ダンジョン、そしてベヒモス
俺達は今ダンジョンの50階層を真ん中あたりまで進んだところにいる。
90階層まではギルドで地図が貸し出されるので、それを頼りに進んでいる状況だ。
「そこの右横からくるぞ」
俺はリディアたちに指示を飛ばしながら後ろで見守る。
だがただ見守ってるわけじゃない。気配察知のスキルを使用して魔物がどこにいるのかを常に探っているのだ。
そのおかげで前はLv.3だったのに6まで上がっている。
飛び出してきたウシ型の魔物――所詮ミノタウロスと呼ばれるものを斜めに切り落としながらティアが不満の声を上げる。
「んもう、ハルトさん!どこから来るか言ったら私たちの訓練にならないでしょう!」
「...同意」
ティアの言葉にぶんぶん首を振るリディア。
「ぐっ...だ、だが俺もスキルを鍛えてるわけで...」
「それなら言わなくても気配はわかるでしょうが!もし私たちが危なくなったら助けてくれればいいんです!」
「ぬぅ...わかった。だが無理だけはするなよ」
「...ん。大丈夫」
というわけで狩りは全部リディアたちに任せることにした。
はたから見れば女性に狩りを任せて後ろをのうのうとついてくる寄生プレイヤーに見えることだろう。
現に、たまにすれ違う高ランクの冒険者たちには奇異の目線を向けられる。
大抵のものは俺の実力を察知して「ああ、なるほど」という表情を見せて去っていくのだが、女性の高ランク冒険者には何度か話しかけられたりする。
そのたびにミノタウロスの頭を握りつぶしたりするのは面倒なので、そろそろ狩りを交代しようかと思っている。
「なぁリディア、ティア、そろそろ交代しないか?」
「...ん、仕方ない。もうすぐ51階層だからそこはハルトに任せる」
「私も構いませんよ。そろそろ休憩したいと思ってましたからね」
リディアとティアはここにくるまでに幾体ものミノタウロスを殺してきた。
その数は優に100を超えるだろう。
だがどれも体をバッサリ切り捨てられているか、首を落とされている死体になっている。
「ここが51階層の階段だな。じゃあ降りるぞ」
「「は~い」」
まるで小学校の遠足みたいだな、なんてことを思いながら階段を降りる。
階段の下には先ほどと変わらない通路のようなものがあり、その奥にはかなり広い部屋がある。
その部屋の近くの壁には、『セーフゾーン』と書かれている。
その中に入ると、何十人もの負傷した騎士と、体中に傷を負って伸びている勇者一行。
そしてそれを必死に回復させてる治癒師の香織がいた。
「...何やってんのお前ら」
「...この階層でこれほど消耗するとは思わない」
「何か出たんですかね?竜の群れとか」
「...それならいくら私とティアでも無傷じゃいられないからそうなのかもしれない」
さすがにそれはないだろ、と思いながら香織を見やる。
香織はこちらに気づいてないようで、せっせと回復させている。
時節、ポーションのようなものを飲んでいるが、たぶんあれは魔力回復ポーション的な何かなのだろう。
「なんかめんどくさそうだからこのままいくか」
「...そうすべき。面倒事は避ける」
「そうですね。私もそれがいいですぅ」
俺らはなるべく壁際を歩き、見つからないように気配を消す。
勇者一行の真横を通り過ぎようとしたとき、香織の体がビクンと震える。
そして辺りをキョロキョロ見回す。
そんな香織の様子に異変を感じたクラスメイトが声を掛けるも、香織は何かを探すことに夢中で気づいてないようだ。
そして不意に香織と目が合う。
俺は気配を極限まで消しながらも、絶対にないであろうことを想像していた。
(ま、まさか、気配遮断をなんのスキルも無しに破ったというのか!?いや、それはあり得ないはず...だがいま目が合って...)
頬に冷や汗がツーっと流れる。
その瞬間、香織が治癒師とは思えないほど高速でこちらに近づいてくる。
一瞬の間に距離を詰められた俺たちは何もできずに香織の接近を許してしまった。
香織は俺の前まで来ると徐に両腕を突き出し、ガシッ!と俺の両肩を掴んだ。
「やっぱり!ハルト君だったんだ!」
にぱぁ、と満面の笑みを浮かべる香織。
だがそんな表情とは裏腹に肩に置かれてる腕には物凄い力がかけられている。
絶対に離さない、とでもいうように。
「お、お前、どうやって気配遮断を...?!」
「どうやってって...私のハルト君センサーが、こう、ビビッとね?」
ね?じゃないよ香織。いつの間にそんなセンサー取り付けてたの?
てかそのセンサー高性能過ぎない?俺の気配遮断のレベル8なんだけど?
「なんなんだそのセンサーは...」
「そんなことより!私、今困ってるんだけど助けてくれないかな?かな!?」
「いや、別にお前らを助ける義理もないし」
「...ダメ、かな?」
胸に両腕を集め上目遣いをする香織。
勿論、香織ほどの美少女がそのポーズをするといくらハルトでも少なからずダメージはあるようで...。
「..どうする?」
「...私は構わない。どうせもう見つかってるんだし」
「そうですよねぇ。今更、って感じです」
二人も即にお手上げの状態。
てか地味に肩痛いんですけど。
「...はぁ。わかった、少しだけなら手を貸してやる。だが勘違いはするなよ?これは貸しだ。いつかその貸しは返してもらう」
「ふふ、分かってるよ。それじゃあ早速、ここにいる人たちを"一気に"治してもらってもいいかな?」
「えっ」
これ、ざっと見た感じで40人近くはいますよね。
これを一気に、ですか?
いくら何でもブラックすぎでしょう...。
「さすがに俺でも無理かなー...なんて...」
「できるよね?私、知ってるよ?ハルト君が魔力量を隠してることとか、加護のこととか、称号のこととか...」
ハイライトが無くなってぶつぶつと念仏のように言い始める香織。
てかそんな情報どこで知ったの!?俺身内以外話してないんだけど!?
「そ、その話はどこで...?」
「え?本当だったの?私は鎌をかけただけだけど...」
「...くっ」
こいつ、できる...。
まさかあれで鎌をかけてるレベルだったとは...。本気にしか見えなかったんだけど。
「はぁ、まあいい。やってやるよクソが」
半ばやけくそ気味に【エリアハイヒール】を発動させる。
実は回復系の魔法は称号の力によってただの【ヒール】でもエリクサー並みに回復してしまうが、ハルトはあえて【エリアハイヒール】を発動させた。
理由としては、いろいろめんどくさそうだし、無駄に神経をすり減らすからだ。
まぁそれでも少なからず称号の影響を受けた【エリアハイヒール】は本来のエリアハイヒールでも治せない傷――部位欠損でも治してしまうのだが。
だがそんなものは副産物に過ぎない。
本来の称号の影響を受けた回復魔法は、寿命や見た目まで変更可能なのだ。
それがたとえ【ヒール】であったとしてもな。
さすが、死と破壊を司る神、といったところか。
死に関しては誰よりも熟知している気がする。
「ほら、終わったぞ。じゃあ俺たちは行くからな」
なんで勇者一行がこんなぼろぼろになったのかも気になるしな。
「ま、まってハルト君!その奥には――」
香織が何かを言っていた気がしたが、俺はその声に気づかない。
そしてそのまま通路の奥に消えていった。
◇◇◇◇◇
そいつは、通路を少し進んだところにいた。
茶色い体毛、ミスリルの如く硬い皮膚、巨大な牙、そして30mは優に超えるその巨体。
こいつは正真正銘――ベヒモスだ。
なんでこんなところにベヒモスが?
ベヒモスは本来、90階層レベルのボスだったはずだ。
「これが勇者たちがボロボロになってた原因、ね。こいつ、明らかに勇者たちより強いし、生きて帰れた分だけましだったのか」
「...私とティアでもさすがに勝てないレベル」
「私の剣でもあの皮膚は切れなそうですぅ」
ペタンと耳を折りたたんでしまうティア。
「んじゃ、今回はそこで待ってろ。すぐにケリをつけてやる」
「...ん、頑張って」
「ハルトさん、時間的にもう夜ですし、これが終わったらさっきのセーフゾーンでご飯にしましょうよ」
「そうだな。なら肉は新鮮な内に....――狩らないとなァ”?」
ハルトの纏う雰囲気が変わる。
今までの雰囲気が少し強い冒険者程度の者なら、この雰囲気は――まさに死神その者だろう。
ベヒモスは今まで絶対的な強者として恐怖など感じなかったが、生まれて初めて恐怖を感じた。
なぜなら目の前にいる人間が、先ほどまで余裕の表情でベヒモスが見下していた人間が、一瞬にして自分の力を上回る雰囲気を出し始めたからだ。
そんな人間が一歩一歩、自分のほうへ進んでくる。
ベヒモスはそんな状況に混乱し、咆哮を上げながらハルトに突進する。
「ブルルォアァァァァァァァァァ!!!」
まるで地震のような足音を響かせながら、その巨体に見合わぬ速度で突進してくる。
だがハルトはその巨体の突進を避けることもせず、立ち止まるだけだった。
勝った、とベヒモスは思った。
だがそれは間違いだったことに気づく。
目の前の人間がベヒモスの突進を片手で受け止め、さらにはその指を皮膚に食い込ませていたからである。
初めて感じたであろう痛みに、ベヒモスは怒りと痛みで悲鳴じみた咆哮を出す。
「ブルルォァァァァァォァァァァ!!!!」
だがハルトはその程度じゃ止まらない。
あろうことか、その巨体を片手で持ちあがらせようとしていたのだ。
最初は微弱だったものが、だんだんと視認できるほどに中に持ち上がっていく。
ベヒモスは必死に暴れるが、その抵抗も虚しく、完全に持ち上げられてしまった。
ハルトは持ち上げたベヒモスに雷を流しながらバシンバシンと床にベヒモスをたたきつける。
たたきつけるたびに床は、ドゴォン!ドゴォン!という音を発し、ベヒモスは叩きつけられる痛みと雷による痛みですでに瀕死状態だった。
ハルトは一際力を入れてたたきつけると、手を放す。
ベヒモスはふらふらとしながらも立ち上がり、数十秒後には何事もなかったかのように立ち上がっている。
だが体中には焦げ跡や所々皮膚がへこんでいる所が目立つ。
ベヒモスの眼にはすでに余裕の情なんてなかった。
あるのは敵意と殺意。この人間を殺すという信念だけだった。
ベヒモスは怒りに身を任すように、咆哮を上げる。
だが今度は突進してくるのではなく、魔法を使ったのだ。
牙が赤く発行し、そこから赤いレーザーが射出される。
だが俺は魔力障壁を少しだけ強めると、アンチマテリアル・ライフルを取り出し、ベヒモスの眉間に向けて発砲する。
ゴパァン!!
パイソンよりも低い銃声が辺りに響き、ベヒモスの眉間を見れば一発の銃弾が通るような穴ができている。
だがそれは貫通しているわけではなく、中に押しとどまったに過ぎる。
「なんつぅ防御力だよ。うんざりするぜ」
そんな愚痴をこぼしながらも再び眉間に向けてライフルを構える。
だがベヒモスは痛みで暴れまわっており、標準が合わせずらい。
「いい加減...大人しくしろやァ”!」
アイテムボックスから取り出した刀で右前脚と右後ろ脚を切り飛ばす。
バランスをとれなくなったベヒモスは転倒し、脚を失った痛みで暴れはしないものの咆哮をし続ける。
俺はベヒモスの口の中に手榴弾を数十個投げ込み、あごにアッパーカットを放ち口を閉じさせる。
数秒後、ベヒモスの口の中で大爆発が起こり、ベヒモスは喉をやられて声すら上げることもできなくなった。
俺はベヒモスの首筋に立つと、露骨にパイソンを当てる。
魔力を流し、レールガンモードを起動させ、引き金を引く。
ドパァン!
なった銃声は一発分だが、実際に放ったのは1シリンダー分だ。
それを二丁のパイソンで行うのだから、1シリンダーに8発入っているパイソンの弾丸が16発撃ちこまれたことになる。
反動でベヒモスの首と胴体は別れ、頭のほうは既に原型を保っていない。
俺はベヒモスの肉を刀で切り落とし、アイテムボックスに収納する。
魔眼を使えばすぐに終わったと思うが、まだ使ったことがないため、リバウンドや副作用が分からないからなるべく使いたくない。
「終わったぞ」
「...ん、お疲れ」
「さすがハルトさんですね!途中からベヒモスに同情しちゃうほどの強さでしたよ...」
「あれは戦闘というより蹂躙だもんな...それより、戻って飯にするんだろ?早く行こうぜ」
「...ん!」
「はい!」
◇◇◇◇◇
「ハルト君!無事?!」
「落ち着け香織。俺は無事だからそんなくっついてくんな」
「でも、奥にはベヒモスが...!」
「ベヒモスなら今夜の晩餐にするために殺した。もういないから行っても問題ないと思う」
「...へっ?今聞き間違えじゃなければベヒモスを殺したって...」
「...聞き間違いじゃない。ハルトはベヒモスを"1人"で殺した」
「そうですよ!あれは戦闘というよりただの蹂躙でしたねぇ...」
「...ハルト君、やっぱり人間じゃないよ。ベヒモスって一国を滅ぼすほどの力を持った魔物なんだよ?それを蹂躙って...」
リディア、なぜ"1人"のところを強調するんだ。
香織もそうだが、周りの勇者たちは全員が驚愕に目を見開くか、呆れた表情をしていた。
騎士団は話についていけてないが、ベヒモスをたった一人で蹂躙したというのは理解できたらしく、勇者よりも強い戦力に戦慄の表情を浮かべる。
「...自分でも人間をやめてる自覚はある」
実際、死神だしなぁ...。
そのうち種族がヒューマンから、神族とかになるんじゃないか?
その後はベヒモスの肉をバーベキュー方式で焼き、うらやましそうな眼を向けていた勇者たちに仕方なくごちそうした。
香織はさりげなくこちら側のグループに混ざっており、いそいそと肉を焼いては俺のほうに渡すか、自分で食べていたりした。
錬成で簡易の家を作って風呂に入ったりしたが、さすがに勇者たちにこれをやることはできない。
香織は堂々と風呂にはいってベットでも寝ていたが、リディアたちは香織を認めてるらしいので、別段何かを言うことにはしない。
ダンジョンの中とは思えないほど快適な環境で、ダンジョン攻略1日目が終わったのだった。
 




