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ドングリ池に願いを

作者: 固豆腐

初めて投稿しました。

全く慣れてないので右往左往していますが、何卒宜しくお願いします。

 人間がまだ自然に敬意を払っていた、遥か昔。

 かつて奇妙な形をした虹が掛かったとされる伝説から、『逆さ虹の森』と呼ばれる場所がありました。


 もちろん、それはあくまでも伝承の類。

 実際は枯れてしまった銀山のなれの果てであり、噂はかつての住民の創作に過ぎません。

 利用価値の無くなった今では人の姿は無く、また住んでいた形跡も時間の経過で消え去ろうとしていました。


 ただ、それはあくまでも人間視点での話。

 昔から命を繋いでいた動植物達は、そんな事情とは無関係。

 本能に従い、その日の糧を得る為に必死。


 しかし、現実はそう単純な話ではないようです。


「やっぱり変だ……何かがおかしい」


 クマのジョージは、森の中を歩きながら不安そうに周囲をキョロキョロ見回しました。


 歌が上手なコマドリのトーマス君が居なくなってから、約1ヶ月。

 それから大食いのヘビであるレジー君に、いたずら好きのリスのマリさんと、暴れん坊のアライグマのボリス君も消えてしまった。


 誰かに食べられたのなら、何かしらの痕跡が残ってるはずなのにそれもなし。

 だからといって、失踪するような理由があったっていう話も聞かない。

 まさに、神隠しにあったかのように忽然と姿を消してしまった。


 3匹が共通しているのは、ドングリ池の周囲で暮らしていた事ぐらい。

 そして、僕の縄張りもまた同じときてる。


 後該当するのは、お人よしのキツネのウィリアム君ぐらいか?


 彼は『そのうち皆ひょっこり顔を見せるさ』みたいにノンキに言ってるけど、本当にそうなのかな?


 もしかすると、森の神様か妖精かに連れ去られたんじゃないの?


 いや、そもそもパッと考えてすぐ答えが出るわけがない。

 次は自分の番かもしれないんだから、積極的に自分から動くべき。

 正直めちゃくちゃ怖いけど、何もしないよりかはまだマシかな。


 ジョージは大きな不安を抱えつつも、行動を開始しました。


「これだけ連続して失踪してると、さすがに警戒するか……昼間なのに、ネズミの1匹もいやしない」


 まずは事件現場を調べるべく、『ねっこ広場』に移動。

 ここはトーマス・マリ・ボリスが最後に目撃された場所です。

 ウソをつくと木の根に捕まるという伝承がありますが、あくまでも噂だけ。実際には切り株が多数あるのみで、広場でもなんでもありません。

 まぁ、身を隠す場所が多くエサの昆虫が多くいるのは魅力ですが……


 ただ、今のジョージにとってはどうでもいい事。

 情報を集める相手も居ないので、そのまま次の場所に移動します。


「ボロボロなのは前からだし……いや、それどころか生き物が居た痕跡すら残ってないな」


 ジョージは今にも落ちそうになっている木の吊り橋を見詰め、大きな溜息をつきました。

 元々は立派な橋だったのも、現在は朽ち果てる寸前。管理をするはずの人間が去ったので、見るも無残な姿を晒しています。


 ここは森を分ける大きな川であり、双方を繋ぐ唯一のポイントなのです。

 通った形跡が無い以上、外部からの侵入者の線はこれで消えました。


 残る場所は、たった1つ。

 ジョージは半ば諦めにも似た感情を押し殺し、無言で向かいます。


「期待してなかったとはいえ、現実を突き付けられたというか……この分だと、僕の番が来るのも時間の問題か」


 ジョージが訪れたのは、レジーが最後に目撃されたドングリ池でした。

 もちろん、ここにも生き物の姿はゼロ。痕跡こそ多数残っているのに、聞こえて来るのは池の水音のみでした。

 水面に映る自分の顔を見詰め、未来に悲観するのも無理はないのかもしれません。


 しかし、ふと何かを思い出したようです。


 待てよ?

 確か、この池にはドングリを投げ込んで願い事をすれば、それが叶うという言い伝えがあったはず。

 ああ、単なる噂の類なのは解ってる。

 それでも、他に皆が消えた原因を探る手段がないのも事実。ダメ元であっても、チャレンジする価値はあるんじゃないか?

 ただ、期待して落胆のパターンは笑えない。

 あくまでも、気分転換ぐらいに思っておかないと。


 ジョージは心の中で自分に言い聞かせると、池を後にして森の中に移動。

 コナラの群生地で、黙々とドングリを集め始めます。


 くそっ!

 普段は食べるだけだから楽だけど、いざ集めるとなると面倒臭いったらありゃしない。

 こちとら、リスやハムスターじゃないんだぞ? 口の中はドングリだらけになるは、ヨダレが垂れ流しになるは最悪だ。

 いっその事いったん飲み込んで、後で吐き出す方法もあるが……

 ダメだ!

 今までやったことがないのに、ぶっつけ本番で試すのはリスクが高過ぎる。


 不慣れな行為に四苦八苦しつつも、どうにか口いっぱいにドングリを回収したジョージ。

 そのまま池に戻って来ると、池に向かって投げ入れ願い事を口にします。


「最近、この近くに住んでいる動物達が失踪して困っています。次は僕がそうなるかもと思うと、いてもたってもいられなくて……もちろん我が身かわいさというのもありますけど、皆仲の良い友達なんです。全員生きていて欲しいですし、それが叶わなくてもせめて原因ぐらいは知りたくて。こんな時だけ神頼みをするのは自分勝手なのは、解ってます。でも……それでも!」


 頭の中で迷信だと思っていても、実際には期待せざるにはいられないのでしょう。

 真剣に願い事を口にしますが、それは言い終わった直後でした。


「やっぱり、ジョージも他のヤツ等と同じか……人間達じゃあるまいし、動物は動物らしく、子孫を残し自然の摂理に従って生を全うするべきじゃないか?」

「うわっ! 誰かと思えば、ウィリアム君か……もう、驚かさないでよ。冗談抜きで、心臓が止まるかと――」


 背後から声を掛けられ反射的に振り向きますが、みるみるうちに顔が青ざめるジョージ。

 怖がっているのは明白で、ジリジリと後退。無自覚なまま、足首まで池の中に入ってしまいます。

 ただ、ウィリアムは笑顔をみせたまま。

 明確な温度差を残したまま、沈黙が周囲を支配しています。


「……まどろっこしい言い方は苦手だし、どうせまともに答えないだろうから、単刀直入に聞くよ……君は、いったいどこの誰だ?」

「はははっ! 急に何を言うかと思えば、お前は誰ときたか。不気味な事件が続いてるとはいえ、認知症にはまだ早いだろ?」

「いや、僕は至って正気だよ。だからこそ断言出来る。君は、ウィリアム君じゃない」

「ジョージ……マジでどうしたんだ。あまり思い詰めすぎると、心を病むぞ?」

「……そう。じゃあ言うけど、君の左頬にあるその切り傷。ネズミを追い駆けていて倒木にぶつかって出来たものだけど、本来は右頬にあるはず。それに2週間前に捻挫して内出血を起こしているのも右じゃなくて左」

「そっ、それは――」

「姿形はいくら似ていようが、君がウィリアム君ではないのは明白。そして、このタイミングで僕の前に姿を現したという事実。失踪事件に関与してと考えても、不思議じゃないだろう?」


 最初は余裕が見られたものの、キズの指摘を境に立場が完全に逆転。

 池から出て距離を詰めると同時に、ジョージの体から滲み出ていた恐怖の感情が消えていきます。


「君が何者で、何が目的なのかは、もうどうでもいい。ただ、全て話して貰う。そして、返して貰う。1頭残らず全員だ」


 まっすぐな目で見据えて宣言するも、相手に変化はみられません。

 むしろ、想定内だといわんばかりにクスッと笑っています。


「何の為に生きるのか。子孫繁栄・金・権力・趣味・友との繋がり、人間が他の生物と違うのは感情があるから。じゃあ、動物は本能だけなのか? そんな単純なものじゃない」


 語り出したのはいいとして、内容が繋がってないだけにジョージは困惑。

 咄嗟に言葉が出ない事をいいことに、相手は構わず話を続けます。


「誰しも、他者には言えない過去を抱えて生きている。ジョージだって、胸に手を置けば思い当たる節はあるだろ? ~していれば・~したから、いくら後悔しても時計の針は戻らない。じゃあ、戻れるとしたら?」


 相手はそう投げ掛けると、視線をジョージからドングリ池に移します。

 そこには、普段とは違う光景が広がっていました。


「えっ? そんなバカな……」


 まともなリアクションが出来ずに言葉を失いますが、無理もありません。

 池の水は青白く光り、普段は見えている底は眩しくて見えない状態。同じく魚の類の姿も見当たりません。

 明らかに異様な現象を目の当たりにし、動揺を隠せないジョージ。


 一方で相手は反応を待つ事もせず、話を続けます。


「その池は、選ばなかった未来と繋がる扉。まぁ、信じるかどうかは勝手だけど。もちろん、入るかどうかはジョージ次第。そして、戻って来れるチャンスは1度だけだからな。決断はくれぐれも慎重に」


 それだけ言うと、一瞬体が光ると共に消えてしまいました。

 もちろん、ジョージはまだ話が呑み込めていません。


 ちくしょう……

 さんざん煽っておいて、自分の言いたい事だけ捲し立ててドロップアウト。最後の最後まで、イラつく奴だった。

 でも、待てよ……

 あの言い方だと、消えた皆は池に入ったという事。そして戻って来ないからには、違う選択肢を選んだんだよな?

 誰からもそんな話を聞かなかったけど、それぞれに心の中に抱えて苦しんでたんだろう。

 もちろん、それは僕も同じ。

 戻れるなら、あの時……3年前のあの日に!

 どうする……選択を変えたら、2度とこの世界には戻って来れない。

 確かに友達も消えた今、僕は天涯孤独の身。お嫁さんはもちろん子供居ないし、お母さんとは巣立って以来姿すら見かけないんだ。

 ただ、そう簡単に自分の決断を翻していいのか?

 でも……知りたい!

 あの時、あの子は僕に!


 ジョージなりに考え、答えが出たのでしょう。

 何も言わず、思い詰めた表情で池の中に入って行きます。


「すごい……これは、僕が生まれてから今までの記憶だ」


 体が沈むと共に、視界一杯に走馬灯が浮かび驚きと戸惑いを同時に覚えるジョージ。

 それも時間にして5秒ほどであり、すぐに目を開けていられないレベルの光に包まれます。


「うわっ! 眩しい……でも、あの時の答えが見つかるかもしれない。だから――」


 眩しさも、実際には数秒だけ。

 すぐに暗転すると、次の瞬間にはいつも見慣れた逆さ虹の森の景色に戻っていました。

 しかし、どうやら何かが違うようです。


「……間違いない。本当に3年前のあの日に戻って来た」


 ジョージは大きなクヌギの木を見上げ、感賞に浸った顔を見せます。

 同時に何か決意したような目に変わると、慣れた足取りで森の中を歩き始めました。


「ねっこ広場が右に見えてきたから、ここで左側に曲がって……ああ、そうそう。この時はまだイチジクの木が大雨で倒れてなかったんだった。まだ熟れてないけど、ここの実はいつも甘かったからな。この先にはレンゲ畑もあって、子供の頃にハチミツを食べようとして鼻をハチに刺されて泣いたっけ……ふふっ、懐かしいな」


 様々な思い出が次々にフラッシュバックしたのか、懐かしそうな目を見せるジョージ。

 ただ、すぐに頭を横に振り本来の目的に集中。無言のまま、1時間程森の中を移動したでしょうか。

 廃線となって半ば草木に埋もれた線路が引かれた場所にやってきました。


「……太陽の位置からして、そろそろ姿を現すはず」


 ジョージは空を見上げると静かに頷き、近くの茂みに姿を隠します。


 もうすぐだ……

 本当にあの日に戻っているのなら、後30分ぐらいで姿を見せる。声を掛けるかは別として、せめて結末だけでも。

 いや、こうなったら覚悟を決めて実力行使に出るべきじゃないか?

 でも、そうなったら2度と元の世界には戻れないわけで……確かに、返った所で消えた友達の皆には会えないんだけど。

 だったら、こっちの世界に留まった方が――


 どうするのか結論が出せないまま、時間だけが過ぎて行きます。

 そして……


 うそっ!

 時間には、まだ余裕があるはずなのに。

 いや、来てしまったからには仕方ない。声を掛けるか、見つからないように後をつけるか。それとも、ただ見守るか。

 考えてるヒマなんてない!

 せっかく、やり直すチャンスなんだ。ウジウジしたまま……このままだと、何も変わらない。


 ジョージが茂みの中で葛藤しながら見詰める先に居たのは人間の女の子でした。

 見た所、だいたい10歳くらいでしょうか。パサパサのブロンドのショートボブに、フリルの付いたボロボロの服を着た美少女です。

 彼女は周囲をキョロキョロ見回すと、近くに生えている花を摘んで冠を作り始めます。


 どうしよう……

 もうすぐ、あの時が来る……来てしまう!


 一向に結論が出せないでいるジョージを尻目に、冠を完成させる少女。

 それを傍にあった大きな岩に引っ掛け、祈りを捧げます。


「クマ君へ

 あなたがここに来る頃、私はもう……

 難民の娘として生まれ、定住出来る土地を求めて今年で11年になりました。

 宗教・文化・人種……世界を巡りましたが、理由は違えども人は争ってばかり。解り合えるなんて、所詮はキレイ事。

 いつしか、笑う方法すら忘れていました。

 家族は既に殺され、兄弟とは3歳の頃にはぐれて以来会った事もありません。

 私は、求め続けました。

 人はなぜ、争いそれを止めようとしないのか。

 人はなぜ、醜く相手を罵り排除しようとするのか。

 人はなぜ、相手の存在を認めようとしないのか。

 人はなぜ、無自覚に攻撃しそれを認めようとしないのか。

 人はなぜ、この世に生まれそして死んでいくのか。

 先の見えない人生に絶望し、自殺する事も考えましたが、その勇気も無く無気力に生きるだけの日々。

 そう、私は死んでいました。

 でも・それでも・しかし、自分に言い聞かせる言葉も後ろ向きの単語ばかりです。

 なのに、私はなぜ今日まで生きて来られたのか?

 あなたは行き倒れている私に、食料と雨風を凌げる場所を無償で提供してくれました。また、生きる為のスキルも教えてくれました。

 もしかすると、言葉は通じずとも解り合える術はあるのではないか?

 このまま人の居ない地で、クマ君達と過ごせば幸せに暮らせるのではないか?

 もしかすると、この森が私の安住の地ではないか?

 僅かな時間でしたが、私にとっては夢のような時間でした。

 では、なぜ黙って出て行くのか?

 う~ん……言葉では上手く表現出来ませんが、これ以上森の皆に迷惑を掛けたくないからですかね?

 このままだと、際限なく甘えてしまうような気がして……

 そして、顔を合わせて伝えると決意が鈍ると思いました。

 はぁ……

 あまりグダグダ話していても、翻意しそうになるだけ。そろそろ行こうと思います。

 最後に、クマ君へ。

 こんな何もない私に、生きる希望を与えてくれてありがとう。もう2度と会う事はないでしょうが、この恩は生涯忘れない。

 あなたの人生に、幸がある事を心の底から願っています。

マリナ・ビスタより、愛を込めて。


 そう言い残し、線路に沿って立ち去ろうとするマリナ。

 一方で茂みに隠れているジョージは、声を殺して嗚咽していました。


「バカ野郎……辛い人生が待っているだけなのに、なんでそこに戻って行く。この子は、ただ生きたいだけなのに……人間達の世界には、夢も希望もないのか……」


 人間の言葉は理解出来ないはずですが、そんな事に気付くほど余裕はないのでしょう。

 ジョージは何かを決めたような顔になると、静かに移動を開始。マリナに気付かれないよう茂み伝いに前方に回り込みます。


 君の気持は伝わった。だからこそ、生きなければならない。君は僕の……いや、皆の家族なんだから。


 ジョージは彼女の前方を注視しながら、慎重に前進。

 線路上に人影が飛び出した瞬間、間に割って入ります。


 次の瞬間――


「……まっ、まだだ。この子だけでも、助けなければ」


 クラッカーのような炸裂音と共に、ジョージの体に激痛が走ります。

 ですが、致命傷ではないようで相手に向かって全力でダッシュ。


「こいつだけは……生かして帰すわけにはいかない!」


 一気に距離を詰め、2発目が当たると同時に右前脚を思い切り振り下ろすジョージ。

 両者は攻撃を受けると、そのままスローモーションで倒れました。


「……ジ! ジョージ君。なんでここに……酷い血じゃない! お願い目を開けて!」


 薄れゆく意識の中、傍らで号泣するマリナを見てジョージは微笑みます。


 よかった……

 あの時僕が助けられなかった、君の命。

 どうやら、守れたみたいだ。そして、こんな僕も、最後に他者の為に死ぬ事が出来て幸せだ。

 ああ……だんだん眠くなってきた。

 これが、死ぬって事なんだろうな……

 神様……最後に、お願いがある。

 もし……もし生まれ変われるなら、僕はまたこの森のクマになりたい。そして、次はこの子と……


 ジョージは、笑顔のまま息を引き取りました。

 傍らで号泣し続けるマリナを残して。


読んでいただけた全ての方々に、感謝申し上げます。

今回は企画に参加という形になりましたが、次は普通の作品投稿にもチャレンジしてみたいです。

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