お試し
AM11:00 IN TOKYO
俺になんて、一般的な只の通行人AとかBが打倒だ。
イニシャルはKではあるが、11人に渡って台詞なんざ与えないだろ?
まぁ、簡単に言えばモブ。…って、要は脇役だろうな。
特段、常日頃からそんな荒んだ事を考えて生きている訳ではない。
ただ、この東京と言う土地が建物が鬱陶しいと感じてしまう程、
存在感ををひけらかす夏と言う、この季節は我慢ならないだけだ。
嗚呼、八つ当たりだ。
そんなことは言われなくても分かっている。
生憎、俺が育ったのは北にある俗称"試される大地"って場所でね。
某RPGシリーズの6作目のパクリだ?
ふざけるなよ、小銭の印字が昭和から平成に変わって10年経つか経たないかで、
地元の公式キャッチフレーズになってるんだ。
くそっ…、少しだけ言い切るのが怖くてスマホに指を走らせたら…。
それより3年ほど前に、メラから始まるRPGが"幻の大地”ってつけてやがった。
…まあ良しとしよう、今はそんな話をしたい訳じゃない。
当時のお偉いさんが、ゲームのオマージュを公募の中で見つけ気に入った。
それでいいじゃないか。
自分の間違いを怖れぐぐった先に現れた"その先の、道へ。北海道"。
なんて言う、読点と句読点があやふやな物を、どや顔でぶらさげるより、
オマージュだとしても"試される大地"を俺は心から推すよ。
そんなひねくれたガキが、十数年前、大学進学を兼ねて東京の地を踏みしめた。
吊るし売りのスーツに身を包み、定時に仕事をあがれる様に齷齪する。
そうして、やっと時計の針は俺に自由をくれる。
眼前に広がる人の群れ、少し視線をあげると辺りが暗くなるのを察した看板が、慌てて緑色を発光して「JR新宿駅」の文字を浮かび上がらせる。
別段、今の生活に絶望なんて抱いてやしない、反骨心だってありはしない。
ただ喫煙所の近くでは特に感じて仕方ないんだ。
目が開けてられない程の煙たさは、電子煙草が、如何に流行ろうとも変わらない。
どれほど背伸びをして、うまい事言おうともがいている自分が、
如何に滑稽かだけを、この街は冷めた目で教えてくれる。
自分自身は、淡々と腐り落ちて行くだけだ。
この後に及んで、それをうまく例える代替え品探す自分にうんざりする。
また値上がりする煙草の先端が、
燃えて縮むのを見つめ「1ミリで幾らだよ。」と零したい気持ちを必死に抑えた。
自身が愛煙家になった時には、販売していなかったセブスターの7mmを、
喫煙所の灰皿に強く押しつけバスターミナルとしての矜持を失くした土地を睨む。
「…なんてな。」
独りごちた松原は、そんな自分に呆れ苦笑いを浮かべて去って行った。
AM15:00 IN TOKYO
聖橋の工事はいつになったら終わるのだろう。
お茶の水駅に降り立って、通い慣れた道を歩きふとそんなことを思った。
秋葉原がほど近いこの場所には、奇抜な格好の若者も少なくない。
いや、何よりそんな事を冷静に判断出来る様になった自分がとても居心地悪い。
すっかり慣れた舗装の照り返し熱さに辟易しながら、
聖橋を渡り昌平坂の石畳の階段を下りて行く。
今でこそ、自然と地下鉄の乗り換えも円滑に行える様にはなったが、
上京したての頃は、自身でマッピングしなければならないRPGをプレイしている気分にすらなった。
昌平坂をずっと下っていくと昌平橋の交差点に差し掛かる。
その角にある、もやしラーメンと炒飯が堪らなく美味い中華屋のお姉さんが、
夏の陽気を吹き飛ばす様な明るい声で挨拶を送ってくる。
熱さと伸し掛かる様な日々の蓄積した鬱憤が、ほんの少しだけ軽くなる。
我ながら単純だと乾いた笑みを浮かべ信号が変わるのを待っていた。
昌平橋を歩く人たちを、何気なく見つめる。
その時の私は何も期待なんてしていなかった。
ましてや、何も望んだりもしていなかった。