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バスに揺られること三十分、学校に着いた。
地獄のバスツアーがようやく終わった。
「新入りさん、この村へようこそ。」
バスを降りる時に運転手が僕にニカっと笑った。
僕は愛想笑いを返し会釈してバスを降りた。
薄黄色のレンズのサングラスをかけた怪しそうな運転手は良い人だった。
僕等はとても立派とは言えない朱色のペンキが剥げてきている門をくぐった。
「お前ら揃って遅刻か?」
門の近くにいたジャージを着たいかにも体育の先生らしき人に止められた。
なんとも熱血教師の雰囲気を漂わせる。無精ひげがよく似合っている。
僕が何か言う前に相沢が答えた。
「この町に引っ越してきたばかりの本条君が道に迷っていて。」
はい?
「私がここまで連れてきたんです。」
この野郎。べらべらと嘘を並べてくれる。
「違いますよ。こいつが途中で下痢になったんです。それが恥ずかしくて嘘ついたんだよな。別に本当の事言っても怒られないと思うけど。」
相沢は僕がこんなことを言い出すなんて思ってもいなかったのだろう。
顔を赤くして声を張り上げた。
「違う!私は常に快便だし!ていうか、吐きそうな顔してバスに揺られてた奴に言われたくない!」
「吐きそうな顔になっていたのは愛優の顔を見たからだよ。変顔なんかしてくるから。」
「私のこの可愛い顔にいちゃもんつけるとは死ぬ覚悟はできているんでしょうな、渡殿。」
「愛優殿はこの僕と斬り合うおつもりですか。」
「お前ら茶番はそこらへんでやめろ。」
熱血教師が止めに入る。
「言い訳してもどのみち遅刻に変わりないからな。」
確かにその通りだ。
どんな理由であれ遅刻したという事実を覆すことはできない。
相沢がいつか人を殺してしまったらその事実は一生変える事は出来ない。
たとえどんな理由があろうとも誰も言い訳なんてものは聞いてくれない。
『でも、殺したんだろう?』その一言で全部片づけられる。
残るのは、人を殺したという結果だけだ。
熱血教師、なかなか深い言葉を言うではないか。
「罰はプール掃除一週間分だ。早く教室に行け。」
プール掃除一週間分って。一回の遅刻ってそんなに罪重いのかよ。
そんな事なら今日学校自体休めばよかった。
「最悪だ。楽しい高校生活が…。」
相沢が隣で肩を落として呟いた。
「たかが一週間で大袈裟だな。」
「その一週間が大事なの!渡は何にも分かってないな。」
悪かったな、何にも分かっていなくて。
「なんで一週間が大事だと思う?」
相沢が靴を脱ぎながら俺に聞く。
大体理由は分かるが答えるのが面倒くさい。
そんな事より僕は下駄箱の数の少なさに驚いていた。
クラスが一クラスしかないのは知っていたが、一クラスの人数がこんなに少ないのか。
完璧に僕はクラスの輪から完璧にはみ出るな。
「人の話聞いてんのか、馬鹿渡。」
「何だよ。てか馬鹿渡って言った?」
「あ、なんだ。ちゃんと話聞いてるじゃん。」
「耳は人間に備わっているから、嫌でも聞こえる。」
「うっわ、可愛くない!」
「有難いことにこの世界は可愛くなくても生きていけるから良かったよ。」
「屁理屈男って呼ぶよ、渡のこと。」
おお、これで屁理屈男VS倒置法女という戦いが繰り広げられるな。
僕の慈悲でやはり倒置法怪人から倒置法女に戻しといてあげよう。
「で、なんでか分かる?」
相沢が俺の目をじっと見つめる。なんだその目は。
上目遣いしたからって答えるわけないだろ。
「渡君は頭が切れないね。」
カッチ―ン。
僕は大きくため息をついて、少し相沢を睨んだ。
「愛優がもしこの夏に殺人犯になるのなら、実際には三年間の高校生活じゃなくて三か月くらいの高校生活になるから、今のうちに高校生活を謳歌しようと思ってるんだろ?」
相沢が口角が少し上がった。勝ち誇った顔で僕を見てくる。
やっぱり、これは的中してなかったか。
しつこく聞いてくるから、僕に間違った答えを言わせたいのだろうとは思っていたが。
「って最初は思ったんだけど、そんな奴が遅刻なんてするとは思えない。って事は、学校が嫌いとか?」
相沢の口角が下がり、瞳孔が開く。
人が驚いた時に散瞳する場面をこれほど鮮やかに見たのは初めてだ。
「なんだ、分かってるじゃん。」
相沢は僕が言った事を素直に認めた。
「そもそも私は余所者だし。それに誰かと仲良くしたとしても、殺人犯と友達だったなんて嫌でしょ。」
そう言って相沢は嘲笑した。
「渡は皆と仲良くやっていけると思うよ。だから、クラスで私と話さない方が良いよ。」
は?、思わず聞き返した。頬がひきつっているのが自分でも分かる。
相沢の話が唐突に飛ぶのに慣れようと思っていたが、無理そうだ。
さっきの校門での闘牛のような勢いはどこへ行ったんだ。
「相沢愛優って、こんなにつまらない奴だっけ。」
「なにそれ、私は渡の事心配して…。」
これは驚き桃の木山椒の木。
久ぶりの再会で今日会った小学生の時の同級生を心配してくれているのか。
「僕は自分が一緒にいたい奴と一緒にいる。それに知り合いといた方が楽だし。」
それに俺も相沢と同様余所者なのだ。
「一言多いよ。」
相沢は目尻をクシャクシャにして笑った。