmのリング状の加速装置を準備していた。加速してエネルギーを高めた原子同士を衝突させ、そこからあふれ出た物質が人の意識にどう影響をするかを調べるのだ。
すべてのシステムは、原子時計に管理され、すべてが順調に進んでいた。
「・・・5,4,3,2,1,0・・・・」
制御システムにより実験が開始され、画面の数字がめまぐるしく変化する。
ふと気づくと、目の前に光の点があらわれ、そこにまわりの物質が集まってくるように感じる。まるで、自分の体と感情が一点に向かって収束していくようだ。
「お、押しつぶされる。なにか異常が発生したのか・・・、チェックシステムは?」
予想外の事態が起こったことは間違いない。何とかしようと思いはしたが、それも一瞬の出来事だ。なすすべもないまま、意識がなくなってしまった。
ふと意識がもどったが、何も感じない。どうなったのか思い出そうとするが、何も思い出せなかった。
「何か目の前が光ったような気がしたが、そのあとなんだっけか・・・」
最後に覚えているのはまぶしい光と押しつぶされる感覚。それだけだが、それがついさっきなのか、それともとても前のことなのかもわからない。独り言をつぶやいたつもりが声にもならない。思っただけだった。
するとカタロの声、いや思いに反応したのか、カタロ以外の反応があった。
「おや、意識があるのね・・・って、これ、伝わってる?」
人の声が一文字ずつ聞こえたのではなく、目で見るように瞬間的に感じた。
「え? えぇ、わかりますけど?どなたでしょう?」
「おぉ、反応が。よかった。はじめてなのよね、こうやって話をするの」
どう返事したらいいのかわからなかったが、これも思うだけで相手に伝わった。
「一言で言うなら、あなた達の言う『マジノ粒子』よ。たくさん集まって自我をもつようになったのがわたし。まぁ、もともと名前なんてものもなかったから、『マジノ』って呼んでくれていいわ。なんとなくぼやっとした光みたいなの感じるでしょ?その中心がわたしの核よ。わたしからもあなたの核が感じられるわ」
『見えない?』ではなく、『感じない?』と聞かれた。何か見えるわけではない。ぼんやりした霧の中にぼやっとあかりなのかぬくもりのようなものがある。
(このぼやっとした明かりのことかな?)
カタロは何かに触れている感覚がない。そもそも手もないし、見えているというのも違う。感じるとかわかっているというのが近い。距離も近い遠いではなく、感じ方の強い弱いのようだ。少なくとも人の体では存在していないようだった。
「死んでしまったのかな?」
何がどうなのか、さっぱりわからないこともあり、思いついたまま聞き返した。
「肉体がなくなっただけかな。『死』が意識の散逸を意味するなら、死んだわけじゃないわ。まぁ、あなたたちの言う幽霊みたいなものかも。もちろん、わたしも神様じゃないし。あなたと同じ意識体よ。まぁ、でも、感じたままでいいわ。私を見て女神をイメージしたのなら、女神マジノでもいいわよ」
意識の中で、丸いかたまりは人の形になる。
「こ、こんな感じかしら?あなたの女神のイメージをもらったんだけど」
(え?女神?それならば、黄金比だ)
混乱しているからか、思わずカタロの理想女神像が意識に浮かんだ。
カタロの心の中を読まれでもしたのか、真の美しさを司る黄金比率の体型に変わっていく。96、58、96、96を58で割ると1.602だ。
目の前に現れる巨大な存在感、その『みすがた』が意識内に強く浮かび上がった。
それを無言でぼーっと見ていたが、ふいに我にかえった。
「・・・それで、僕はどうなったんでしょう。何が起こったかさっぱりわからない」
「私はちょうど大きなエネルギーを感じてあなたたちを見ていたんだけどね。物質からマジノ粒子を無理やり分離したから、粒子内のエネルギーが反発したのよ。行き場を失ってあなたを中心に集まる爆縮、インプロ―ジョンを起こしたの。あなたの意識がものすごーく密度が高くなったのよ。こう、ぎゅーっと、押しつぶされて、私と会話できるくらいまで濃くね。そのあとここまで飛ばされたのね」
「え?じゃぁ、俺の体は?まわりにいたみんなは?システムは?」
「ばらばらよ。ばらばら。あのあたりは物質も意識もいろいろなところに飛び散ってしまって、もう何も残ってないわ。あなたがここにいるのは奇跡といってもいいわよ。少なくとも私の感じる範囲では、あなたしか感じられないわ」
「じゃぁ、話すのが初めてと言っていたのはどういうこと?」
「私はマジノ粒子が集まった意識体なんだけど、この近くには仲間みたいなのはいないのよ。宇宙の星をイメージしてみて。ある星にいても、隣の星は遠すぎて連絡できないのと一緒。だから仲間はいるんだろうけど、話をするということはなかったの。未知との遭遇みたいなものね」
(恒星ごとに自我があるガイア理論みたいなものか。ガス生命体みたいな?いろいろ物質に影響をさせられそうだけど、神様とは違うようだ。生命を作り出したり、時間をさかのぼったりはできないんだろうな)
カタロは状況を理解したつもりになるため、独自解釈も入れて強引に自分を納得させた。